第12話 女性オンリーコミュニティから誘われる男の娘

「アグリさん。本当にありがとうございました!」


 アグリがポプラを助けた後。


 ブルーマスターズの本部に行ってみれば、なんとそちらにも、『カミカクシ』所属の誘拐犯たちが大勢いた。


 そして、『ポプラを別の場所で捉えている』という情報と、彼女が手錠と鉄枷で拘束されている写真を渡せば、彼女たちの動きも鈍くなる。


 通信魔道具のスイッチ一つで、ポプラに暴行を加えることも可能だと言えば、なおさらだ。


 そこにはセラフィナもいたが、離れた場所にいるとはいえ、『絆』を深めているのがブルマスの現状。


 誘拐犯と言うだけあって人間を拘束するのは得意分野であり、『麻痺魔法』で範囲攻撃して一網打尽にしたりとやりたい放題だった。


 そこに、アグリとキュウビとポプラがやってきた。


 アグリとしては、夜も遅いのでポプラを送っていただけなのだが、ブルマス本部が大惨事になっていてびっくり仰天。


 ただ……誘拐犯が『用意周到な手練れ』ならば、アグリはまさに『理不尽の化身』である。


 誘拐犯たちがアレコレ企んでいるところに踏み込むと、月を指さす。

 それだけで、誘拐犯たちは目が離せなくなる。


 ……アグリの付与魔法はさすがに月までは届かないので、『夜空』が対象となるが、まあそう言う厳密さは置いておくとして。


 そこで、ダンジョンの深層から手に入れた麻痺爆弾を起動して、後は全員を縛り上げた。


「アグリさんが居なければ、どうなっていたことか……本当にありがとうございます!」

「大丈夫大丈夫! あるじはこれくらい屁でもねえからな!」


 場所は、ブルマスのリーダーの部屋。


 セラフィナが涙交じりに礼を言っている。


 キュウビはそれに対して笑っているが、これはなんとかして空気を軽い方に持っていきたいからだ。キュウビはシリアスが大嫌いなので。


「誘拐犯もかなり捉えたし、大丈夫」

「そんな、感謝をしてもし足りないくらいですよ!」


 ポプラも興奮しているが、当然か。


 写真を撮られてはいたが、まさかそれが、本部で脅しのために使われていたとは知らなかった。


 戻ってきて、状況を把握したアグリが誘拐犯を殲滅するまで、彼女は慌てていただけ。


 結局、アグリが全て解決して、なんとか『全員無事』に収まった。


 これで興奮しない方がおかしい。


「本当に、助けられてばかりで……」

「頑張ってる若者が困ってたら、そりゃ助けるよ」


 アグリもアグリで、少女たちを落ち着かせるために優しい笑みだ。

 ……もちろん、アグリが『そんな表情』をすれば、他者に与える影響も大きいが……。


「あ、アグリさん」

「ん?」


 セラフィナの表情が、少し変わる。


 アグリは自分のこれまでの人とのかかわり方から、『その表情』を知っている。


 セラフィナの表情は『依存』だ。


 貴族出身で、今も大きなコミュニティのリーダーを務めるセラフィナは、ある程度、理解している部分がある。


 大きな町の中で、自分たちばかりに『紫欠病』が蔓延し、借金に苦しめられる日々。

 それが解決したかと思えば、あまりにも大きな『誘拐』の組織が本部に襲撃してくる。


 セラフィナは、『自分たちが、大きな悪意のよって狙われている』ことを理解している。

 自分たちの外見の価値を分かっているゆえに、そんな外見を持つ人間に対し、『容赦をしない人種』が世の中にいることを理解しているがゆえに。


 彼女は、アグリを『依存先』として求めている。


「ブルーマスターズに、入ってくれませんか?」

「ん?」

「私は、大きな悪意にさらされる皆が、頼りにできる場所を作りたかった。そのためにこのコミュニティに入って、リーダーになって……でも、全然できなくて、迷惑かけてばかりで、何も解決できなくて……」

「……」

「アグリさんなら、皆が頼れる場所を作れます! お願いです!」

「……いやでも、ブルマスって女性限定コミュニティじゃなかったのか? あるじは男だぞ」

「えっ?」


 セラフィナは驚愕し……。


「大丈夫です!」

「なんでや!」


 ポプラは大きく頷いて、キュウビは叫んだ。


「そもそもブルマスは女性限定じゃないですよ! なんか慣例でそんな感じになっているだけです! どこにもそんなことは書かれてないんですよ!」

「知らんかった!」


 ポプラの説明に驚愕するキュウビ。


「……悪いけど、俺は、いろんな人に頼って欲しいんだ。どこかに所属して、優先順位を作りたくないんだよ」


 アグリはブルマスへの勧誘に対して、首を横に振る。


 彼は圧倒的な実力と資産、そして裏に対してある程度の人脈を持っているが、ポジションとしては非常にフラフラしている。


 しかし、組織のトップと言う場所にいないからこそ、彼は自由に、手を出すことができる。


「す、すみません。出しゃばった真似を……」

「いや、気持ちは分かるぜ? あるじはその辺の『道理』なら全て引っ込ませて、『無理』を通す実力があるからな」


 ポプラがシュンっとなって、キュウビがフォローする。


「ただ、頼るなって言ってるわけじゃねえからな。いくらでも頼ればいいのさ! 体は細いわ肩幅は狭いわで、背中だけ見るとすんごく頼りないけどな!」

「言いすぎでしょ」

「事実だろうが。そんな綺麗な肌と髪で男らしさは不可能だろ」

「いや、それはキュウビが化粧品や石鹸を自作して俺に使ってるからでしょ」

「それはそうだな! 俺様の努力の賜物だぜ!」

「「!?」」


 セラフィナとポプラは驚愕した様子で、キュウビとアグリの肌と髪を見る。


 あまりにも綺麗なアグリの張りのある白い肌と、艶のある白い長髪。


 それを見て、女性なら羨ましく思って当然だ。


「え、け、化粧品と石鹸?」

「そうだぜ。あるじの髪と肌は、俺様が維持していると言って過言ではない!」

「「……」」


 先ほどまでとは違う『すんごい目』でアグリを見始める二人。


「ダンジョンの深いところに行けば、化粧品の材料だって手に入るんだぜ。俺様はそれらを使って研究に研究を重ねて、あるじに使ってきたのさ」


 誘拐事件を完全に無視する勢いで化粧品の話を進めるキュウビ。


 そう、要するに……。


 キュウビの『話を軽い方向に誘導しよう大作戦』は成功した。ということだ。


「ていうか、俺はどこかから買ってたと思ってたけどね」

「え、どうして?」

「だって、キュウビが用意してる化粧品のボトル。『フローラル・ブリス』っていう名前が書かれてるからさ。どこかにそんな名前のメーカーがあるのかなって」

「それは俺様に時間と部下ができたときに作ろうと思ってる化粧品メーカーの名前だな!」


 キュウビの野望を聞いたポプラが目を輝かせる。


「今すぐに作りましょう! ブルマスの内部に『化粧品部門』を作って販売すればいいんですよ!」

「頭の回転が速いな……」


 ブルーマスターズは『コミュニティ』である。


 冒険者ではない、職人や商人を雇って運用しているのだ。


 そのため、『職人』に『フローラル・ブリス』のための部署を作って、それを商人を使って販売するという方法で、まあできなくもない。


「そこでアグリさんの写真を使って宣伝すれば……えへへ~♪」


 語彙力が足らなくなって精神的にアレな領域に突入したようだ。


「なるほど、確かにブルマスに入れてもらえるならそれでいいんだが……俺様はあるじの方針に口を出す気はねえからな」

「むぐぐ……」

「ただ、同じ支援部の人で連携して何かをするってパターンはあるぜ? あるじは『べレグ課』ってところに入ってるし、信用できるおっさんだから、ブルマスもお世話になったらどうだ?」

「べレグ課ですね! 明日行ってきます! 書類作りますね!」

「あっ、ちょっ……」

「なんですか?」


 セラフィナそっちのけでポプラが話を進めている。


「いやあの、リーダーは私……」

「で?」

「ひどいな……」

「サブリーダーである私にだって十分な権限がありますよ!」

「流石に支援部を選ぶのはリーダーの役目でしょ」

「で?」

「……もういいです」


 セラフィナが折れた。


 ★


 ウッキウキで書類を作り始めたポプラと、必要な資料を集めているセラフィナを残して、アグリとキュウビは執務室を出た。


 そのまま、すすり泣く声が聞こえる本部を後にする。


「……ねえ、キュウビ」

「ん?」

「結局、どこまでが狙いだったの?」

「ブルマスがべレグ課にお世話になるところだな。最終的にはそこに話を持っていく予定だったぜ。まあ、『もうちょっと後』でも良かったが……遅いか早いかの違いだな」

「はぁ……あとさ」

「ん?」

「化粧品メーカーの話、半分くらいあの場で作ったでしょ」

「まあな。なんかそれっぽい名前を思いついたし、良い感じになりそうだから入れてただけで、別にメーカーを立ち上げようだなんて微塵も考えてなかった」

「……だろうね」


 キュウビは確かに『外見至上主義ルッキズム』で、いろいろ引っ掻き回すのが好きだ。


 しかしそれ以上に、アグリの迷惑になることはしない。


 線引きはしっかりしているし、それを超えることはない。


 会社を作るのは並大抵のことではないし、それを運用するのもノウハウが必要だ。

 良い商品があるからと言ってどうにかなるなら、商売は、営業は苦労しない。


 そんなものを作ろうとは、本来、軽々しく言わない性格だ。


「まあ、なんでもいいけど、迷惑はかけないようにね」

「わかってるって」


 ニヤニヤ笑うキュウビを連れて、アグリは、夜の街を歩いていく。

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