第13話 誘拐の裏の闇が深い。こういう時は王女に頼ります

「思ったより、闇が深いな」

「あるじもあるじで理不尽だけどな」


 王都の城から一番近い酒場。

 その地下で、アグリとキュウビが廊下を歩いている。


「理不尽って……ああ、尋問用の自白剤のこと?」

「それしかねえわな。ダンジョンの深いところからとれた素材で作った自白剤。これで全部聞くわけだからなぁ」

「べレグは報告に関してはしっかり聞きたがるからね」

「誘拐犯を全員、同じ部屋にぶち込んで、一人に飲ませてその威力を分からせた後は、全員イチコロよ。流石に同情するわ」

「……まあ、そうだね」


 ため息をつくアグリ。


「判明したことは、ガイア商会が『紫欠病』の病原菌を持っていて、それを提供したのが、セラフィナの実家である『ルレブツ伯爵家』の当主とはねぇ……」

「そもそもセラフィナちゃんが貴族社会から野に下ってきたのは、この当主が、本妻とその娘であるセラフィナちゃんそっちのけで、可愛いメイドに手を出して生まれた子供にのめり込んだ結果だからな……」

「そんな理由で……とは思うけど、貴族云々っていうか、『イエスマンしか周囲にいない人間』なんてそんなもんだよね」

「俺様もそう思うぜ」


 セラフィナ・ルレブツ。

 それがセラフィナの元の名前だ。

 本妻……子爵家の長女とのことだが、家の格や事情を考慮して選ばれた相手に納得できなかったのか、当時雇っていた可愛いメイドに手を出して、男が生まれて、その男子が伯爵家を継ぐと言い切ってしまったらしい。


 子爵家の方は面目が丸つぶれだが……その子爵家はルレブツ伯爵家に借金を抱えており、その担保は子爵家の収益源の五割に直結するため、抵抗はできない。


 母親も、子爵家の中ではほとんど生贄扱いであり、今さら戻ってこられても困るとのことで追い出された。


 そんな形で、幼いセラフィナと母親は追い出され、頑張ってここまで来たらしい。

 その母親も、貴族として教育を受けてきており、読み書き計算はもちろん、知識人として十分な教養があるので、小さい店の従業員として働いているようだ。


「……で、追い出したセラフィナが冒険者として活躍。連れ戻そうとしても、手は出せないからね」

「『神血旅しんけつりょ』だっけ? 宗教国家、血統国家、冒険者の間には明確な棲み分け、線引きが必要ってやつ」

「そう、それがあるから、一度追い出した奴が冒険者になると、連れ戻すのに苦労するんだよ」

「で、連れ戻せないとわかったら、病原菌を提供して借金漬けか。腐ってるなぁ……」


 その時、酒場の地下の、一番奥の部屋に到着。


「ま、貴族が関わってるっていうのなら、こっちはデカいカードを使わせてもらおうか」

「デカ過ぎだと俺様は思うけどな」

「まあ気にしない気にしない」


 扉をノックする。


 すると、内側からドアが開いて、執事であろう初老の男性が出てきた。


「おお、アグリ様。お待ちしていました。相変わらず、姫様よりも美しい」

「ルシベス。あまりふざけたことを言ってないで通しなさい」

「かしこまりました」


 男性、ルシベスがアグリとキュウビを中に通した。


 ……正直、冒険者が使うような酒場とは大違いだ。


 部屋は広くはないが、高額なのが間違いない調度品がバランスよく配置されている。


 そんな部屋の上座に座っているのが、アグリの目当ての人物だ。


 赤い長髪と、上位者としてのカリスマを感じさせる切れ目の瞳。

 豊かな胸部とバランスよく肉がついた太ももを持つ身体を、赤いドレスで飾っている。


「お久しぶり。アーティアさん」

「あなたなら呼び捨てでも構わないわよ? アグリ」

「デカい胸だな! アーティアちゃん!」

「キュウビも変わらないわね」


 アグリは、ですますは使わないが、それでも親しみの籠った表情。

 キュウビは相変わらず胸をガン見だ。

 というより、アーティアは胸の下の部分をベルトで止めているので、より強調されている。

 そんな二人が相手だが、アーティアの反応からすると、かなり慣れている様子。


「まあ、座りなさい。本当なら隣に座らせて撫でまわしたいけど、ルシベスがうるさいからソファでね」

「わかってる」


 アグリはソファに座り、キュウビは二人の間のテーブルに上がる。

 すると、油揚げを発見して、目を輝かせた。


「おっ」

「もちろん食べていいわ」

「んじゃいただきます」


 キュウビは油揚げを美味しそうに食べ始めた。


「……それで、何の用かしら。婚約ならすぐに書類を持ってくるけど」

「それは置いておくとして、ガイア商会とセラフィナ。といって分かる?」


 自然に横に置いて本題に入るアグリ。

 アーティアはそれを聞いてため息をついたが、すぐに頷いた。


「ある程度は。ただ、借金と病気は解決したはずよね。誘拐犯が出たって話だけど、それもあなたが解決したはず。まだ何かあるの?」

「そこまで把握してるのなら、話は速い」


 書類を見せる。

 そこに記載されているのは、尋問内容だ。

 そこには当然、ルレブツ伯爵家が病原菌の提供者であることも記載されている。


「……あなたの自白剤はシャレにならないわね。ただ、証言ではあるけど、だからと言ってお父様に渡したら握りつぶされるわよ? まだ発表されてないけど、ルレブツ伯爵家の長男と私を婚約させるつもりだから」

「……ルレブツ家が、王族の血を取り込んで公爵家に。そんな話が城であるわけか」


 ヘキサゴルド王国第二王女。

 それがアーティアだ。

 そんな彼女が伯爵家に行けば、それだけで公爵家になる。


「……まあ、こんなところに行くなんて流石にふざけてるわ。王女としての権限を使って協力する。なんでもいいなさい」

「やっぱり話の速い女だぜ……」


 すごく良い笑みを浮かべているアーティアを見て、キュウビは溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る