第14話 現状確認とアグリの推測
とある酒場の地下の豪華な部屋。
そこで、テーブルをはさんで、アグリとアーティアが座っている。
立場だけを語るならば、低ランク冒険者と第二王女ということになり、なんともアンバランスなものだが、テーブルに並べられた資料を真剣に眺める二人は、お互いを対等と認めている。
「これが尋問資料……読んでいて思うけど、何だか重要なピースが足りないわね」
最初に口を開いたのは、アーティア。
「三か月前のあの事件。それに関する詳しい情報が私には欠けてる。それの説明が欲しい」
「……アーティアは、何処まで把握してる?」
「それほど多くはないけど、あの事件の概要を端的に言えば……」
アーティアは少し考えて……。
「攻撃を当てた相手の姿に擬態できるモンスターが、一人の冒険者の姿をコピーした後、とあるチームのアジトに入って暴れまわった。その結果、その場にいた十四人の冒険者と……リーダーの妻が殺された」
説明を続ける。
「攻撃を当てられて姿をコピーされた冒険者は、当時、ブルーマスターズのサブリーダーだったユキメで、仲間と妻を失ったのは、レッドナイフのリーダーのサイラスね」
「その通り、特にレッドナイフはヒドイもので、職員として研修中だったべレグと、ダンジョンに行っていたジャスパーとサイラスだけが残った」
「当時、ジャスパーは新人だったぜ。サイラスはその付き添いだな!」
「……三か月前の新聞なら読んだわ。どれもこれも、レッドナイフがどれほど悲惨な目にあったのか。姿をコピーされたユキメがどれほど重大なミスを犯したのか……いや、どちらかと言うと……」
「ユキメちゃんのミスに関する記事をどこもかしこも出してたな」
「……胸糞悪い心当たりがあるんだけど」
「どうぞ」
アーティアが何か感づいたのか、表情が険しくなる。
「ガイア商会だけど、この商会が提供する商品でよく出てくるのは、『最新式』というフレーズ。彼らの広報はこのフレーズを全面的に押し出してる」
「俺様もそう把握してるぜ」
「ただ……レッドナイフは、最初に頑丈で使い勝手のいいナイフを与えられて、後は自分に付与魔法をかけたり、魔力で身体強化をしたりして戦う。ユキメはサブリーダーの就任記念で貰ったナイフがあるはず」
アーティアの中でカチカチと組みあがる。
「……ガイア商会が擬態モンスターをユキメとレッドナイフに襲わせた。その動機は、自分たちの新商品の広告になってくれなかった腹いせ。そんなところかしら」
「ユキメちゃんの方が記事の内容がひどい理由は、ルレブツ伯爵が、ユキメちゃんが所属してるブルマスを扱き下ろしたいからだろうぜ。リーダーがセラフィナちゃんだからな」
「あまりにも出来過ぎてるよねぇ……ついでに言えば、この擬態モンスターだけど、実はそこまで強くないらしい。倒した後のドロップアイテムから判断されたみたいだけど、本来ならユキメ一人で倒せるくらいだ」
「じゃあ、一体どうして……」
「ユキメはこのモンスターと遭遇する前、ある喫茶店に入っていた。レッドナイフは拠点で酒を飲んでいた……喫茶店と酒場で、普段は使われない『麻痺毒』が見つかったよ」
「……その麻痺毒を扱った記録があるのは?」
「ガイア商会の一部の薬屋だね。冒険者がモンスター相手に使うこともあって、販売は禁止されていない」
「そういう場合もあるわね」
「ただ、製造難易度が高すぎて、何本もの酒瓶に入れるほど確保するには、『製造元』が関わってないとまず不可能だ」
「状況証拠で考えれば、まず確定ね」
「ああ。その通り」
そう、『状況証拠』なら、まず確定だ。
「……この手の騒動は仕込むのに多額の資金が必要になる。擬態モンスターをあらかじめ用意して、襲わせたい相手にだけ襲わせるなんて、生半可なコストじゃない。そして、それを簡単に可能とする人間もいるわ」
「……第二王子。だよね」
「そう、兄上なら、王族として使える予算も莫大。なんせ、支持基盤が大手の商人たちばかりだから、それらと付き合いつつ、国の利益につながるからと予算を引っ張ってるわ。そして、私を目の敵にしてる」
「アーティアを?」
「私の支持基盤はこの国の一部の冒険者。ただ、『神血旅』という線引きの思想がある今、冒険者から支持を得ているという事実が、『権力争いから身を引いている』ともいえるけど、近年はウロボロスの急成長とかいろいろあって、私の『優勢』という意見もあるわ」
「そのアーティアが優勢している状況を壊そうと、ガイア商会に第二王子が金を出していると?」
「可能性は十分あるわ。レッドナイフの壊滅とユキメの失態の時、兄上は私に散々、ウザイ笑顔で突っかかってきたから」
「……なるほどねぇ」
状況証拠なら、かなりそろっている。
「三か月前の時点で、ガイア商会と
擬態モンスター事件。とでもいうべきか。
その騒動は三か月前に発生し、因縁が浮き彫りになってきた。
「……柴欠病は、この国の薬学だと理論的にたどり着けるようなものじゃない。ただ、ルレブツ伯爵領は、薬草の採取スポットが多いダンジョンを抱えてる」
「奥深くまでいくことができれば、何かの宝箱に、柴欠病の病原菌と、治療薬のレシピが入ってる可能性があるぜ」
「ダンジョン……ところで、病原菌は『現物』で、治療薬は『レシピ』と言い切れる理由は?」
「完治できる様子がガイア商会から感じられない。出来たとしても、借金漬けにするために出さないと思うけど、それ以前に出てくる気配がないんだよ」
「おそらく、レシピは見つけたけど、難易度が高すぎるから、進行を遅らせる薬を作って出してんだろうな」
「……理解したわ」
そう、理解はできる。
ただ、何故そこまで人間に対して無慈悲なことができるのか。
そこが納得できないが。
「それをガイア商会に提供。第二王子と、ガイア商会の会長、ビエスタがくみ上げていったのが、今回の話だと思う」
「……ルレブツ伯爵としては、冒険者となって手を出しずらくなったセラフィナに対する『意趣返し』ってところかしら?」
「それもあるだろうね。ただ、今の第二王子は、第一王子よりも優勢だから、そっちに媚びを売れるタイミングと思って提供したっていうのもあると思う」
「それで、アグリはガイア商会に入り込めないから、ウロボロスを利用して、調べるために上手くひっかけようとしていた。そういうわけね」
「最初は、『転移街』を利用できればよかったんだけどねぇ……」
アグリは溜息をついた。
「……で、今日の夜。クグモリっていう酒場の二階で、ガイア商会の密会が行われる。夜のアレコレに使うと凄いことになる薬のためだ」
「流石に王都の中に製造拠点は作れねえわな。ブルマスの誘拐は失敗してるけど、密会の日程は弄れねえから、絶対にここで来る」
「しかも、その説明相手は第二王子だ。王都の外にある重要な拠点を知っている人間が来る可能性が非常に高い」
アグリとキュウビの説明を聞いて、アーティアは少し考える。
「……この尋問資料で、『自白剤』の威力はよくわかったわ。要するに、この密会に訪れるその研究員を捕らえることが、『決着をつけるために非常に重要』ということね」
「その通り」
「……密会が行われることそのものはべレグから聞いていたけど、まさかここまでになるとは」
アーティアは手に持っている資料をテーブルに置いた。
「それで、私に頼みたいことは?」
「まあ、第二王子本人が来る可能性が非常に高いんだ。上手く抑えてくれると助かる。第二王子も権力だけはしっかり持ってるからさ」
「抑える? ……荒事はあなたがやるという事? 私も戦えるけど」
非常にニヤニヤしているアーティア。
「……まあ、うん。好きにしてくれ」
「そこは折れちゃダメだろ。あるじ」
「じゃあキュウビが説得するかい?」
「なるほど……」
「行かせてくれるなら、ギュッてしてあげるわ」
「一緒に行きましょう!」
「おいクソキツネ。鍋にすんぞゴラ」
……とまぁ、そんな会話もあったが。
アグリたちは、夜の密会に備えることにした。
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