第15話【商会SIDE】 暴利借金が返済、誘拐部隊を一斉検挙。後はない

 ガイア商会。地下会議室。


「いいですか皆さん。今日の夜。薬の受け渡しがあります。これは何としても成功させなければなりません」


 集められているのは、いずれもフードなどで外見がわからないようにしている人間たち。


 いずれも『暗躍部隊』を思わせる雰囲気を醸し出しており、人数は二十人。


 そんな会議室で、ガイア商会の会長、ビエスタは指示を出していた。


「最大の利益を生む『ブルマス性奴隷計画』ですが……ブルマスの柴欠病の完治と暴利借金の返済によって、裏を使わなければその身柄を使えません。そして、誘拐部隊『カミカクシ』は全滅です」


 誘拐部隊『カミカクシ』の全滅。


 これは、大手であるガイア商会としても、かなり重大な事態だ。


 集まっている暗躍部隊の人間たちも、驚いている者は多い。


「全員が冒険者ギルドの尋問室に囚われており、大した情報は与えていませんが、いくつか、こちらの動きを正確に予想する材料はあります」

「では……」

「皆さんは暗躍部隊の中でも『秘蔵』のチーム。本来、薬の受け渡しを任せるつもりはなかったのですが、なりふり構ってはいられません」

「一体、何があれば、完治と返済と一斉検挙なんてことになるんだよ」


 一つとってもあり得ない話だ。


 そもそも柴欠病は『不治の病』という扱いであり、それが完治したとなれば、世界の医療界が激震するだろう。


 ……いや、アグリとキュウビの推測では、ガイア商会はその治療薬のレシピを持っているが、そうであったとしても『再現が現実的ではない』と言う意味で、完治はできない。


 しかし、ブルマスは病人が多くいたという話は噂として広まっているが、それが柴欠病だとはバレていないため、話は出ていない。

 ガイア商会が薬を提供していたことが表に明かされると、『調査してくる奴の実力』によっては良くないことが表に出るため、ガイア商会もその情報を出していない。


 だからこそ、今のところ、医療界に大きな動きはない。


 次に借金。

 どういう計算だったのか。

 簡潔に言おう。


 脅威の、『十日五割トゴ』の複利計算だ。


 例えば金貨を十枚……アグリたちの表現で言えば100万円を借りた場合、十日後には借金が金貨が十五枚。150万円になり、その十日後には金貨22枚と銀貨5枚。225万円になる。


 柴欠病になっていたのは五十人で、薬も高かったのだ。

 最初の金額はともかく、彼女たちが最終的に払った金貨5000枚。言い換えれば5億円分の借金は、とてつもない。という言葉すらも生ぬるい。


 なんせ十日後には借金が金貨2500枚。2億5千万円増えるのだ。


 複利計算という人類史上最強の錬金術に足を突っ込んだのだから、それも仕方のない話。

 人間と言うのは、今日がどうにかなれば明日もどうにかなると思う生き物であり、今、薬が必要な少女たちに対し、アレコレ迷っている余地はなかった。


 そこに付け込んだ結果だったが、アグリが金貨を渡したことで返済してしまった。


 ……もちろん、返済は大きな収益だ。

 元の金額はともかく、回収した金貨の量は莫大な物。


 だが、目を見張るルックスとスタイルを誇る『ブルマスの上位層』を性奴隷に出来ないことは、あまりにも大きい。


 加えて、誘拐部隊、『カミカクシ』の壊滅。


 そもそも、殺すことと捕まえることは、明らかに殺すことの方が楽なのだ。ナイフで胸を一突き。これで人間は終わりである。


 だが、あの夜。ブルマスの本部を襲撃したカミカクシは、全て捕まった。


 ヘマしたらどうなるのか。現場の人間たちはそれがよくわかっている『職人』であり、作戦の都合でヘラヘラすることはあっても、実際には集中している。


 だが、全員が捕まった。

 当事者から話を聞くことができなければ、何もわからない。


「私にもわかりません。しかし、ブルマスは狙えないとしても、王都の歓楽街に行って娼婦でも攫えば、女の確保は十分です」

「むう……」

「加えて、貴族が通っている学園の中には、良いものを食べて良く育った少女も多い。近々、警備隊長を買収できる手筈になっていますし、少なくとも寮生活をしている女子生徒は我々の物です」

「なるほど、エモノはブルマスだけではないと」

「ええ……」


 ビエスタは頷く。


「数多くの裏の住民や犯罪部隊を抱える組織が、『ブルマスメンバーを性奴隷にしたことがない』ゆえに、その価値にプレミアがついていました」


 ブルマスのメンバー……特に犯罪から身を守ることを考える立場の者は、自分たちが狙われる外見だと理解している。


 だからこそ、とにかく優秀な冒険者として世間に公表することで、生半可な誘いは全て断れる体制を作っていた。


 魔力を適切に扱うことができれば、女性が男性よりも筋力が強いことなど日常茶飯事である。

 それゆえに、後は対策部が、『裏』から守るためにアレコレ知恵を絞っていた。


 ……もっとも、アグリによってすべて片付いたとはいえ、ガイア商会の方が何枚も上手だったという話になる。


「しかし、手に入らないなら妥協するしかありません。イベントの方も、ブルマスを対象にしているとは話していませんし」


 ブルマスのメンバーであり、しかも自ら望んでイベントの場所に立っている。


 ビエスタにとってはそれが理想的であり、涙をこらえながら、そして耐え切れずに泣き出しながらも男の欲望を受け止める少女たちを見たかったが、叶わないことだ。


 しかし、叶わないことに嘆いている時間もないので、次善策、妥協案を通すしかない。


 ただ、それらの次善策や妥協案に魅力をつけるためには、今回の薬は絶対に必要だ。


 娼婦や女子生徒の誘拐。

 こんなのは『どこでも考え付く』のだから。


「薬の受け渡し。これは絶対に成功させるように。絶対です」

「「「ハッ!」」」


 ビエスタの念押しに、暗躍部隊は敬礼。


 そこにあるのは、紛れもない、『恐怖』だ。


 そう……暗躍部隊の面々は、恐怖している。


 会議室の議長席に座るビエスタが、権力者である以上に、『物理的な絶対的強者』であるかのように。


「私はアリバイ作りで城に行きます。では、くれぐれも失敗しないように」


 最後に強烈な威圧を入れると、ビエスタは会議室から出ていった。


 ★


「……き、金貨5000枚! しかも、ほぼないと言える金利だ! これなら、少額の手数料といえるコストで使えるぞ!」

「ほ、本当かよ親父」


 ウロボロスの会長執務室。

 そのテーブルに積み上げられた5000枚の金貨は、圧倒的な存在感だ。


 会長のガイモンと、息子のアティカスは、莫大な現金を前に興奮している。


「クククッ、今、このウロボロスは、無駄な仕事ばかり抱えている。当然、これらを全て、完了することなく捨て去るためには、多額の違約金や賠償金が必要だ。だが、先日の莫大な借金とこの5000枚があれば、全て払える」

「ってことは……」

「抱えている仕事の内、利益の良いものをピックアップし、後は全て捨てる。何故、今まで出来ていたのか見当もつかんが、いずれにせよ、仕事を選ぶチャンスが出てきたのはありがたい」

「じゃあ、このギルドが潰れることはないってことか!」

「そういうことだ!」


 これまでのウロボロスは、アグリが集中力強化の付与魔法を使ってきたことで、明らかに従業員の数に適さない量になっていた。


 だが、それらの仕事は、完遂しなければ、高い違約金や賠償金が発生する。


 当然だが、企業の金と言うのは払うかもしれない賠償金の為にため込むのではなく、さらに多くの利益を得るために運用するものなのだから、手持ちの金が足りなかった。


 しかし、ガイア商会から得られた大量の金貨を使えば、それらの仕事を途中で捨て去り、利益の出る仕事を選ぶことができる。


 ……実際、仕事内容を見れば、ナニコレ。と言えるような仕事もあるのだ。

 中には、『ひたすら千羽鶴を作る』とか、『たくさんのキャベツに祈りをささげる』とか、そんな仕事もあるのだが、冒険者公認ギルドに一体何を頼んでんの? と言う話である。


 別に千羽鶴をバカにするわけではないが、頼むべき相手がいるだろう。という話だ。

 キャベツに祈りをささげることに関しては、完全に理解の外である。


「ウロボロスと同じ規模のギルドのトップに高い授業料を払って適正量を聞いた。だが、我がギルドのメンバーは優秀だ。取捨選択をしっかりすれば、まだまだこのギルドはやれるぞ!」

「親父すげえ!」


 このガイモンという会長は、今まではウロボロスの伸びている利益にふんぞり返っていただけだが、何をするべきなのかはわかっている様子。


 ……と言いたいのだが。


「クククッ、利益の出せる仕事の選別と、ギルドのトップとの席を作ってくれたビエスタには感謝せねばな」


 ガイモンがさんざん言っていることは、全てビエスタが整えたことである。


「あとは……」

「あとは?」

「決まっている! このギルドがめちゃくちゃになったのには、何か理由があるはずだ! その原因となったやつには、鉄槌を下さなければ気が済まん!」

「あ、ああ、そうだな……」


 急に、夢から現実に引き戻されたかのように、水をせき止める堤防をいきなり爆破したかのように、仕事が追い付かなくなった。


 何があったのかはわからない。


 だが、人為的であることは間違いない。


 ガイモンはそれを許すことはできない。ギルドの経営に余裕が出てきた今、そういうことを考えるようになったのだ。


「……ぜ、絶対に許せねえよな」


 ただ、アティカスの内心は怯えだ。


 ウロボロスの匿名参加可能部署である『アノニマス』の解体。

 これが、ウロボロスが回らなくなった原因だ。


 アティカスにも、理解はできない。

 だが、あの場にいた冒険者の誰かによって、これが引き起こされた。これは理解している。


 アノニマスに誰が所属していたのか、一体何をしていたのか。

 それは、アティカスにもわからない。


 よって。


 アティカスがウロボロスを解体した時期が判明すれば、『それが元凶だ』と非難される。


 そして、アティカスにも原因はわからないし、『アティカスにも原因がわからない』ことをギルドの役員は理解している。


 夢を見ているかのようなあの時間を取り戻すことが絶対に不可能となれば、アティカスは許されない。


「アティカス。お前もあの日、何があったのかを調査しておけ、何かあれば絶対に俺に言えよ!」

「わ、わかったよ親父。じゃあ、俺はそろそろ、業務に戻るから」


 そういって、アティカスは会長室を出ていった。


 その胸の内に、バクバクと鳴って止まらない心臓を抱えて、

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