第16話 悔しくて悔しくて、たまらない
「クグモリから近く、城からの裏道でアクセスしやすく、五階建てで何かを運び込むのに適している。こんな物件、よく用意したわね」
「金貨七十枚だよ。安いね」
「だな。不動産会社が驚いてたけど、安いな」
「んなわけあるか」
「姉貴を軸にされたらたまんねえよ」
夜。
とある五階建ての建物で話しているのは、アグリ、キュウビ、アーティア、ルシベス、サイラスの四人と一匹だ。
新鋭冒険者とされるアグリとその相棒のキュウビ。
第二王女であるアーティアとその執事ルシベス。
冒険者パーティー『レッドナイフ』リーダーのサイラス。
異色のメンバーと言われればまず間違いない。
「ただ、こういった拠点を用意できると、ここからの話は大きく違いますな。一階から四階に、十分な数の兵士を置いておくことが可能。アグリ様が顔を出すだけで士気も上がりますからな」
「張り倒すわよ? 私では士気が上がらないって言ってるように聞こえるけど」
「そういうところですよ。姫様」
アーティアの額に青筋が浮かんだが、ルシベスは軽く流している。
「……ユキメの調査と報告が間違いなければ、あそこで密会か」
サイラスが、窓から酒場クグモリを見つめている。
「……サイラス」
「分かってる」
アグリが呼ぶと、サイラスはフードを被りなおしつつ頷く。
「……擬態モンスター事件のことよね。ユキメに攻撃を当てて、彼女の姿をコピーしたモンスターが、レッドナイフを壊滅させ、サイラスの奥さんの命を奪った……」
凄惨な事件だ。
それでも冒険者を続けているサイラスは強くはある。
「ただ、ユキメに攻撃を加えたモンスターは、初見で擬態能力を持っていると気が付くことはできない。それが、冒険者協会の公式発表よ」
「……そんなこと。わかってるさ」
「そうでしょうな。ただ、いつまでも抱えていると疲れますぞ?」
「……」
「なるほど、『アンタに何が分かる』と言わない羞恥心はあると」
「ルシベス。どういうこと?」
「言っちゃえ言っちゃえ」
キュウビが余計な茶々を入れた。
「……擬態モンスターはすでに倒されています。これ以上は誰の責任でもない。しかし、サイラス君は、ユキメさんを非難し、罵詈雑言を浴びせたことでしょう。何故、擬態モンスターから攻撃を受けたことを誰にも報告しなかったのかと」
「……まあ、そうよね」
「ただし、擬態モンスターが起こした事件そのものは、ユキメさんには失態はあれど、『冒険者であれば』……運が悪かったと受け入れなければならない部分でもあります」
「……冒険者であれば、ね」
「まっ、受け入れなきゃならないってのは事実だわな。遭遇する可能性のあるモンスターの全ての情報を知っておくなんてのは、『理想』であって『不可能』だぜ」
「受け入れなければならないことは抑え込むしかない。それを破って当たり散らすのは、『恥ずかしい』ことなのですよ」
「羞恥……」
「サイラス君もそれはわかっている。しかし、それでも抑え込めず当たり散らすという事は……」
「……何なの?」
「要するに、『悔しい』のですよ。サイラス君は」
ルシベスはサイラスを見る。
アーティアもサイラスを見た。
「……あの日、調べたら、酒に軽い麻痺毒が入れられてた。俺達は、お抱えの職人が作るナイフだけで成り上がったから、嫉妬を買ってたのは分かってた。どこが薬を入れたのかは、俺にはたどり着けないって、そこは諦めたよ」
「……」
「俺達は、昔ながらの製法で作ったナイフを持って、自分の体を身体強化や付与魔法で強化して戦う。だから……魔道具だったり、何か特別な効果があるナイフを身に付けていたら、あの日、麻痺毒に体がやられていても、戦えたはずだ」
レッドナイフの戦闘は、ナイフを手に、身体強化や付与魔法で自分の肉体を強化して戦う。
それそのものの練度は高く、近接戦闘を主体とする冒険者としては基礎を鍛え上げた状態だ。
しかしそれゆえに、麻痺状態になると、途端に弱い。
魔法に振り回されないだけの身体能力を持ってはいるが、逆に言えば、強化を前提とした動きに体が慣れ過ぎている。
外見はユキメ……そう、人間の姿をしていることもあって戦いづらく、そのせいで、大勢の仲間と、妻を失った。
「……その職人は、新人時代に、ダンジョンでヘマして素寒貧になった俺を助けてくれた恩人だ。恩を返したくて、アイツらには、おっさんのナイフだけを使えって、俺が言い張ってたんだよ」
「あなたが……」
「俺が、そんなことにこだわってなければ……誰か一人でも他に目を向けて、身に付ける環境を作ってれば、あんなことにはならなかった」
あの時ああしていれば。
そんなことは誰もが思う事。
だが、サイラスにとっては、それで仲間と妻を失うことになった。
少し、ほんの少しでいいから、こだわりを捨てていれば。
その選択をできなかった過去の自分が憎くて仕方がない。
自分が鍛えて、教えてきた技術に胡坐をかいて、絶対なんて何もないモンスターを舐めた。
あの日、もっと、良い結果を導き出す選択があったと自覚するからこそ。
悔しくて悔しくて、たまらない。
「……いずれにせよ、ユキメに当たり散らすのは間違ってるわ」
「ああ、そうだよ。でもな。悔しさから、逃げたくなることもある。受け入れられない時もある」
この手の話は、時間以外に薬がない。
事件があったのは三か月前。
……三か月で折り合いをつけられるほど、傷は浅くない。
「悪いのはお前もだろって、言いたくなる時もあるんだ。アイツも、自分が原因って思ってる。だから、俺の怒りに文句は言わねえ。それに甘えてんだ。俺は」
ギリッと、歯を強く噛む。
「……情けねえ」
ユキメもまた、モンスター相手に不覚を取ったことが、凄惨な事件につながったと分かっているから。
ユキメは聡明なので、何かの組織的な悪意も感じ取っているかもしれない。
だが、その上で、モンスター相手に不覚を取るのは、冒険者として紛れもない失態だ。
理解したうえで、責任感が強いからこそ、あの時不覚を取らなければと悔しさを抱えている。後悔を抱えている。
そして、自分が原因の事件で、たくさんの仲間と、妻を失ったサイラスの怒りは、当然のことだとして、文句を言わない。
文字通り、そう、文字通り、一生をかけて償うものだと思っている。
……ユキメのそこまでの責任感を、サイラスは理解しつつも、当たり散らしてきたのだ。
「……」
アーティアは、情けないと思う以上に、胸が苦しい。
物的証拠はないものの、今回、擬態モンスターをユキメに襲わせて、それでレッドナイフを壊滅させたのが、ガイア商会であると推測しているからだ。
レッドナイフも、ユキメも、主な装備がナイフであり、どちらも、新しいナイフを買う理由がない。
その上で、ガイア商会は『最新式』というフレーズを全面的に押し出して活動している。
ガイア商会がナイフを作ったとしても、レッドナイフもユキメも買う理由はなく、広告になる理由もない。
頭のリミッターが簡単に外れる連中ならば、それだけで報復を考えても不思議ではない。
要するに。
擬態モンスター事件は、まだ解決していない。
サイラスには『仇』がいて、のうのうと生きている。アーティアはそれがわかっているのだ。
「……」
アーティアはアグリをチラッと見る。
彼も、サイラスの仇を理解している一人だ。
アグリはアーティアの視線には気が付いたが、特に表情を変えずに……。
「……沈んでいるところ悪いけど、もうそろそろ、薬を持ってくる奴が現れる。気を引き締めて」
椅子から立ち上がりつつ、そう言った。
「ああ、もちろん」
サイラスは窓の外から、クグモリを見つめている。
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