第10話【ウロボロスSIDE】 莫大な借金。明らかに借りた相手がヤバい件。

「ど、どうなっているんだ。どうすればいいんだ。くそっ、くそおおおお……」


 冒険者ギルド『ウロボロス』会長。ガイモン。


 彼は次々と消え去る予定の調度品がおかれた会長室で、頭に手を当てて顔面が蒼白になっていた。


 一応補足すれば。


 冒険者が活動するとき、その人数や形態によって呼び方が異なる。


 一人ならソロ。

 二人以上なら『パーティー』となる。二人であればコンビと言えるが、書類上はパーティーだ。


 一パーティーは多くて五人程度で、それが二つ以上集まる場合は『チーム』と呼ばれる。

 そこからどれほど冒険者を増やしたとしても、『チーム』と呼ばれる。


 そして、冒険者のみで構成されない状態になったとき。

 職人や商人など、冒険者ライセンスを持たないが『所属する』となった場合、『コミュニティ』と呼ばれることになる。


 そして、この『コミュニティ』に対して、規則・管理側である『冒険者協会』から、『依頼の受発注』に必要な『クエストシートの発行権限』が認められた場合、『ギルド』となる。


 この『ギルド』に対し、ライセンスを発行する魔道具を与えて、『誰かを冒険者にする権限』を認められると、『公認ギルド』となる。


 ソロ。パーティー。チーム。

 コミュニティ。

 ギルド、公認ギルド。


 いろいろ呼び方はあり、時代によっては少しブレたりするが、今の基本形はこうなる。


 コミュニティのトップが冒険者の場合は『リーダー』で、冒険者ではない場合は『社長』と呼ばれる。

 ギルドのトップが冒険者の場合は『ギルドマスター』で、冒険者ではない場合は『会長』と呼ばれる。


 ウロボロスは、『公認ギルド』であり、トップは冒険者ではないため、『会長』と呼ばれる。


 ……まあ、その座から降ろされるかもしれないので、ビクビクしっぱなしだが。


「まあまあ、ガイモン会長。金であれば問題ないかと」

「何を言っている! これを見ろ。違約金と賠償金。これで資金が底をついた! ガイア商会への莫大な借金でなんとか持ちこたえたが、これでは……」


 会長であるガイモンに話しかけるのは、恰幅の良い男性だ。

 茶髪を丁寧に切りそろえており、とてもやさしい笑みを浮かべている。


 ……ただ、どこか『貼り付けたような笑み』と言えるもので、あまり自然なソレではない。


「問題ありません。我々ガイア商会の『とある事業』で、莫大な利益を得る予定ですから。金さえ。金さえ払えば黙る相手など、払って黙らせてやればよろしい」

「とある事業……とは? ビエスタ。何を考えている?」


 結局のところ、『事業』や『商売』と言うのは、『今ある金を使って更なる金を得る』ための手段である。


 ただ、莫大な利益が約束されている事業など存在しない。


 莫大な違約金や賠償金が確定し、資金が底をついたウロボロスだが、ガイア商会に金を借りて何とか払っている状態だ。


 しかも低金利で貸してくれているので、ガイモンからすれば救世主の様に見えるだろう。

 だが、あまりにも腹の底が見えないのは、不安で不安で仕方がない。


「実はですねぇ……とある酒場の二階の『密会』で、凄い薬物を手に入れる予定なんですよ」

「凄い薬物? 一体誰がそんなものを欲しがるというのだ」

「夜のアレコレの時に使うと、天国に上ったかのような気持ちよさを得られるものでね。新しい刺激を求める貴族が買いたがっているんですよ」

「……」

「そこで、良い女をあてがうことができれば最高です」


 そこで、ビエスタは企画書を取り出す。


 一番上に『ブルーマスターズ性奴隷計画書』と記載されている。


「現在、ブルーマスターズというコミュニティがどういった状態か知っていますか?」

「ぶ、ブルーマスターズ? ……ああ、あの、女ばかりのコミュニティか。あまり活躍の噂は聞かないが……」

「実はですね。容姿のランキング順に並べた時、下の方から五十人が、『紫欠病』を患っていまして」

「はっ?」


 明らかに『狙ってそうしている』と言わんばかりの口調。


「その治療……いえ、進行を遅らせる薬を、法外な金額で売っているんですよ。莫大な借金ですが、それを返済する宛てはない。というわけで……リーダーのセラフィナさんをはじめとして、容姿の良いメンバーの『身体』が担保でして」

「……で、では、その薬と女どもを……」

「そう、新しい刺激が欲しい貴族と……第二王子をお呼びし、素敵なイベントを開くのですよ」

「お、王族が関わってるだと?」

「金貨などあるところには大量にある。そして、ブルーマスターズは国内でも有数の美少女たちが集まる場所。企画書を持っていったら飛びついてきましたよ」


 貼り付けたような笑みのままで、ビエスタはフフッと微笑む。


「し、しかし、身体が担保など、そんな契約に頷くものなのか? リーダーのセラフィナは伯爵家の長女だろう。貴族の黒さは理解しているはず」

「まあ、絆と言う奴でしょうね。女の子が喜びそうなものを定期的に与えたり、誰かへのプレゼントにしてもらったりと、こちらもこちらで彼女たちの間で絆を育んでもらいました」

「……」

「それによって、病気になった時、助けなければならない相手として認識してもらっています。素晴らしい計画でしょう」

「あ、ああ、そうだな……」

「第二王子は、学校に通っていたころは勉学に励み、政治に対して強い理解力を持っている。まあ、その反動で……我々が夜の街に案内したところ、のめり込んでしまってね。やはり圧力のある教育は隙が多い」

「……」

「まあ、理解力があるのは事実なので……大量の金を動かす権利をすでに持っているんですよ。我々は最初からそこに目を付けていたのです」

「び、ビエスタ。一体、何を考えている?」

「何、黒いことを考えているだけですよ。ただ、ちょっと性癖がゆがんでいるだけです」

「な、なんだ?」


 ビエスタの笑みが深くなった。


「私はね。『地獄に行くと分かっていながら、契約書にサインを入れる人間』を見るのが大好きなんですよ」

「な、なんだそれは……」

「身体が担保の莫大な借金。フフッ、体を震わせ、涙を流しながら、契約書にサインを入れるセラフィナさんの顔はとても素晴らしいものでした」

「……」


 あまりにも歪み、そして遠慮も躊躇もない性癖。


 そして、儲けるための事業と言い切っている以上、本当にセラフィナが向かうのは地獄なのだ。


「一人の体では足りないからと、こちらが指定したメンバーの同意書も用意させてね。こちらが用意した応接室で話してもらいましたが、全員が泣き叫んでいまして、やはり人間の本質はそこですね。どんな地獄への契約だろうと、仲間がいれば一緒に行ける」

「……」

「こういう商売をやっていて、その瞬間を見るのが本当に大好きで大好きで……ああ、これはオフレコで頼みますよ?」

「あ。ああ、わかっている」


 明らかにヤバい相手から金を借りたのは間違いない。


「ああ。もちろん、ガイモン会長に貸したあの金に、裏はありませんよ。というより、その事業のセッティングで我々には時間が足りませんし、これまで随分儲けさせてもらいましたから」

「そ、そうか……」


 とはいえ、どれほど低金利だろうと、莫大な金を貸している以上、その利子だけでこれからかなりの収益だ。


「……し、しかし、このギルドがこれからそこまで稼げるとは……」

「いえ、何があったのかは私も分かりませんが、その上で言いますと、ギルドメンバーは優秀ですよ」

「はっ?」

「いずれも質が高い。これは間違いない。踏ん張る事さえできれば、冒険者ギルドとして高いランクを維持できるはず。なので金を貸しました」


 アグリによって『集中させられていた』のは事実だが、逆に言えば、何年も何年も、『仕事に集中して取り組んでいた』のだ。


 仕事に必要な行動に対して、身体はかなり仕上がっている。


 もちろん、ここから新しい事業を展開するとなると『ボロ』が出る可能性はあるが、そもそも冒険者ギルドの仕事など大体決まっているし、何年もやっているのなら、ギルドがする仕事のほぼすべてに手を出している。


 ……正直に言って、目の付け所が違う。

 ビエスタはあまりにも容赦も遠慮もなく、性癖も歪んでいる企業のトップだが、そうであるがゆえに、目の付け所が違う。


 大混乱になっているギルドを見て、正確に現状を把握できる者などそう多くはない。


 だからこそ……だからこそだ。


 彼にとって、アグリは、『厄災』と言える。


「び、ビエスタ会長! 大変です!」

「どうしたのです?」


 彼の部下が、血相を変えて部屋に入ってきた。


「こ、これを……」


 部下が見せてきた書類。


 そこに記されていたのは……紛れもない。『ブルーマスターズの借金返済』だ。


「……はっ?」


 ビエスタの顔が歪んだ。


「あ、ありえない。き、金貨五千枚ですよ? 一般人の月の給料が金貨2枚から3枚が妥当と言う中で、しかも、収益の全てを我々が把握し、金を借金返済に当てさせていたはず。い、一体どうして……」

「び、ビエスタ?」

「どこから捻出した。一体誰がこんな……」


 金貨五千枚。

 ビエスタなら何とか動かせるが、当然、楽なことではない。


「しかも、彼女たちは、さらに金貨を持っていて、それでこれからの活動の準備を整えると、前向きな様子で……」

「何枚です?」

「二千枚です」

「さらに二千枚!?」


 驚愕するビエスタ。


 それはそうだろう。まともに動けない病人を何十人も抱え、高額の薬を何本も何本も用意しながら、『金を溜める』など、できるはずもない。


 どこか、本当の大きなところから金がいきなり出てきた。


「……本当にヤバい何かが関わっている可能性が高いか。ただ、ここからさらに借金を増やせばいい。病気は治っていないは――」

「完治したそうです」

「ありえないでしょう!」


 紫欠病はその症状も最悪だが、世間的に『不治の病』とされている。


 そう、この病気を完治させる方法を、ビエスタも知らないのだ。


「ぐうぅ……となれば、紫欠病を利用した引きずり込み方はできない……もう病原菌の在庫はありませんし……」


 書類をテーブルに置いて、ビエスタは溜息をついた。


「仕方がないですね。誘拐しましょう」

「えっ……」


 ガイモンはとぼけた声が出た。


 息をするように軽い気持ちで口から出た『誘拐』の言葉。


 あまりにも、信じられない。


「病気が治った。借金がなくなった。これで安堵しない人間はいない。特に、身体を担保していたメンバーはなおさらだ。専用チームを組んで攫ってきなさい」

「承知しました」


 そう言って、部下は部屋を出ていった。


「……まったく、どんな実力があれば、金と薬を用意できるのやら。ただ、誘拐を防げますかねぇ。これを防ぐためには、専門の知識を持つ指導者が、徹底したレクチャーをする必要がある。あのコミュニティにそんな指導者は存在しないはず」


 ビエスタは笑みを浮かべた。


「誘拐した後に、自分たちが身体を捧げないと、次は仲間たちが……と脅せばいいか。どうせ固い絆で繋がっているでしょうし。利用価値はある」


 巨悪の才覚。とでもいうのだろうか。


 ガイモンという、一応の部外者が目の前にいるというのに、意に介していない様子で、作戦を語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る