第9話 『ブルーマスターズ』リーダー、セラフィナ

 冒険者の支部の近くには多くの店が並ぶ。


 当然、レストランも並んでおり、中には特定の組織だけしか入れない『会員制』の店もある。


 近くのレストラン。と言った場合、ポプラは普段使っているレストランであるその『会員制』の店が頭に思い浮かぶようで、そちらに走っていった。


「……あるじ」

「どうしたの?」

「ポプラちゃん。会員制のレストランに走っていったけど、あそこってブルマスにしか開けてねえよな。だったら別に個室である必要もなくね?」

「必要がないというのと、その選択肢を取る取らないは別だよ」

「……まあ、それはそうだけどよ」


 キュウビがアグリの頭の上でアレコレ言っていたが……ポプラが、慌てた様子で店から出てきた。


「アグリさん!」

「どうしたの?」

「あの、リーダーが来てるんです! あってくれませんか!?」

「もちろん大丈夫」

「よかったぁ……」


 というわけで、ブルーマスターズのために用意した会員制レストランに、アグリとポプラとキュウビは入っていった。


 ブルマスは女性しか入れないチームなので、内装もそれに向けたものになっている。


 そのうちの一つのテーブル席に、一人の美少女が座っている。


 紺色の制服を着て、凄く育ちのいい仕草で紅茶を飲む長い金髪の美少女だ。


「おおっ! あの子がリーダーだな! 胸でっけえ!」

「……」


 キュウビの超絶露骨な感想に、少女はわずかに頬を動かしただけで済ませた。


 変態慣れしているのか、言われ慣れているのか、いずれにせよこんな感想をストレートに言われてもそれで済ませるというのは、普段から妙な人間に絡まれている可能性もある。


「……アグリさん。こちらが、ブルーマスターズのリーダー。セラフィナさんですよ!」

「すっげぇ美少女だな! しかも背筋が完璧! 育ちが良すぎだろ。紅茶を飲んでる姿がここまで似合う人はそうそういないぜ!」

「キュウビ、興奮しすぎだよ。抑えて抑えて」


 コント真っ最中のキュウビとアグリだが、そんな彼らを他所に、セラフィナは紅茶を口に含んで……。


「胸がないあるじは黙ってな!」

「露骨だねぇ……」

「とりあえず、セラフィナさんと話しましょう!」


 というわけで、セラフィナが座っているテーブルに座る。

 キュウビはアグリの頭から降りると、メニュー表を手に取って……。


「さすがに油揚げは置いてねえな」

「置いてる店は限られるからね……」


 こんな少女向けの店のメニューに油揚げが置かれていたら二度見するだろう。


「……まずは、自己紹介からですね。私はセラフィナ。ブルーマスターズのリーダーを務めています」

「俺様はキュウビ! あるじの名前はアグリって言うんだ。よろしくな!」


 自己紹介はキュウビが担当なのだろうか。

 まあテンポが良ければどちらでも構わないが。


「アグリさん……ですね。ポプラを助けてくれたこと、あの薬草を教えてくれたこと、ありがとうございます。おかげで、メンバーを助けることができました」

「いえいえ。当然のことです」

「まだ表には公表するつもりはなかったけど、さすがに患者を目の前にして隠したりしねえさ」

「……それでもです。本当に、助けることができて良かった」


 ブルマスは女性限定チームであり、ほぼ全員がダンジョンに潜る戦闘員だ。


 聞こえてくる話に『愚痴』は少なく、雰囲気作りが上手くいっている印象があるチームと評されている。


 ただし、最近は『活躍』の噂は聞かなかったが、メンバーの大部分が『紫欠病』を患っていたと考えるなら、それも当然か。


 肌が紫色に変色していき、腐り落ちるように四肢が身体から落ちて、最後は首が取れて死に至る。


 治療する方法がない『不治の病』とされたこれが、一晩で完全に完治したのだ。


 むしろ……セラフィナが『この程度まで抑えている』ということそのものが、異常なほどの精神力を表している。


「……で、助かった割に、なんか表情が曇ってるけど、何があったん?」


 そう、助かったのは間違いない。

 しかし、セラフィナの表情は、安堵と共に暗いものが浮かんでいる。


「……彼女たちに使っていた薬は、効果が強い反面、副作用も強く、かなり高額です。進行を遅らせるためにはその薬を使うしかなく……コミュニティの収益も、貯金も、薬を買うために消えました」

「えっ……」


 ポプラが唖然としている。


 そう、薬はタダではない。


 進行を遅らせるだけ、それが決して快復に向かうものではなかったとしても、だからと言って減額できるわけではない。


「……お金を借りる時も、足元を見られました。薬を用意できるのも、その薬を買うための金を用意できるのも、ガイア商会のポーション部門と金融部門くらいしかなかった」

「……なるほど、その界隈だと、ブルマスの病気の噂はあった。紫欠病という根本的な話は広まってなくても、セラフィナさんが薬屋と金貸しにばかり行ってたら、分かる人は分かるよね」

「更なる収益の為じゃなく、重病の進行を遅らせるだけ。まあ、大体の金貸しは出し渋るわなぁ」

「……まあ、話は見えたよ」


 アグリは頷いた。


「借金。どれくらいなの?」

「利子を入れて、金貨で五千枚です」

「えっ……」


 ポプラの顔が真っ青になり……。


「ふーん……俺が払うよ」

「えっ?」

「それくらいの金額なら、あるじは屁でもねえよ」


 キュウビは、セラフィナの傍にある鞄にひょいひょいっと移動して、中を漁ると、アイテムボックスの端末を発見。


「あるじ、ほれ」


 キュウビはそれを投げると、アグリに向かって投げた。

 アグリはそれを受け取ると、アイテムボックスを起動。


 この手のアイテムは、取り出すときはいろんな認証が必要な場合が多い。

 しかし、入れる分には認証が要らない場合が多い。


 アグリは自分のアイテムボックスを起動して、大量の金貨をセラフィナのボックスの『渦』に入れた。


「えっ、えっ……」

「入れ終わった。はい。確認してみて」


 アグリはセラフィナのボックスを彼女の前に置いた。

 セラフィナは震える手でボックスを手に取ると、ホログラムで内容を確認。


「……金貨。七千枚?」

「二千枚はオマケね。どうせ貯金もないだろうし」

「ど、どうして……」

「そりゃあ……頑張ってる若者にご褒美あげるのは金持ちの使命みたいなもんだからさ」


 アグリは席を立った。


「俺としたい話は多いかもしれないけど、まずはそっちの問題を片付けてからだ。それだけあれば足りるでしょ」

「はっはっは! 良い金の使い道があったもんだぜ!」


 キュウビはアグリの頭の上に飛び乗った。


「じゃ、また」


 アグリはそう言うと、衝撃的過ぎて思考が定まらない二人を置いて、店から出ていった。


「……あ」

「どうしたのキュウビ」

「あの店でなんも食ってねえわ」

「次で良いでしょ」

「ま、それはそうだな」

「……しかし、金貨五千枚か。あの年齢でする借金じゃないよねぇ」

「だよなぁ」


 アグリの呟きにキュウビは頷く。


「ええと……大体100円相当のパンを買うのに銅貨が1枚で……銀貨は銅貨100枚分、金貨は銀貨10枚分だから、金貨は銅貨1000枚分。金貨1枚で大体10万円相当か。それが五千枚ってことは」

「五億円だな。あるじが転生者ってことは知ってるけど、五億円ってどれくらいだ?」

「そうだねぇ……まあめちゃくちゃ多いね」


 五億円ってどういう金額? といわれて、流石にすぐに答えられるものではない。


「ていうか、金融部門も薬屋も、ガイア商会って言ってたよな。実際に金貨は動いてねえよなそれ」

「確かに。ガイア商会の金融部で口座を作って、そこに金貨五千枚って書くだけだ。大した効果もない薬を売って、ほとんど金を動かさず、金貨五千枚の収益……どこまで企んでるのかはともかく、ウハウハだろうね」

「……はぁ、呆れるな」

「確かに」


 ダンジョンに向かうアグリとキュウビ。


 内心は、『失望』だ。

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