第53話 ダンジョンへの道中
普段は中から出てこないモンスターたちが地上にあふれ出す、
これが、フォックス・ホールディングスに向けて出された。
アグリの是非と問わず、『上』のゴリ押しでべレグ課に押し付けられた形である。
すでに大金が動いており、上としてもダンジョンの氾濫は食い止めなければならない。
……国家の役割ではないのか。と言う意見はあるだろう。
ただし、冒険者たちがカードを使わなくなった後もかなりのアイテムが市場に流れ込んできたことを考えれば、王都にいた兵士たちがカードを使っていたという事になる。
そして、才能を抜かれたことで、カードを使わない場合は普段よりも実力が落ちる。
才能を抜かれたことには気が付いていなくとも、『調子が悪い』ことは分かるだろう。
カードが機能するかどうかがシェルディの匙加減であると噂が流れ、それが原因で、冒険者と付き合いがあるアーティアを目の敵にしているフュリアムとロクセイ商会がつながった時、冒険者たちはカードを使わなくなった。
王都に廃業届を提出し、他の国に行くことを噂として流したことで、今度は『他の国で何か言われる可能性を考えたら、兵士たちもカードを使うのは危険だ』と判断された。
これにより兵士と冒険者、王都で戦えるほとんどの人間がカードを使うのはためらっている。
今回、氾濫する危険性があるダンジョンは王都の近くにあるわけだが、解決できるのがフォックス・ホールディングスであるということは、客観的に間違いない。
アグリは75層に到達可能なハイエストオーガを倒した記録があり、サイラスとセラフィナはSランク冒険者候補で、ムーンライトⅨの序列一位から三位はSランク冒険者だ。
噂の広め方も上手いが、『軽く考えると筋が通っているように見える状況』をうまく見つけ出す手腕は確かなものである。
「ダンジョンは『ダンテナウド墓地』か……」
ダンジョンに向かう馬車には、アグリを含め、何人かが乗り込んでいる。
資料に記されているダンジョン名を、アグリは呟くように言った。
「死霊系のモンスターが出てくるところだが……まあ、今回は関係ないか」
「そうですね。ロクセイ商会が何か企んでいるのは間違いありませんが、少なくとも氾濫とは関係ないでしょう」
マサミツの確認に、セラフィナが頷く。
そもそもだが、このダンテナウド墓地は、三か月前にアグリとキュウビが大暴れした場所だという。
氾濫の発生の為には、五年から十年といった長い期間、誰も入っておらず、モンスターを倒していない期間が必要であり、そんな状態で氾濫の兆候など見られるはずがない。
シェルディもアグリの行動は知らないはずだが、『アグリが王都の周囲のダンジョンの情報を持っている』ということは想像がつく。
要するに、今回依頼は出されたが、アグリ側の嗅覚に関係なく、シェルディ側の腐臭が強すぎるのだ。
何かはともかく、企みがあるのはよくわかる。
「しっかし、上は何をどう言われて、姉貴に調査をごり押ししたんだろうな」
「まあ、ロクでもない取引があったんだろうな。主に金で。それだけだろう」
サイラスの呟きにシャールが答える。
……サイラスの隣に座っているシャールだが、何かの資料を見ているようだ。
「……あの、シャールさん。さっきから何を読んでるんですか?」
「ダンテナウド墓地のモンスターの資料だ」
アティカスがシャールに聞くと、すぐに答えた。
「基本的に私は転移街にしか入らないが、別のダンジョンに行くんだ。何か回収しておいて損はない」
「まあ、それはそうですけど……それって、会長も一緒に行くから、深いところまで潜れそうっていうのも含んでますか?」
「当然だ」
「……会長が三か月前に暴れたってことは、アイテムを持ってるはずですよね。頼めばよかったのでは?」
「暴れた階層が深すぎて私が使いたいレベルに適していない」
「あ、そ、そうですか。えーと……あまり挑まないダンジョンだから、シャールさんが求める階層で、会長に暴れてもらいたいと?」
「そういうことだ」
アティカスの予想にうなずく。
シャールは65層以降でも戦える『魔力ガンナー』であり、その戦闘力は確かである。
ただ、『ラトベルト理論』を研究する上でダンジョンから取れるアイテムが必要になる場合もある。
転移街で手に入るアイテムでも構わないが、他のダンジョンを蔑ろにするわけではない。
アグリならダンジョンの100層だろうと可能なので、シャールが求めるレベルに合わせて動くことも十分に可能。
何かを頼む相手として、アグリがとてつもなく信用できるのは確かである。
「なあ、あるじ」
「どうしたのキュウビ」
「一応、俺様たちって、氾濫の調査に行くんだよな」
「そうだね」
「このメンツで行くって、流石に人数が少なすぎて体裁もクソもねえと思うんだが」
フォックス・ホールディングスからはアグリとキュウビ。
アンストからはサイラス、シャール、アティカス。
ブルマスからはセラフィナ。
ムーンライトⅨからはマサミツ。
六人と一匹である。
王都はとても広く、冒険者の数も兵士の数も多いが、転移街はその全てを受け入れられるほど広大だ。
ダンジョンは『そういうもの』である場合が多く、これから向かうダンテナウド墓地も例外ではない。
そんな広大な場所の調査に、人間が六人と言うのは、体裁としてあり得ないだろう。
「モンスターのドロップアイテムを大量に手に入れて見せれば、少なくとも氾濫の発生はないんだ。それで充分でしょ」
「……まあそう言うことにしておくぜ」
物事には条件があり、氾濫の発生は『差』はあっても最低限は決まっている。
それを考慮した動きをすればいい。
間違いはないが、凄く大雑把である。
同時に適切でもあるわけで……まあそこは、アグリの戦闘力がトチ狂っているという証拠だ。
それほど理不尽でなければ、大量のモンスターをそこまで蹂躙することなどできはしない。
「しかし……こうして、会長と一緒の馬車に乗るのは久しぶりだ」
マサミツが思い出すように言った。
「へぇ……前はどうだったんだ?」
「アレは五年前の十四歳のころ。冒険者になったばかりだったな。まあ、大失敗して、素寒貧になって、王都の未開発エリアに流れ込んだことがある」
「ほうほう……」
「何日かさまよった後、そこに会長が現れてね。才能がありそうだからと拾ってくれたのさ」
「ふむふむ……」
「まずはご飯をしっかり食べて風呂に入れってことだったんだけど、汚すぎて先に風呂に突っ込まれてね……その時、
「急に声デカくすんな」
「羨ましいだろ!」
「羨ましいかどうかで言えばそりゃ羨ましいが……」
「当時、十四歳といったな。どちらかと言うと『思春期の少年になんてことを』と思うんだが……」
興奮するマサミツにサイラスとシャールがため息を押し殺しつつ応える。
……で、アティカスは頬が引きつっていた。
冒険者になったばかりのころに失敗して、未開発エリアに流れ込んだことがあるのは、彼も同じだ。
昔はそれで憧れを捨てて安っぽい男になったわけだが、つい先日は、憧れを取り戻して今に至る。
マサミツもいろいろあったんだなぁ……と思っていたが、なんだか疲れてきた。
「五年前って……会長は何歳ですか?」
「十三歳だね」
「まああるじは五年前も今も大して身長は変わんねえけどな」
「え、そうなの?」
「俺の今の身長は155センチだけど、これは十三歳の男子としても低いからね。そこから全然伸びてないからさ」
「ってことは、マサミツさんの体を洗ったときに会長って、外見が大体、今と同じってことですか?」
「そうだな。当時のマサミツの性癖の歪みようはヤバかったぜ!」
「でしょうね」
自分がヤバいことになった時に助けてくれて、いろいろ揃えてくれた恩人。
その上で、湯着一枚だけで風呂で体をゴシゴシ洗ってくれた。
絶対的な美しいルックスの持ち主であり、そりゃ洗ってくれたら精神がおかしくなるだろう。
と思っていたら、アグリは男なのだ。
何をどう考えても、思春期の少年には刺激が強すぎる。
「僕としてはいい思い出だよ。近くの銭湯に入って、馬車で食堂に行ってたくさん食べて、その日の夜は宿屋で一緒に寝てくれてね」
「思春期の少年になんてことを」
「プロデュース、キュウビさんだろ……」
「もちろんだぜ! 実際、マサミツはこうして強くなったからな。良い広いものだったぜ」
ダンジョンの氾濫があり得ないため、そこまで緊張感は必要ない。
ただ……ここまでくると、キモ過ぎる。
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