第54話 アグリとシェルディ

 ダンテナウド墓地に向かうアグリたち。


 ただ……アグリたちも、シェルディたちも、ダンジョンに興味はない。


 平原……そう、何も遮蔽物のない『平原』を駆け抜ける馬車の周りに、急に彼らは現れた。


「うおおっ!」


 馬車が急停止する。


 アティカスが驚いて声を漏らすが、直ぐに体勢を立て直した。


「……ダンジョンに興味があるのはシャールだけか」

「そういうこったな」


 アグリの呟きにキュウビは頷いた。


 アグリが外に出ると、他の面々もそれに続いて出る。


「フフッ、お待ちしていましたよ。アグリ君」


 ダンテナウド墓地に向かう道で、シェルディが不敵な笑みを浮かべている。


「……一応聞いていいかな?」

「あなたをおびき出すための嘘。といえばよろしいでしょう」

「……本題に入りたいという意思は伝わったよ」


 アグリは溜息をついた。


「我々の要求は二つ、一つは、アグリ君。君の刀を貰いたい」

「それは、シェルディも刀使いだからか」

「そう、その刀は、80層まで潜れる私からみても分析不可能な代物……90層を超えて手に入るものでしょう。この国を離れる前に貰っておきたい」

「……戦力増強として申し分ないよね。で、もう一つは?」

「まあ、ここに居る全員で良いでしょう。こちらの腕輪をつけていただきたい」


 シェルディが腕輪を見せる。


「……カードと同じものか。才能を抜き取る機能がある。魔道具として使っていても使っていなくても抜き取れる特注品か」

「その通り。フフッ、随分賢いですね。こちらも説明する手間が省けました」

「あっそ……」


 アグリは呆れたように言うと、刀を抜いた。


 アグリが抜いたのを見て、サイラスたちも自分の武器を抜く。


「要求だけど、どちらも却下させてもらうよ」

「ほう……では、私たちに勝てると?」

「その通りだね」

「フフッ……甘い、甘すぎる!」


 シェルディが指を鳴らした。


 次の瞬間、周囲にいた男たちが一斉に腕輪を見せる。


 すると、空中に渦が出現し、そこから鎖が飛び出した。


「……それしか芸がないのかな?」


 呆れるアグリの四肢に、鎖が巻き付いていく。


「……フフッ、簡単に対処できるものだと思っていますか? その鎖は、霊的な存在を編みこんで作ったもの。物理的な対処を受け付けませんよ?」

「……」

「加えて、あなたがそこの狐を体内に取り組んだ『アレ』になれません」

「……ほう、キュウビ」

「おう!」


 アグリがキュウビに向かって名を呼ぶと、大きく頷いて、アグリの胸に飛び込む。


 キュウビの体が薄くなり、魔力だけの存在になって……アグリの体に触れる直前で、彼の体は止まった。


「んっ? あれ、うおおっ!」


 うまくアグリの体に入り込むことができず、そのままキュウビの方が実体に戻った。


「……あの姿になった時の戦闘力は未知数。しかし、封じてしまえば何も問題はない。問答無用であの力を使えばどうにかなった物を……やはり、エリオットの息子らしく、どこか抜けていますね」

「えっ……」


 シェルディの言葉につぶやくような声を漏らしたのは、アティカスだ。


 エリオット。


 それは、アティカスが冒険者を目指すきっかけになった男だ。


 ダンジョンの奥底に入って、そこで手に入れたアイテムを広場で公開し、『ダンジョンの奥底にはこんな世界が広がっている』と教えてくれる。そんな冒険者。


 十年以上前に亡くなったが、それでも、アティカスにとってはとても重要で、憧れと言える。


「……会長が、エリオットさんの息子?」

「まあ、事実だね、というか、父さんのこと、知ってたんだ」


 四肢に鎖が巻き付いており、父親の名を急に耳にしても、アグリの表情に変化はない。


「ええ。当然」


 シェルディは笑みを浮かべた。


「……十数年前。ダンジョンの底から『ミミクリアス』という植物の種を持ち帰ってきたのがエリオットです。『擬態の研究』を進めるうえでとても重要なアイテムでね……」


 嘲るように、楽しいものを見るような目で……。


「貴方の両親を殺して奪ったのが、私ですから」

「……はっ? お、お前が、姉貴の両親を?」


 アグリではなく、サイラスの方が驚いた。


「ええ、エリオットは冒険者、その妻は鍛冶師として夫を支えていました。エリオットが持っているかと思っていたんですが、私が接触した時は持っておらず……」


 エリオットは冒険者であって研究者ではない。


 必要のないアイテムを一々持っておく必要はない。それが例え、アイテムボックスという物が嵩張らない収納手段を持っていたとしてもだ。


「それを研究することの危険性に気が付いたエリオットは私を止めようとしたんですが、返り討ちにしました」

「……」

「その後、あなたの実家に侵入し、新しく買ったであろう金庫を発見……したんですが、あなたの母親に見つかりましてね」

「その時に……」

「ええ、まあ、臨月の女性相手に負ける道理はありませんから」


 その言葉に、サイラスたちは驚愕する。


「お前が、会長の家族を奪ったのか」

「奪ったのではなく壊したんですよ。まあいずれにせよ、それによって『ミミクリアス』を手に入れた私は、『擬態』の研究を大幅に進めることができました」

「では、カードに含まれていた、デメリットを隠す擬態技術は、それを……」

「ええ、実用性に足るものが出来上がったのは、それのおかげですよ」


 シェルディはとても楽しそうだ。


 彼の視点では、全てが上手くいっているように感じるのだろう。


「……はぁ」


 アグリは手首だけを回して、刀を振る。


 それは彼に巻き付く鎖を容易く切断していく。


「……はっ?」


 シェルディはとぼけたような声が口から洩れた。


「……何を驚いてるんだ? 90層に行かなければ手に入らないような、ヤバいアイテムって言ったのは君でしょ? こんな小細工なんて真正面から突き破る性能くらい持ってるさ」

「……それもおかしいが……何故、なぜあなたは、怒っていないのですか?」


 シェルディは理解できないと言った様子でアグリを見る。


 先ほどから、彼の周りはかなり反応していた。


 その反応はシェルディから見ていても愉快だったが、肝心のアグリの反応が、とても薄い。


「まあ、そうだなぁ……キュウビ、なんて言えばいいと思う?」

「別に隠す必要はないんじゃね?」

「……それはそうだね」


 アグリはシェルディを見て……。


「なんで俺が怒らないのかと言うと……父さんも、母さんも、妹も、アンタを恨んではいなかったからだ」


 静かに、ただしはっきりと、アグリはそう告げた。

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