第55話 『俺様はキュウビ。あるじの家族だ!』

 アグリの父親であるエリオットと、そんな夫を支える臨月だった妻。


 シェルディは一つの家族を壊して、ミミクリアスという植物を手に入れた。


 しかし、彼の表情に怒りはない。


 その理由として……アグリは確かに言った。


『なんで俺が怒らないのかと言うと……父さんも、母さんも、妹も、アンタを恨んではいなかったからだ』


 お腹の中にいる子供の性別は、まだ、魔法を使えば分かるからいい。


 だが、恨んでいなかったなど、何故わかる。


 いや、そもそも妹は、生まれる前に殺されたも同然。


 シェルディを恨んでいなかったというのは、どういうことなのか。


「い、一体、何を言ってるんです?」

「ダンテナウド墓地の92層。その安全エリアの一つは『再会の霊園』という名前がついている。そこに訪れた存在が本当に大切にしていた故人に、一週間だけ会えるんだよ」


 ダンジョンの深い階層に行くと、人間の直感に反することがいくつもある。


 中には、故人に会える場所も、存在する。


「父さんと母さんは、俺が実の息子だという事を隠してた。ダンジョンの深い階層に潜った時、何が手に入るのかっていうのは、多くの関係者が隠したがっていることで、それを広場で見せる父さんはいろんなところから恨みを買ってたからね。知り合いの子供を預かっていることにしてた」


 深い階層の情報。


 それは紛れもなく他者との競争に勝つために重要なものだ。


 高ランク冒険者と大手商会の重鎮は繋がっているもので、そこだけで取引をしていることも多い。


 エリオットは確かに、多くの子供たちの憧れの的であったが、既得権益には喧嘩を売っていた。


 実の息子がいるとなれば、どこかで狙われる可能性がある。


 だからどこかで、ギリギリ、線引きしていた。


「言い換えれば、俺は両親の遺産なんて引き継げないし、当時の支部長が全部持っていったよ。そこからはまあ、彷徨ったさ。俺は当時、五歳とか六歳だったからさ」


 情報の隠蔽は徹底されていたが、その反面、アグリは何も引き継ぐことはできなかった。


 法的にはつながりがない、知り合いの子供というだけで、エリオットと妻が築いた莫大な遺産を受け継がせることを、『欲に溺れた大人』は許さない。


「で、どうやって92層に行ったかだけど、転移トラップを踏んだんだよ。近くが『再会の霊園』でさ。いやー、びっくりしたな。いきなり天国に直送されたのかと思ったよ」


 ダンジョンの転移トラップは、本当に、何処に跳んでしまうかわからない物。


 ただ、凶悪な反面、感知もそれ相応に楽な設計であり、しっかり分析魔道具を用意しておけばまず引っかかることはない。


 だが、当時のアグリに、そんな余裕はなかった。


 それで転移罠を踏んで、さまよったら死んだ家族に会えたのだ。

 天国かと思うだろう。


「……まあ、ある日に油揚げをあげてから、いつも一緒に遊んでたキツネが転移に巻き込まれてたなんて……というか、ついてきてた事すら気が付かなかったんだけどさ」


 おそらく、そのキツネは……彼の隣にいる者で間違いない。


「父さんと母さんと、妹に会えた。母さんが死んだ日から、多分二か月か三か月くらいだったと思うけど、見た感じは二歳か三歳になってたね。普通に話すことができたよ」


 魂だけになった存在に、肉体の制約は関係ないのか。


 ……いや、兄と話すために大きくなったという方が、気分が良い。


「……更なる幸運があるとすれば、キツネが小さいアイテムボックスを父さんからパクっててさ。その中に、とある火属性魔道具が入ってた事だ」


 手癖の悪い話。

 それと同時に、運の良い話だ。


「その火で熱されたものは、霊的な存在と相互作用が可能になる。母さんは死んだ後も鍛冶のためのハンマーを持っててさ。それで刀を打ってくれた」


 その『火』があったからこそ、鍛冶師であった母親は、刀を打つことができた。


 アグリが『霊的な存在を編み込んだゆえに、物理的な対処を受け付けない鎖』を刀で切断できるのは、それが影響している。


「母さんは俺に刀をくれた。父さんは俺に剣術を教えてくれた。妹は『集中力強化』の才能をくれた」


 才能を与える。というのがどういうことなのかはともかく、まあ、出来てしまったものは仕方がない。


 その妹が、『他人に自分の才能を与える魔法』を編み出したとしても、不思議ではない。


「一週間しかない。時間は全く足りない。誰かに殺されたことなんて、もはやどうでもよかった。父さんも母さんも妹も、俺のことを愛してくれた」


 普通。

 そう、普通なら、家族と言うのは、どれくらい一緒にいるものなのだろう。


 何年、何十年。


 しかし、当時のアグリたちに、時間はない。たったの一週間しかない。


 恨みを伝える暇などなかった。


「……キツネが持ってたアイテムボックスに、俺がいつも作ってたきつねうどんの材料とその調理器具が入っててさ。その『火』をつかって料理したら、父さんたちも食べれたんだから、そりゃ驚いたよ。妹なんて大はしゃぎだった」


 本当なら絶対に食べられなかった兄の手料理。

 それはそれは嬉しいだろう。


「……最後の日、お別れの挨拶と、いつの日か、皆から貰った力だけで、ダンジョンのラスボスを倒すって約束して……朝起きたら、キツネの尻尾が九本になってたんだ。ビビるよほんと」

「あっはっはっはっは! まあ、あの時は俺様もびっくりしたぜ!」


 アグリの言い分にキュウビは大笑い。


 シェルディは、そんなキュウビを見る。


「……お、お前は一体、何者だ?」

「ん? 俺様が何者かって? そりゃ決まってるさ!」


 キュウビはジャンプして、スッと出されたアグリの左手に乗る。


「俺様はキュウビ。あるじの家族だ!」

「……フフッ、いくよ。キュウビ」

「おう! 行くぜあるじ!」


 キュウビは再び、自らの体を魔力態に変換。


 そのまま、アグリの胸に飛び込んだ。


 変化は速かった。


 アグリの白い髪が伸びて、頭にはキツネの耳が出現。


 お尻あたりから、魔力の集合体を思わせる揺らめきを持った九本の尻尾が現れる。


 彼の美しい顔に、キツネのお面の様な赤い線がいくつか浮かび上がった。


「……さてと、そろそろ理解してもらえたかな?」


 ゆっくりと開いた眼は、金色に輝く。


 キュウビの力を開放するアグリが、ゆっくりとシェルディに切っ先を向けた。


「俺が君を恨んでいるという想定は自由だ。だが、別に俺はお前のことなんてどうでもいい。奪った? 壊した? 違う、俺は、貰うべきものはきっちりもらってる」


 アグリのその言葉を聞いて、サイラスは思い出す。


 確か……そう、『グレイスハーブ』の取引。

 第二王子がその場にいた密会だ。


 アグリの顔をぶん殴って、胸ぐらをつかんで、罵詈雑言を浴びせて、それでもアグリは揺らがなかった。


 大切な仲間と家族を奪われたサイラスには理解できないのが、あの時のアグリの『器』で。


 それが、『貰うべきものはきっちりもらったから』と、確かにそう言っていた。


 あの言葉は、紛れもなく真実だったのだ。


「……なあ、姉貴」

「『再会の霊園』は、すでに入ったことがある人間と行動を共にしてると、故人には会えない。妻と仲間に会いたいなら、強くなれ」

「……ハハッ、まさか、こんなタイミングで、強くなる理由が見つかるなんてな」

「それなら、私も強くなれば、シウリアさんに……そういうことですか」


 サイラスとセラフィナは、心に大きなものを宿したらしい。


「……はぁ、冒険者の子供と言うのは、多くが数奇な運命をたどるものだが、会長はそのなかでも特殊だな。そう思わんか? マサミツ」

「シャールさんの昔なら聞きましたけど、その上で言いますよ。会長ほどじゃないにしても、あなたも人のことは言えません」

「はぁ……」


 シャールとマサミツも、アグリの話を聞いて何も思わないはずがない。


 ただ、『事情がある』のは、マサミツ視点だと、シャールも大概のようだ。


「……敵討ちって感じでもない。初めてだ。こんな感覚」


 アティカスは、胸の内ポケットに入れているボロボロになった記事に思いを馳せつつ、剣を構えなおす。


「というわけだ。シェルディ。俺の刀が欲しいなら、俺の才能を抜きたいなら、俺に勝つことだ」


 どれほど綺麗に言おうと、どれほど言葉を尽くそうと。

 最終的に、結論は一つ。


 奪いたければ、勝つしかない。


「……はぁ、仕方がない」


 シェルディは指を鳴らすと、彼……だけではなく、全員の体を魔力が覆いつくす。

 すぐに、それは晴れた。


 姿を晒す男たちの頭には二本の角。

 額には、六花の紋章アスタリスクが浮かんでいる。


「六花の紋章を刻む鬼……『アスタオーガ』として、相手をしよう」

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