第87話 アグリ効果

 アグリは普段、半袖シャツにスキニージーンズという格好であり、これを変更することはない。


 キュウビのプロデュースによって服装に変化が起こることは十分にあるが、かなり珍しい話である。


 言い換えれば、今、この王都において売れやすい服は、半袖シャツとスキニージーンズという事だ。


 それをアグリ効果と呼ぶかどうかは別として、アグリの格好を真似した写真を撮って掲載することは、その物体の売れ行きにも十分影響する。


「いやぁ、ヤバかったっスね」

「何があった?」


 べレグ課の執務室。


 すっかりここの職員となったエレノアだが、苦笑しながら部屋に入ってきた。


「スーツのクリーニングを頼もうと思って、扱ってる店に行ったんスよ」

「そうか」

「そしたら、客の数が凄まじいのなんのって。あんなにスーツの店が繁盛するなんて、普通なら考えられないっスよ」

「まあ、スーツの購入時期など限られているからな」


 学校の卒業シーズンなど決まっている。

 そこから外れた時期にスーツが爆売れするなど、普通に考えてあり得ない。


「で、王都で活動してるモデルは、大体がスーツを揃えに行ったのか」

「まあそんな感じだと思うっスよ。ついでにいろんな書店を見て回ったっスけど、スーツを着ている女性の写真だけがなかったっス。普段なら多少は売れ残っているのがないってことは……」

「スーツを着ている女性の写真だけが売り切れた。ということか」

「なんていうか、凄いっスよねぇ。自分の格好一つで、こんなデカい街の服飾産業が活性化って……」

「それだけすさまじいルックスだからな」


 魔性の女。

 傾国の美女。


 男はおろか、全てを誑かすと言って良いほど美しい。


 艶のある白く長い髪も、光を受けて輝く真っ白な肌も、神秘的で美しい、背徳感を刺激する顔だち。


 男であることは明かしているが、その上で、女装させてそれを写真に収めたいと思う者は数知れず。


 ただその上で、アグリほど強く、そして自分の外見の価値を理解し、『必要であれば、大体、何でもやる』という思想を持つ者はいない。


 何より『強い』のだ。


 狐組の会長と言う立場であり、大量の金貨を王都に放出する絶対強者である。


 服飾関係にも当然のようにお偉いさんはいるが、アグリはその手の人間たちが全く怖くないし、必要でなければ言うことを聞くこともない。


 要するに、その手の『業界』の思惑とは全く別の動きをするため、推測ができない。


 そのため、急に、今回の『ミニスカスーツ』のようなことが起こる。


「……しかし、スーツのクリーニングができないのか。この手の服はしっかりやるのも一苦労だからな……」

「ムーンライトⅨで出来るって話は聞いたっスよ。もっとも、そっちもそっちで忙しいと思うっスけどね」

「だろうな……」

「今までは皆、着てなかったっスからねぇ」

「そうだったか?」

「そうっスよ。私が来るまで、ユキメとベラルダの二人が『特徴的』だったっスけど、その影響で、『真の変態にのみ許された服装』って感じになってたっス」

「まあすごく納得できる話ではあるな」

「それが、姉さんが着るようになって、王都にいるいろんなモデルも着るようになって、『なら自分たちも』となったみたいっス。その影響で、ムーンライトⅨの中でも忙しいみたいっスね」

「なるほど」

「ただ、真の変態ではない女性がミニスカスーツを着始めるという事になるっス。ランちゃんにとって、『ミニスカスーツ』って恐怖の象徴だったはずっスけど、これからは違うっスよ」

「その恐怖の象徴の原因だったという自覚はあるよな」

「もちろんあるっスよ。反省も改善もしないっスけど」


 真顔で頷くエレノア。


 狐組ではよくある事だが、自分の性癖が歪んだことや、その変態性などを隠さない連中が多い……というかそんなのばっかりなのだ。


 べレグ自身も足をしっかり突っ込んでいるが、彼自身がおっさんなので、別にそこまで強い執着があるわけではない。


 ただ、本当に目立つ人間が本当に変態なので、『大丈夫なのか?』と思うことはある。


 ……まあ、すでに手遅れなので大丈夫。といった方向性で納得するしかない。


 それに、すでに自分の性癖がアグリから離れられるとは思っていない。と開き直っている連中が多いのである。


「……救いのないグループだな」

「まあそこは否定できないっスね」


 アグリ効果。恐るべし。


 ただ、用法用量を守るのが、とても難しい。もうちょっとどうにかならんのか。


 べレグとしては、そんなことを思ったりもする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る