第95話【ウロボロスSIDE】 自覚がない。ということ

 ランがアグリの下着で驚愕したり喜んだりしているころ。

 ……この時点でツッコミどころしかないが、割愛する。


 冒険者コミュニティ『ウロボロス』の社長室にて。


「いろいろあったが、流石、本部の『宝』と言ったところか」

「ええ。これほどの冒険者を生み出せるとは、しかも、あのカードを使うよりも、遥かに高い性能を得ることができる。凄まじい事です」


 ウロボロスを支援する担当課をまとめるオーバスと、新しくウロボロスのトップに据えられた男が話していた。


「ところでビニオ。エースパーティーが70層に到達し、そこで稼いでいるそうだが……そこよりも下には行けないのか?」


 ダンジョンで70層。


 この世界における一般常識からすると、相当な深さだ。

 人外、と称されるのがSランクであり、その適正階層は51から60である。

 言い換えれば、普通の人間が努力して挑める限界は50層。


 ダンジョンは全て百層構造とされており、それを踏まえると『半分』だ。


 そして、『人外』と称されるSランク冒険者であっても最高が60層なのだから、70層まで到達できるという事がどれほどすさまじい事なのか、本来なら『実際の数字』でわかるはずだ。


 狐組においても、一部のメンバーには、『深層のアイテム』が配られたことで、その実力を高めている。


 しかしその上で。


 レッドナイフリーダーのサイラスが68層。

 ブルーマスターズリーダーのセラフィナが62層。

 ムーンライトⅨ序列一位のマサミツが75層。


 それぞれのコミュニティにおけるトップがこの階層となっている。

 ……別に述べる必要はないが、アグリは100層である。


 マサミツはともかくとして、サイラスとセラフィナはまだ、70層を適正としていない。

 行こうと思えばまだ先に行ける上に、『単騎』での数字なので、実際はともかくとして。


 彼らがダンジョンから持ち帰って市場に流すアイテムが、それぞれ68層だったり62層だったりするのだ。


 すでにそれらを超える階層で、戦っている。


 ただ、オーバスとしては、『トップでないと気が済まない』と言ったところか。


「四源嬢アグリが『ハイエストオーガ』を討伐したという話がありましたか。これはダンジョンだと75層に値する。これを越えたいという事で?」

「当然だ。宝によってウロボロスは躍進を遂げる。だが……まだ、エースパーティーを一つ仕上げるだけに終わっているし、そもそも『宝を使ってもトップになれない』などと、上に報告できるわけがない」


 どんな人間であっても70層相当まで行ける実力を得られる。


 金貨を使うだけでそこにたどり着けるというのは、紛れもなく『圧倒的』だ。


 しかし、オーバスにとっては……そう、『時代が悪い』のだ。


 全ての元凶は四源嬢アグリ。


 70層オーバーと言う実力に関して言えばマサミツもそうだが、彼も、アグリがいなければ今の様な実力者ではなかっただろう。


 アグリを越えなければ、王都で一位にはなれない。


 そして、ウロボロスが使った『宝』は、本部が抱える超貴重なアイテムだ。


 これを使っても超えられないと、オーバスは上に報告できない。


「確かに、その通りですね……」


 唸る新社長、ビニオ。


 宝を使っても一位を取れない。


 おそらく今のエースパーティが活躍すれば、再び『コミュニティ』から『ギルド』に戻すことはできるだろう。


 だが、それではまだ、元に戻らない。


 アノニマスを解体する前の時代。


 王都の冒険者の環境が、ウロボロス一色に染まっていたあの時代。


 その時代まで戻さなければ、何を言われるか。


 アグリは圧倒的な強者であり、そして自身への『信者』で周りを固めているため、彼が選んだものしか狐組に入れない。


 一種の既得権益を構築していたウロボロスからすれば目障りでしかなく、明確に『越えなければならない』のだ。


「更なる作戦を考える必要があるか。チッ、それにしても、アティカスもデカい顔をしおって」


 オーバスの頭によぎるのは、元ウロボロスのエースパーティを率いていたアティカスだ。


 彼がいるいないで、かなり変わるはずだが……今はいない。


「……ただ、まだ、何か利用できるか。因縁はあるだろうからな」


 オーバスは歪な笑みを浮かべて、高級酒を飲んでいる。


 ★


「滑稽極まる。と思わんか?」

「何がっスか?」


 べレグ課の執務室。


 べレグとエレノアが、書類を作りながら話している。


「ウロボロスは狐組を越えようとしているそうだが……そもそも『数字』で見ると、狐組は『報告免除特権』が『最高レベルフル装備』だ」

「そうっスね」

「そして、『宝』をエースパーティに使っても同等になれない現実がある以上、『協会長』には、狐組とウロボロスの間には、隔絶とした差がある事は明白だ」

「確かっス」

「……もっとも、『宝』を使用するパーティーが増えるならば話は微変するだろうが……そうなると、新社長やオーバスの報酬が減るからな」

「報酬が減るし影響は微変って考えると、今くらいがちょうどいいって思うんスけど」

「……否定はできんな」

「言い換えれば、ウロボロスっていうのはそれくらいのコミュニティってことっスよ」


 エレノアはため息をつく。


「確かに、滑稽極まるっスね」


 べレグの最初の投げかけに同意すると、エレノアは、書類作成を再開した。

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