第94話 アグリのスカートの中を見たランの反応

「ぴい、ぴぃ」


 アンストの酒場。


 アグリたちが宝石やエリオットに対してアレコレ言っている間、ランはとても暇である。


 ただし、ユキメがいるので、迂闊な行動はできない。


 というわけで、酒場で飛び回ったり、地面を歩いたりと、ウロウロしている。


「お邪魔しま……あれ、アグリさん」


 アティカスが酒場に入ってきた。


 ダンジョンからの帰りのようで、少し汗をかいている。


「アティカス……ああ、ダンジョンの中では大丈夫だった?」

「え、大丈夫ってどういうこと? 特に何もなかったけど」

「そうか……まあその、端的に言うと、協会本部が持ってきた『宝』があってね。それを今、ウロボロスが使ってるんだ。とても強い『身体強化』を与えるアイテムなんだよね」

「えっ……」


 アティカスの顔が青くなる。


 これに関しては、似たようなことをシェルディもやっていたからだ。


 ウロボロスのエースパーティーが『70層』に到達したことはすでに報じられているし、アティカスも知っている。

 要するに、アグリの説明を聞いて、70層到達が『宝』によるものだと理解した。


 そのため、『ウロボロス全員が70層に到達できる実力者になり、何かを抜かれているのか?』と想像したわけだ。


「シェルディの時みたいなことにはならないよ。『宝』は、それ相応の金貨を必要とするけど、使った後のデメリットはない」

「ふぅ」

「まあその『与えた技術』は、アイツらが抜き取るに値するものではあるけど」

「なんだその嫌らしい関係性……偶然っぽく見えないな。ラトベルトたちって、『宝』を前提にあのカードを作ったんじゃないか?」

「それはわからないが……」


 アティカスの頭の回転もなかなか速い。


「でまぁ、その……消去法で、彼らが『宝』を使う対象は、アティカスが所属してた元エースパーティーである可能性が高い。ただ、アティカスはウロボロスから追い出された先で大成功してるから、『何か一悶着ありそうだな』って思ったんだよ」

「なぁるほどぉ……今はまだ来てないけど、覚えておくよ」

「そうしてくれ」


 とりあえず、今のところ、一番何かが起こりそうなアティカスには何もないらしい。


「……ん? その宝石……」

「えっ?」


 アティカスが、酒場のテーブルに置かれた宝石を見て、表情を変えた。


「どうした?」

「ああ、いや……俺、エリオットさんに憧れて冒険者になってさ。当時の新聞の記事の切り抜きをいつも持ってるんだけど……」


 内ポケットから新聞の記事を取り出す。

 一枚だけで、あれからラミネートしたようだが、それでも分かるボロボロ具合だ。


「まあ、ちょっとボロボロなんだけどさ。この記事の写真は、エリオットさんがダンジョンから帰ってきてアイテムを公表してるところで……手に持ってるのが、似てるんだよ」

「はっ?」


 アグリは椅子から立ち上がると、アティカスに近づく。


「ちょっと確認しても?」

「あ、ああ、もちろん」


 アティカスは切り抜きを渡した。

 アグリはその写真を見て……。


「確かに、父さんだ。手に持ってる宝石……間違いないね」


 ダンジョンから取れるアイテムは千差万別。


 新聞のため色まではわからないゆえに、『同じ形で別の色の宝石』の可能性は十分にある。


 だが、アグリはダンジョンから手に入るアイテムの『図鑑』を持っている。

 80層で手に入れた『情報源』であり、それを超える網羅性のあるアイテムはほぼ存在しないし、あったとしても、エリオットがたどり着ける階層なら関係ない。


 図鑑を見る限り、エリオットが手に入れた物と同じ形・大きさの宝石は存在しないのだ。


「でも、エリオットが手に入れたアイテムを全て網羅しているとされる『エリオット全集』って本には、宝石が記載されてない……公表した後、何かに気が付いて、父上が動いたと考えた方が良いわね」

「そうなるか……謎は深まったけど、何かを知ってる陛下が話しそうじゃないのがなぁ」

「……」


 アティカスは途中から『陛下ってどういう事? この国の王が何か関わってるの?』と思い始めたが、追及しても仕方がない。


「まあ、確認はもういいか」


 記事の切り抜きを返した。


 アティカスは受け取って、内ポケットに入れる。


「……ぴい」


 パタパタと、アグリの真下に移動してきたラン。


 見上げた。


 そして……その視線は、アグリのスカートの中に。


「……ぴっ! ぴっ!? ぴいいっ!? ぴいいいっ! ぴああああっ!」


 歓喜……ではなく、驚愕の様子だ。


「ラン、どうしたのかしら」

「あー、多分、びっくりしたんだろ」

「びっくり?」

「あるじがスカートの下にはいてる下着は女性用だ。で、男のアレが見えないように擬態するんだよ」

「ということは……」

「ランは多分、『付いてるはずのアレがない!』って驚いてんのさ」


 なんて教育に悪い下着なのだろうか。


「ぴいいいいっ! ぴいいいいいっ!」


 キュウビの声が聞こえているはずであり、普段、周りのいう事をよく理解しているランだが、相当驚いているのか、暴れまわっている。


「ぴ、ぴいい……ぴいい♪」


 なんだかうれしそうな声が漏れている。


「どうしたんだろ」

「多分、『女になったんならそれはそれでオーケー』ってことじゃない?」

「あるじ、それ自分で言うのはどうなん?」

「下着を用意したキュウビもキュウビでしょ」

「なるほど、間違いない」


 ため息交じりのアグリとキュウビ。


「ね、姉様のアレが見えない。お、女の股に……」


 プルプルと震えているユキメ。


「……ユキメには刺激の強い話題ね」


 魂の底からため息をついたアーティア。


 一応、男性であるアグリが女性の下着をつけているという事に対して、何か言いたいことがあってもいいはずだが、もういろいろ諦め始めているのか……。


 いや、ツッコムだけ無駄だという事は昔から痛感しているはずか。


 ただ、アグリの周囲にいる『主要な女性』の中で、まともな方なのはセラフィナとアーティアなので、どうにか頑張ってもらいたい。


 ……そう聞くと、とうとき血というのは、何かに惑わされない凄い要素なのだと思わされるが……残念ながら、セラフィナとアーティア限定である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る