第93話 『宝』の強化アイテム

 ランを胸に抱きしめながら酒場に入ったアーティアが持ち込んだ宝石。


 アグリはそれを、冒険者協会本部が持つ『宝』の強化アイテムだと言った。


 本来なら90層で手に入る『宝』だが、その分、『支部』からみるとコストは高い。


 その代わりに、破格の『身体強化』の技術を手に入れることができる。


 それを『強化する』とは、どういうことなのか。


「ぴい、ぴいぃ」


 酒場のカウンターに置かれた青い宝石。


 手のひらサイズでかなり小さく、綺麗な物。


 ランが宝石の見て、におって、『これは食べ物ではない』と判断したようだ。


「ランちゃん。これは食べ物じゃねえからな?」

「ぴっ」


 ランは頷く。


「父さんがこの宝石を宝物庫に……図鑑を見ても分からなかったって?」

「ええ、いろんな資料を見たけどわからなかった。私ではまだ見られないレベルの資料に載ってる可能性はあるけど、そこまで言い出したらキリがないし」


 アーティアは第二王女。


 ヘキサゴルド王国は千年続く大国であり、その分、ため込んできたアイテムも多い。


 そこに保管すべきと判断されるに値するアイテムか否かとなれば、『宝』の強化アイテムと言われたら頷くしかない。


「……ただ、陛下に会ったとき、『宝に関係するアイテム』って言ってなかったか?」

「あ、確かに言ってたぜ」


 フュリアムの軍事権を戻す交渉の際、国王ムガリアが席に来たが、その際、『宝』が動き出す噂があり、『それに関係するアイテム』だと述べていた。


 ということは、ムガリアはこの宝石が『宝』に関わるアイテムであると知っていたことになる。


「……ただ、父さんの現役時代の実力を調べたけど、このアイテムが取れるギリギリの実力だったはず。とても、『情報』までたどり着けるとは思えないし……」

「いやそもそも、手に入れたいアイテムを『全て』公開するのが、あるじの親父のやり方だったはずだぜ。必要なのは剣だけだったし、その剣は妻が打って、修理してくれるからな」

「……要するに、ダンジョンに出る前に、何かに触れた可能性があると」

「現時点ではその可能性がある。と言う話だね」


 アグリの父親であるエリオットと、ヘキサゴルド王国の国王ムガリアは旧知の仲だ。


 少なくとも、アグリが生まれたときに、その病室にいたほどの親密さである。


 エリオットが何かをムガリアに渡すことそのものは、何も不思議なことはない。


 だが、それは『手に入れたものを公開した後』なのが、そもそものエリオットのやり方だったはず。


「父さんが世間に公表したドロップアイテムの一覧は見たことがある。流石にこんなアイテムが紛れていたら分かるはずだ」

「ふーむ……なるほど、このアイテムが『宝』の強化アイテムであることは事実。ただ、事実であるからこそ、『それを分かっていた振る舞い』をするのが不自然ということね」

「そもそも、協会本部が抱えてる『宝』に関しても、その情報は広まってねぇからな。それに関連するアイテムであるって分かるのも妙だ」

「……掘れば掘るほど、おかしい話ね……」

「陛下からは何か聞いてないのか?」

「私は何も。それに、エリオットのことはよく話してくれるけど、預かったアイテムに関しては『まだ言えない』の一点張りよ」


 仲が良かったのは間違いない。


 ただ、今回の『宝石』に関しては、何か裏があるようだ。


「あるじの親父の話かぁ。例えばどんなものがあるんだ?」

「妻のお腹が大きくなってきたあたりで、『俺も家事をやる』って洗濯物を洗ってたら、妻の下着がビリッて逝ったこととか」

「そういうことは陛下も墓場までもっていけばいいのに」


 冒険者と言うのは、稼げるものは本当に『資産家』と言える。


 それだけの稼ぎを得て、疲れて家に帰ってくる者を待つということで、『優秀な冒険者の配偶者は、家事くらいは出来る方が良い』というパターンが多い。


 ただ、流石にお腹の子供が大きくなってきて体調も崩しやすい時期に、家事を任せるのはアレだ。


 というわけで、エリオットも『俺がやる』ということでやってみたら、妻の下着が逝ってしまったということだ。一体何をやっているのだろう。


「まあ、そんなどうでもいい話まで教えてくれるわ。本当に親しい仲だったってことでしょうね」

「それだけの仲なら、宝石を渡すのも頷けるね」

「ただ、宝石については応えないか……何か裏がありそうだが、話す気がない以上、穿り返しても仕方ねえ。ていうか……」

「この宝石は、『宝』の強化アイテムとしての機能しか持ってない。その『宝』を使えない以上は持っていても仕方ないが……」

「ただ、持ち出すのに苦労するアイテムでもないわ。失くさないなら持っていても問題ないわね」

「……それはそうか」


 アグリは頷いた。


「宝物庫に預けられていたアイテムだ。あるじの物には出来ねえな。ただ、預かるだけならできるし、それでいいんじゃねえか?」

「……そうしようか」


 というわけで、宝石はアグリが預かることになった。


「ぴい……ぴぃ……」


 そんな宝石を、ランは、じぃっと……見つめている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る