第92話 ランよ。飛び込め、王女の胸に!

 アンストで繰り広げられるランとユキメの鬼ごっこ。


 縦横無尽に飛び回り、変態ミニスカスーツから逃げていく。


「なかなかの移動速度。赤ん坊といえど侮れませんね」

「ぴぃ……」


 ランは『どっちかつーとテメエのせいだよ』といった表情で飛び回る。


 モンスターと言えど、赤ん坊は基本的に守られる側だ。


 一人でも生き延びることができる。一人前になるまでは、親の元で生活することが多い。


 生まれたときに既に親が誰かに倒されている可能性は高いのだが、それに関しては隠れることでどうにかしている。


 ただ、隠れることでどうにかやりすごすということは、紛れもなく『戦闘力は低い』のだ。


 モンスターなら赤ん坊でも高い機動力を発揮できるというのなら、世の中の小動物を食べるタイプの食物連鎖が狂ってしまう。


 ……まあそもそも論を言えば、この世界においてモンスターは倒されると硬貨を残して塵となって消えるので、倒したとしても腹を満たすことはできない。


 食料目的で襲ってくるモンスターではない野生動物はそのあたりの識別ができない場合も多く、モンスターたちからすると『殺され損』ともいえるが。まあそれはそれだ。


「ぴいいいっ!」


 とにもかくにも、袋を手に追いかけてくる変態からは逃げる必要がある。

 捕まったら一体どんなことになるのか想像もつかない……いや嘘だ。想像はできるし、その未来が嫌だからこうして逃げているのだ。


「待てえええええっ! 姉様の太ももの匂い待てええええええっ!」


 ここまで明け透けな変態もなかなか珍しい。


 ……などと感心している場合ではない。


 皆、その気持ちが分かるからこそ、誰もユキメを止めないのだから。


 だって皆変態だもの! なんならランもその道に片足突っ込んでるもの!


「ぴいいいいいっ! ぴいいっ! ぴぃ?」


 ランが何かを発見。


「ぴいいっ♪」


 そして、そのまま突っ込んでいく。


「ぴいいいいい~~~っ♪」

「一体何をしているのかしら……」


 ランは、ドレス姿でやってきたアーティアの胸に飛び込んだ。


「何処に行ったあああああっ! ……あれ、第二王女が何故ここに?」


 赤い長髪で赤いドレスを着た巨乳美少女。

 ヘキサゴルド王国の第二王女であるアーティアが、アンストにやってきた。


 で、その胸に飛び込んで、ランはご満悦である。


「……アグリがここに居ると思ったから来たのよ」

「婚姻届けなら破り捨てますよ。最初に書くのは私です」

「狐組の人と話してると、何を言うのが正解なのかわからないことが多いわね」


 アーティアはため息をついた。


「とりあえず、あなたに抱き着いているランをこちらに寄越してください。その体には、姉様の太ももの匂いがたっぷりと沁みついているんです」

「あなたクール系美少女じゃなかったの?」

「クール系変態ですよ」

「初めて聞いたわ」


 なお、『クール系』と『変態』が両立できるか否かに関しては、あまりにも不毛な議論なので深く追求はしない。


 ただ、ユキメがそう名乗ったことで『どこか納得できるな』と思ったのなら、まあ両立は可能という事で。


「まあそういうことなら、渡せないわね」

「ぴいぃ♪」

「……でも、うーん、アグリの太ももの匂いかぁ」

「ぴい?」


 ちょっと地雷臭を感じ取ったラン。


 アーティアの顔を見上げる。


 彼女は真顔だ。


 次にユキメを見る。


 顔のパーツの殆どが無表情を表しているが、目だけはガンギマリだ。


 アレはヤバい。


「ぴいぃ……」


 ただ、逃げ続けてちょっと疲れているので、本当にヤバくなるまではアーティアのところに居よう。


 そんな感じで、ランはアーティアの胸に抱き着いている。


「まあとにかく、アグリのところに行くわ。アンストなら、どうせ酒場にいるでしょうし」

「それは確かにそうですが、通行料金としてランを渡してください」

「悪法が過ぎるわ……」


 ユキメを適当にいなしつつ、アーティアは酒場に向かう。


 アーティアも『勝ち気な王女』という雰囲気を持ち、それにふさわしい精神と実力の持ち主だが、王女であり、分別くらいは…………………………………………………………………まあ、出来なくもない。


 いずれにせよ、ユキメにランを渡すようなことはない。というか、一度でも渡したら、ランがアーティアのところに来なくなるだろう。


 アーティアの視点だと、ランやキュウビに対して友好的に接しておけば、アグリといい関係を築きやすい。


 そう言う意味で、ユキメよりもランの方が優先順位は高いのである。


「アグリ、久しぶりね」

「久しぶりって言うほどかな」

「まあ良いんじゃねえか?」


 ミニスカスーツのアグリが、酒場でジュースを飲んでいた。


 その横では、キュウビが油揚げを美味そうに食べている。


「フフッ、写真もいいけど、やっぱり実物は素晴らしいわ」

「そりゃどうも」

「あるじは普段、足は見せねえけど、だからって俺様が手を抜く理由にはならねえからな! 努力の賜物だぜ!」


 艶のある白く長い髪と、幼さと美しさを極限まで高めたような背徳感のあるルックスを持つのがアグリであり、そんな彼がミニスカスーツを着ていると、圧倒的に映える。


 単に外見の話をするならば写真でもいい……いや、実際のところ、写真でも他者に高い満足感を与えるのは事実だが、実物が持つオーラには敵わない。


「でも珍しいね。呼び出すんじゃなくてこっちに来るなんて」

「城で出したい物じゃなかったのよ」

「ん?」

「貴方のお父さんが、城の宝物庫に収めたもの。持ってきたわ」


 そう言って、アーティアは鞄から一つの青い宝石を取り出した。

 それを見て、アグリとキュウビの表情が変わる。


「城においてある資料だと何もわからなかったけど、その反応、何か知ってるのね」

「ああ……知ってる」


 アグリは頷く。


「その宝石は、単体だと特に意味を持たない。それは……冒険者協会が持つ『宝』の、『強化アイテム』だよ」

「『宝』の実物を見る前にそれを見ることになるとは、正直、想定外だったぜ」

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