第5話 少女の危機に駆け付ける
ダンジョンの中で耳に届いた悲鳴。
アグリとキュウビの表情が、一気に真剣なものになる。
「なんだ、今の」
「遠くで誰かが……こんな階層までくる奴はいなかったはず……いや、今はいい」
即座に走り出す。
ダンジョンは石材を組んで作ったような通路で構成されているが、かなり振動を吸収する性質がある。
そのため、近くでモンスターと戦っていても、曲がり角が一つ二つあるだけでほとんど声が聞こえない。
よって、悲鳴が聞こえたということは、曲がることを考慮せず、まっすぐ全力で走ればいい。
「……着いた」
数秒で到着。
まずアグリの目についたのは、大剣を構えている身長三メートルのゴブリンだ。
その大剣ゴブリンの後ろにはもう二体いて、一体は杖を、もう一体は弓を構えている。
「アレは……」
そして、そんなゴブリンたちの先にいるのは、一人の少女だ。
ブレザー型の制服を身に付けているが、左手で押さえている右脇腹は真っ赤に染まっている。
加えて、左の太ももには弓矢が刺さっており、ここからも血が流れていた。
「猶予はなさそうだ」
少女に向けて大剣を振りかぶるゴブリンだが、右手に握った剣を何とかして握る少女には、対処することは不可能だろう。
敵は大剣だけではない。
後ろにいるゴブリンの杖が輝き、レーザーが放たれる。
同時に、弓矢がもう一体のゴブリンから放たれた。
「!」
絶望する少女だが……アグリは、その前に出る。
弓矢を刀で弾いてレーザーと相殺し、振り下ろされた大剣は左手で掴んでとめる。
「ごぶっ」
剣を止められたゴブリンが驚いているが、一瞬の隙が命取りだ。
アグリは刀に魔力を纏わせて刀身を延長。
真横に薙いで、三体のゴブリンをまとめて一刀両断する。
そのまま三体とも地面に倒れ、硬貨を残して塵となった。
「……ふう」
アグリは一息つくと、ポケットに左手を入れて、液体が入った瓶を取り出す。
仄かに光る緑色の液体が入っており、栓を開けて、中の液体を少女の脇腹と太ももにかける。
「あっ……」
すぐに効果は出てきたようだ。
脇腹から流れる血は止まり、太ももの方は、刺さっている部分がひとりでに抜け落ちると、傷が塞がる。
「大丈夫か?」
「えっ、あ、は、はい。ありがとうございます」
頭を軽く下げる少女。
……なのだが、上げたその顔は、かなりの美少女だ。
ピンク色のショートカットに童顔で、おそらく普段から実年齢よりも年下にみられるだろう。
顔だちも体つきも幼いが、一部はよく育っており、ブレザーの胸元を押し上げている。
ダンジョンの底ではなく雑誌の表紙を飾る方が似合っていそうな、紛れもない美少女だ。
「この辺りに誰かが来る情報は聞いてなかったけど……もしかして『転移トラップ』を踏んだの?」
「は、はい。その通りです」
「……それでいきなり深いところに来たってわけね」
キュウビも追いついた。
「って、うおおっ! めっちゃ美少女じゃん!」
「何を興奮してるんだ」
「俺様は
「あっそう……」
アグリがため息をついていると、少女が声をかけてくる。
「あ、ありがとうございます。助けてくれて」
「大丈夫」
安心させるように、優しい笑みを浮かべるアグリ。
……ただ、神秘的な美しさがあるのがアグリの顔だ。
そんな彼が『優しい笑み』など浮かべたら……。
「……」
少女がフリーズした。
しかし……傷は治っているはずだが、まだ顔色が良くない。
ダンジョンは深いところに行くと魔力の濃度が濃くなっていく。
冒険者として活動していれば、基本的にダンジョンの表層なら何も問題なく活動できるが、魔力の濃度が濃くなると適応できずに『酔う』のだ。
普段の活動階層ならば慣れてきて問題ないとしても、転移トラップを踏んで深い階層に行くと、本来なら逃げるくらいなら問題ないモンスターを目の前にして、上手く動けなくなるほどコンディションが悪くなる。
「あ、これ、酔ってるな」
「慣れるのに時間がかかるけど、モンスターは待ってくれないからね……ちょっと安定する場所に行こうか」
「あ、安定する場所?」
「いいから行くよ」
肩を貸しつつ、少女を連れて歩くアグリ。
明らかな絶体絶命の危機から脱したことで緊張が切れたのだろう。少女は体にあまり力が入っていない。
それを支えつつダンジョンの中を歩く。
道中、モンスターに遭遇するが、即座にアグリは少女の前に出て刀を一閃して片付ける。
遭遇するたびに少女の体は震える。
言い換えれば、少女にとって遭遇するモンスターはどれもこれも敵わない強者ということ。
そんな存在を一刀で切り伏せる美しい少女(に見える男)の背に、感じるものはあるだろう。
……そんな様子で、数分。
通路の壁に扉を発見。
開けると、中には薬草が一面に広がっている。
「こ、こんな場所が……」
「ここにある薬草の内、何種類かは魔力の安定につながる。ちょっと待ってて」
アグリは部屋の壁に少女を座らせると立ち上がり……彼の傍に出現した『渦』に手を入れると、乳鉢と乳棒を取り出す。
「え?」
薬剤師が使う道具がいきなり歪んだ空間から出てきて驚いているが、アグリは無視。
生えている薬草の中で、一番多い『普通』と言えるものを多めにとって、部屋の隅の方でまとまって生えている黄色い薬草を少量持ってきた。
普通の薬草と黄色い薬草を乳鉢に入れてゴリゴリに潰しつつ混ぜる。
混ざってきたら、部屋の中で水が溜まっている場所から計量カップに入れて持ってきてまた混ぜる。
「出来た」
アグリはポーション? を作ると、再び『渦』に手を入れてスプレー容器を取り出して中に注いだ。
容器を振りながら少女のもとに歩く。
「あ、あの、それは一体……」
「さっき体を支えてた時に気が付いたんだけど……」
アグリはしゃがむと、少女の右手首を掴んで、袖をめくる。
「あっ!」
「……やっぱり」
めくった袖。
そこにあるのは白……ではなく、紫に変色した肌。
「『
魔力やモンスターといった要素と関わる冒険者は、それまででは考えられない病気を患う可能性がある。
ここ十年あたりでみられる冒険者特有の病気の中でも『奇病』とされるのが、『紫欠病』だ。
紫欠病は、肌が紫色に変色していき、次第に体の内側がボロボロになり、いずれ四肢が腐り落ちて、最後に首が胴体から離れて死亡する。
不治の病とされ、この病気を患っていると、冒険者としての基礎能力が著しく低下する。
「み、見ないで……」
少女の声を無視し、アグリはスプレーを吹きかける。
「冷たっ……えっ」
一瞬目を閉じる少女だが……吹きかけられた腕を見て驚愕する。
目に見えてわかるほど、紫色の肌が元の白さを取り戻していく。
十秒もするころには、その腕は完治していた。
「本来なら飲んでもらう方が効き目がいいけど、さすがに無理っぽいから実演だ」
「う、うそ、うそっ! 絶対に治らないって……」
「俺だって、ネズミで日々実験し続けて、発見したばかりだ。黄色い薬草が一に対して、普通の薬草を九。綺麗な水を十の割合で混ぜると、『紫欠病』を治せる薬が作れる」
「こ、これ、まだ表には……」
「出してないな。そもそもこの手の薬草部屋は多くないし、公表する時期と場所を間違えたら、クソみたいな利権につながる。が、さすがに患者の前で隠したりしないさ」
アグリは立ち上がった。
「あ、あの……ありがとうございます」
「どういたしまして」
再び渦に手を入れると、緑色の石を取り出す。
それを少女に放って渡すと、右手で慌てた様子もなく受け取る。
体調が悪い様子だったはずだが、右手の反応はかなりのものだ。
少女の右腕はすっかり完治したと言っていい。
「これは……」
「エスケープストーン。地面に叩きつけて砕けば、ダンジョンの出入り口まで戻れる」
「こ、こんな貴重な物……」
「ここまで潜れる俺にとって珍しくはない。まだまだあるから大丈夫。良いから貰ってくれ。俺にも俺の都合があってな。ちょっと一緒に行動できないんだよ」
「あ、そ、そうなんですね……」
「落ち着いたらそれを使って外に帰りな。それじゃ、縁があればまた会おう」
「は、はい! 本当にありがとうございました!」
涙交じりに言う少女のお礼に頷くと、アグリは軽く手を振って部屋を出ていった。
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