第6話 戦利品の積み上げ。そして夜の酒場にて。

 アグリは、『今日』ライセンスを取得した冒険者だ。

 そして『転移街』と言うダンジョンは、水晶の柱にライセンスを当てることで登録、転移拠点として利用できるシステム。


 実力的には何も問題はない。

 しかし、彼が持っているライセンスでは、そもそも深いところに転移できない。


 アノニマス時代に使っていたライセンスなら深いところまで転移できるが、今持っているのは、柱への登録が何もないライセンスだ。


 しかし、『裏技』があることは、アグリが助けた、ピンク色の髪の少女が証明している。


「え……あ、アグリさん。初日から、こんなにたくさん?」


 大型の搬入口を用意してほしい。というアグリの要望。

 そこに積み上げられたのは、莫大な量の金貨と、大量のモンスタードロップだ。


 この世界では、モンスターを倒せば硬貨が出てくる。

 そう、『魔石が出てくるから、それを換金する』という順序ではなく、いきなり『硬貨』が出てくる。


 そしてモンスターはその所在が完全に把握・管理されていない存在であり、それらのモンスターを倒していると、必然的に『金』はたまる。


 この世界は強者こそが資産家になる世界。

 そのため、思わぬ人間が思わぬ資産を手にすることは、珍しくない。


「そう、実は転移トラップを踏んじゃって、結構下の階層に飛ばされたんだ。そこで暴れまわって、手に入れたものをアイテムボックスに入れて持って帰ってきた」

「トラップの先に居たのがゴブリンの軍勢のド真ん前だったから俺様はビビったけどな!」


 アイテムボックス。

 異空間にものを収納する魔道具であり、鞄だったり袋だったりと様々だが、使うことで、本来なら考えられない量のアイテムを運ぶことができる。


「積み上げた分のアイテムは要らないし、金も十分だから寄付ってことで」

「え、い、いいんですか!?」

「いいよ」

「遠慮すんなよ。なんならちょろまかして懐に入れておきな」

「それは私が捕まるって……」


 冒険者協会の収益は、月ごとに払うライセンス契約料がメインだ。

 これを払うことで、協会が提供する冒険者向けのサービスを受けることができる。


 次にドロップアイテムの運用。

 冒険者が集めてきて、要らないと感じたアイテムを協会が買い取る。それを商人たちに売って収益にする。その差額が収益になる。


 あとは、『何でも屋』としての依頼の手数料など。


 冒険者と言うのは、基本的にはモンスターを倒して得た硬貨と、モンスタードロップの換金が収益。

 協会は、月に一度の契約料と、モンスタードロップの売買と、依頼の手数料が収益。


 ただし、冒険者はまだ、協会への寄付という選択肢がある。


 金も十分で、モンスタードロップの換金で入ってくる収益も大した金額にならない。

 しかし、自分で運用するノウハウもない。

 そう言った場合、協会に『寄付』ができる。


 これによって、ダンジョンからものを持ち帰り市場を活性化させる『優良冒険者』という扱いを受けることができる。

 金貨は多ければ多いほど、アイテムは性能が高ければ高いほど、『優良スコア』が加算される。


 このスコアの計算式はトップシークレットなので冒険者側も分からないが、判定が良くなればなるほど、特典も多くなる。


 金貨やアイテムを手に入れた際、協会ではなく、所属するギルドや関わっている商人に流れるパターンも多く、その場合は協会の収益は低い。


 だからこそ、協会の収益はライセンスの契約料が『メイン』であり、寄付は大きな意味がある。


「リストはここにまとめてるから、それじゃ。また明日」

「よっしゃ! 油揚げ食いに行くぜ!」


 搬入口に置いた金貨やアイテムのリストを置いて、アグリは去っていった。


 カウンターに背中を向けるときに長い白髪が揺れ、それだけで職員を幻想的な雰囲気に引きずり込む。


 彼にとっては、よくあることだ。


 ★


 大きな町は、夜も光が途切れない。


 どこかしらで酒場が開いて、賭博が行われ、もっと深いところに行けば、男女の交わりもある。


 冒険者はとにかく金を落とす。


 町に出ればいくらでも誘惑が待っており、それに逆らえる者も多くはない。


 そうした冒険者が落とした金は、多くの管理職が集め……最終的に、一部が徴税され、都市のライフラインを維持する大型魔道具を動かすための燃料となる。


 そうしたお金の流れはあるが、酒場一つに焦点を当てれば、関係ない。


「久しぶりだねべレグ。お酒、注ごっか?」

「……姉貴か。相変わらず神出鬼没だ」


 夜の酒場。


 少し前に、路地裏のたまり場でサイラス、ジャスパー、ユキメと話していたべレグ。

 今は質の高いスーツを着て、壁のカウンター席で酒を飲んでいる。


 そんな彼の隣に、アグリは座った。


 四十代半ばといった年齢のべレグと十八歳であるアグリは、むしろ親子と言った年齢差である。

 しかし、べレグからの二人称は『姉貴』であり、明確に、アグリを上として見ている。


「……何の用で?」

「今日、冒険者登録をしたんだよね」


 ライセンスを見せる。

 そこには、アグリの名前と、使い魔であるキュウビの名前。

 冒険者としては最低ランクである『F』が記されている。


 なお、冒険者ランクだが。


 S 人外

 A 天才

 B 上級

 C 中級上位

 D 中級下位

 E 下級

 F 新人


 といったものだ。


「姉貴が新人か。おかしい時代だ」

「直ぐに上がるよ。まあそれはともかく……『べレグ課』に入れてくれない? 絶対に勧誘がうるさくなるからさ」


 アグリはそう言って、鞄からリストを取り出してカウンターに置いた。


 先ほど、協会支部の搬入口で見せたものと同じリストだ。


「……この量を、一日で?」

「まあ、大体四時間くらいかな。転移トラップを踏んで一気に深いところまで行って、暴れまわったんだよ。今頃、支部の方でもアレコレ言い合ってるんじゃないかな」

「……外見を考えれば当然か」

「否定はしないけどね」


 アグリはアイテムボックスから酒瓶を取り出すと、べレグのカップに注いだ。


 べレグが少し飲んでみると……一瞬、思考が止まるほどの美味さが口の中に広がった。


「……凄い酒だ」

「ダンジョンのそこまでいけば、美味な食材は多いよ」

「だろうなぁ……で、べレグ課に入れるって話だったか」


 協会支部では、有能、有益な冒険者に適切なサポートを与えるためのチームを組む部署がある。


 調べなければわからない上に、申請しなければ得られない様々なルールやメリットが協会支部には存在する。


 それらに熟知した者が適切なサポートを与えることで、冒険者が活動しやすくなる。


 サポートチームの代表者が『課』を立ち上げるというシステムであり、べレグが代表する課であれば『べレグ課』となる。


 課にとってのメリットは、関わる冒険者が活躍すれば評価が上がることと、冒険者は、『硬貨の寄付』をする場合は、全額、この課を対象とすることができる。


 アイテムドロップに関しては市場が強く求めているので全て抱えることはできないが、いくつか優先的に確保する権限もある。


「そう、サイラスがリーダーのパーティー、『レッドナイフ』のOBで、支部の職員でありながら冒険者としても活動してるべレグだから頼めることだ」

「……俺に、職員になるべきだって言ってたのは姉貴だった気がするが」

「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない……書類。持ってるんでしょ?」

「もちろん」


 べレグは鞄から、『冒険者支援部べレグ課契約書』と一番上に書かれた紙を取り出して、カウンターに置いた。


 アグリはペンを取り出すと躊躇なく必要事項を記入し、自分の冒険者ライセンスを置いて魔力を流す。


 これで『登録』が完了。

 この時点から、アグリはべレグ課の所属冒険者だ。


 そのため、これ以前となる『先ほどの寄付』に関しては協会支部全体への物になるが、ここからの寄付はべレグ課の管理となる。


「……なあ」

「ん? どうしたの?」

「姉貴は、なんで表舞台に出てきたんだ?」

「それ、気になる?」

「ああ、気になる」


 頷くべレグに、アグリは少し考えて……。


「アティカスがアノニマスを解体するって言ったとき、年貢の納め時って思ったのさ」

「年貢の納め時?」


 べレグは首を傾げた。


「そう。俺はさ。もっと強くなりたい。今は、それ相応に意識して取り組まないとダンジョンの深いところで活動できないけど、気が付いたら深いところで戦えてるような、それくらいの強さになりたい」

「……」


 そもそも、高ランク……それこそ『天才』と称されるAランク冒険者であっても、深いところに行くならばそれ相応にコンディションを整えて、かなり集中するものだ。 


 そんな場所に、『慣れ』で潜れるような強さが欲しい。


 それは一体、どんな強さなのだろうか。

 べレグにはわからないが、追及しても応えてくれる様子はない。


「ただ、俺が冒険者になるって決めた時、『裏』にも『後ろ』にも何もなくて、実力はあったから、アノニマスがあるウロボロスに入ることにした」

「ウロボロスは『公認ギルド』だから、ライセンスを発行する魔道具が与えられてる。それを利用するためか」

「そう、ライセンスがあるかないかっていうのは、『転移街』を使う際に大きく違う。ダンジョンの底でも、地上でもやりたいことはあるから、ずっと潜るわけにもいかない」

「移動に時間をかけるわけにはいかないから、『転移街』のシステムを使うために、ライセンスを『匿名で発行できる』ウロボロスにもぐりこんだってわけか」

「そう、で、そのための部署であるアノニマスを解体するって言うからさ。まあ、年貢の納め時って思ったんだよ」


 要するに、合理的に考えて結果、『最適解』がアノニマスに入る事だった。


 しかし、今は解体されており、アノニマスでのライセンスは使えない。


「……この町には、まだ、そういう部署を抱えるギルドはあるはずだ。そっちに移籍するという手段を取らなかった理由は?」

「今はもう、裏でいろいろつながりがあるからさ……」


 アグリは、席から立って、べレグに背を向ける。


「『いつでも迷惑かけに来いよ』って、遠慮なく言える。それだけじゃないかな」


 微笑むアグリ。


 当然、とても美しい顔立ちの彼が微笑むだけで、周囲の空気を一変する。


 だが、ある程度耐性があるのか、べレグは呑まれることはない。


「じゃあ、また明日」

「ああ。また明日」


 アグリが酒場を出て行ったあと……。


「迷惑をかけに来い。か……本来なら、俺みたいなおっさんが言うべきなんだがなぁ」


 べレグはそんなことを言いながら、ため息をついた。

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