第31話 アンサンブル・ストリート

 王都は高い壁に囲まれている都市である。


 千年続く巨大な国のため、新しい壁を外側に作ったりと、のんびりと『拡張』は続けてきたが、その分もほぼ全てが埋まっている。


 しかし、限られた空間の中でも『差』は出来るもの。


 外からの出入り口が東西南北それぞれの『門』に限定されており、王城や『転移街』につながる道は整備されているが、それ以外は優先度が低い。


 交通に少しでも不便な場所。門から遠かったり、大金を生む転移街から遠くなればなるほど、価値は下がる。


 そうした。『区分け』された中でも『価値が低い領域』の一部。


 アグリはそこを購入した。


「個人主義強めの冒険者や職人、学者が集まるということもあって、賑わいはないね」

「みたいだな。ていうか、置いてかないでくれよあるじ」

「いやぁ……放置してもいいかなって」

「アレくらいいつものことだろ!」

「うるさいな」


 アンサンブル・ストリート。


 個人主義が強めの人間を一か所にまとめるために新しく作られた『冒険者コミュニティ』であり、その本拠地は、本当に『町』である。


 とにかく大金を積んで、使われていない区を丸ごと購入。


 それぞれのメンバーの引っ越し用の金も用意して、区を囲う壁も用意して『敷地』を作り出し、『アンスト区』として書類を提出。


 そうして出来上がった『コミュニティ専用の町』である。


 アンサンブル・ストリートのメンバーはもちろんのこと、フォックス・ホールディングスの傘下コミュニティメンバーならば、この区画にいつでも出入りが可能。


 職人に何かを依頼したり、何か情報を求めて学者に話しかけたり。


 基本的に個人主義だが、酒を飲むときはみんなで騒げる奴を誘ったり。


 一度、こういう『箱』というか『町』が出来上がったことで、かなりわかりやすくなった。


 ただ、活気はない。


 フォックス・ホールディングスから金が降りてくるので、職人も学者も自分の研究に没頭できるし、作った物を売り込もうという商魂もない。


 金を持ってきたとして、この町で使うとなると、酒の味にこだわりを持つマスターがいる酒場があることくらいか。


 ただ、そんなコミュニティのメンバーにも、共通点はある。


「姉貴が来たぞッ!」

「よっしゃあっ!」


 アグリが来ると喜ぶ。ということだ。


 ちなみに、こういう展開になると、大勢が集まって、町の中央の噴水広場で人が多くなる。


 組織の機能が非常に単純であり、規模も小さいため、自分たちでやらなければならない仕事や作業も少ない。


 個人主義であり、大きな組織の様な『時間を無駄にせず動け』という思想がない。


 結果的に、何をしていたとしても、その手を止めて、アグリに会いに来るのだ。


「結成してから一週間。みんな元気?」

「「「「イエス! マム!」」」」

「元気だな」

「元気そうだね」


 男なので当然、アグリに胸はない。

 肩幅も狭いし体つきも細い。本人が言うには155センチ43キロである。


 だが、白い長髪と白い肌と、何よりその美しいルックスは反則レベル。

 オマケに、アグリ自身がその『価値』を理解しており、キュウビが頑張ってその質を維持している。


 これで人気が出ないわけがない。


「最近、何かあった?」

「そうだなぁ……なんかあったっけ?」

「ああ、そうそう……『ロクセイ商会』だったっけ? なんかうさんくせぇところが交渉に来てたなぁ」

「ロクセイ商会?」

「ああ。商人っていうわりに、全員が隙が無い姿勢だったし……」

「ここに居る冒険者から見て『隙が無い』……しかも全員か。かなり怪しいぜ」

「ふーむ……」


 そもそも、商人と言うのは、他人が得られるはずの利益をどのようにして自分のものにするか。といつも考えるものだ。

 というか、それがあるべき姿だろう。


 当然、それらを隠しきるポーカーフェイスは必要になるが、時折、『隠しきれない場合』もある。


 その隠しきれていない部分が『うさんくさい』と感じた可能性はある。


 ……いずれにせよ、ここに居る面々は基本的に個人・少数主義であり、『外部の人間と何かの約束をして、それに沿った動きをする』ということにとても消極的だ。


「対応したの誰?」

「ユキメちゃんだったな」

「ああ。対応した後がちょっと不機嫌っぽかったけど」

「ユキメの表情が変わるほどか。今は何処に?」

「酒場でみたぞ」


 ということで、アグリは町の酒場に入っていった。


「うへへ~♪ 姉しゃま~、一緒にお風呂はいりましょうよ~」


 カウンターに伏してすんごい寝言を言っているが。アレはアレで良いのだろうか。

 ……まあいいか。美少女だし。


「おーい、ユキメー。起きてくれー」

「む~……」


 ユキメの隣に座って肩を揺するが、起きない。


「おーい」


 ユキメの耳の近くで声をかけるアグリ。


「にゅ~……うにゃあああっ!」


 急にユキメの体が起き上がって……アグリに抱き着いて、そのままキス!


「「「「「!?」」」」」


 その光景を見ていた面々はびっくり仰天!

 キュウビはカメラを構えてシャッターを切る!


「むうう……おねえさま~……」


 とても幸せそうな顔で、寝たままアグリの唇を奪う。


「……」


 アグリは特に抵抗しない。


「むふ~……んっ?」


 ユキメ、覚醒。

 そして、ユキメの視点だと、いきなり目の前に、アグリの顔が。


「んぎゃあああああああああああああああああっ!」

「目の前でうるせえわっ!」


 びっくり仰天したユキメが叫び声を出して、アグリは文句を言った。


「……あるじのセカンドキスはユキメちゃんか」


 キュウビがぽそっとつぶやいた。


 それを聞いた冒険者たちは『え、ファーストって誰?』と思ったが、怖くて聞けなかった。腰抜けである。


 ……で。


「し、失礼。取り乱しました」

「俺もいきなりキスされてびっくりしたわ」

「あ、あの、このことは内緒に……」

「キュウビが写真を撮ってたから、何故かどこかから流出すると思うよ」

「わかりました! キュウビさんを鍋にします!」

「なんでや!」


 落ち着いて早々、ユキメは絶好調である。

 驚いたのは事実だろうが、アグリにキスができたのは間違いないので。


「……それで、ロクセイ商会について聞いていいかな?」


 オレンジジュースを飲みながらアグリは聞いた。


 ちなみに、キュウビはマスターがスッと出した油揚げを見ると、『釣りは要らねえよ!』とばかりに銀貨を一枚渡して、喜んで食べている。


「五人組でやってきました。全員がしっかりしたスーツを着ていましたが、立ち姿に隙はありませんね。ただの商人というワケではないでしょう」

「ふむぅ……」

「彼らはケースを開いて、大量の金貨を見せてきました」

「金貨を?」

「ええ、ただ、木の板を金貨に見せる幻惑魔法がかけられていたことと、そもそも幻惑魔法の強さもあまりなく……」

「要するに、『普段からちゃんと警戒してるかどうか』を測ってるみたいってことだな? 少し注意すればバレる前提の幻惑なんて、それくらいしか使い道がないと思うぜ?」

「そう言う見方もあるか」


 今のところ、まだ、わからない。


「ただ、カードを渡してきて、『取引がしたい場合は店に来てください』といって帰りましたね」

「カード?」

「はい。こちらです」


 ポケットから一枚のカードを取り出して、カウンターに置く。


 アスタリスク。または六花と呼ばれる紋章が特徴的に描かれており、その下には、『BASE CARD』と書かれている。


「……キュウビ」

「ああ。ちょっと『視る』から待ってくれ」


 キュウビが油揚げを食べながら、カウンターに置かれたカードを確認。


「うーん」

「何かわかった?」

「端的に言えば、このカードに魔力を流し込めば、一定時間、Aランク冒険者並の『基礎戦闘力』になるって感じだな」

「なっ……」


 ユキメが驚愕している。


 Aランク冒険者は、その界隈の中でも『優秀』とされ、上の方になれば『天才』とも呼ばれる人材である。


 Sランクになれば『人外』と称されるので、魔力を使ってモンスターを倒す冒険者と言う職業において、『普通の人間として上位』とすら言えるだろう。


 そんな存在に、魔力を流しただけでなれる。


「その魔力の消費量は?」

「まあ少なくはねえけど、持続時間はかなり長めだな。体内の魔力量を増やすポーションをちょっと飲んで戦えば、Aランク冒険者として稼ぎは十分だろ」


 キュウビの分析と計算だと、そうなる。


「す、すげぇ!」

「そんなアイテムがあんのかよ!」

「あんな胡散臭い格好しててもったいねえなぁ。話しとけばよかったんじゃね?」


 周囲の冒険者たちも驚いている。


「『Aランク相当の基礎戦闘力になる』……か。じゃあ、『ベースカード』って書かれてるけど、この『ベース』っていうのは『基礎』って意味か。他の種類のカードもありそうだね」

「何か気になるところが?」

「そうだねぇ……キュウビ、魔力消費以外に、何がデメリットはあるんでしょ?」

「ああ。ある」


 キュウビが躊躇なく頷くと、周囲の冒険者は黙った。


「このカードを使っていると、『Aランク冒険者相当』という『固定値への変化』が行われる。言い換えれば、何かを引っこ抜かれたとしても、わからねえってことだ」


 例えばAランク冒険者という戦闘力が100だとしよう。

 このアイテムを使うと、その人物の戦闘力は、『常時プラス100』ではなく、『常時イコール100』ということだ。


 ただ、キュウビの判断では、何かを引っこ抜かれる。


 抜かれた結果10マイナスになろうと20マイナスになろうと、『常時イコール100』ならば、『引いた後で100になる』ため、わからない。


 もう少し具体的に言えば、Aランク冒険者相当の基礎戦闘力は『カードによる外付け』であり、『使用者の中身』を抜き取っている。


 表現としてはそうなるだろう。


「ひ、引っこ抜く?」

「ああ。俺様にもよく見えねぇ。こんな魔道具、マジで見たことねぇ。ただ、これだけは言える」


 キュウビは、普段のお気楽な表情を引き締めて、真剣な顔つきで冒険者たちに言った。


「引っこ抜かれた何かが、二度と元に戻ることはねえ。これは絶対だ」


 この日、間違いなく。


 思想においても市場においても、争いの種になりそうなカードが、姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る