第32話 幹部会議『ロクセイ商会のカードに手を出すな』

 フォックス・ホールディングス本社。


 その中の会議室で、フォックス・ホールディングスとその傘下の幹部が集まっていた。


「ロクセイ商会。この商会が、あちこちの組織に営業をかけて、『カード』を配ってるみたいだ」


 アグリが、集まった面々を見ながら言う。


 会議室にいるのは、アグリ、キュウビ、サイラス、セラフィナ、マサミツの、四人と一匹。


 支援部や監査班、それぞれのサブリーダーは呼ばず、緊急で会議を開いている。


「アンサンブル・ストリートに来たのはユキメちゃんから聞いたぜ。ブルマスとムーンライトⅨはどうだ?」


 キュウビからの問い。


「ブルマスにも来ました。あんな弱い幻惑魔法を見たのは初めてです。指摘したら、『試しただけ』と言われて、詫び代わりにカードを貰いましたが……」

「僕等のところにも来た。まあ同意見だね。カードは専用の部屋で今も解析中だ」


 ブルマスはそもそも悪意が寄ってきやすいので、渡された者が魔道具の場合、出入り口から近い場所にある解析室を使う。


 盗聴や何かの仕込みなど、様々な可能性が考えられるため、拠点の中には入れず、その外に用意した解析用の部屋で専用チームが取り掛かっている。


 ムーンライトⅨは大手コミュニティであり、手に入れたアイテムを更なる発展につなげるための『解析室』がある。


 カードは使わず、とりあえず解析班に預けて反応を待つ。


 ブルマスとムーンライトⅨは、即座にその対応を取ったという事だ。


「……てことは、見抜けずに、話しとけばよかったんじゃって騒いでたのはウチだけかよ」

「そのあたりのガイドラインの話は、ブルマスやムーンライトⅨの『対策部』と話して、どこかでまとめておく必要があるね」

「人は用意しよう」

「うん……まあ、それはそれとしてだ。今はこのカードの話を進めよう」


 アグリは、テーブルに置かれた、アンストに渡されたカードを指さす。


「キュウビの解析結果だけど、『このカードに魔力を流して使っていると、Aランク冒険者相当の力になる反面、何かを引っこ抜かれ、抜かれたものは二度と戻らない』というものだよ」

「使っているだけでAランク相当……冒険者の勢力図が変わるな」


 サイラスがつぶやく。


 Aランクは何度も言うが、優秀、天才とされる。

 Bランクが『上級』で、Sランクが『人外』であり、その間。


 冒険者の戦闘を研究する者たちから見て、『人間が努力で到達できる最高点』がAランクなのだ。


 そこに、魔力を流し込むだけで『なる』というのは、あまりにも破格。


「……しかし、何かを引っこ抜かれる。それがわかりませんね」

「俺様もわからねえ」

「ふむ、キュウビさんがわからないとなると、かなり隠されているみたいだ」


 マサミツもキュウビの様子を見て、『何を抜かれるのかはわからない』と言った様子。


 単純な物理戦闘ならアグリが話せばいいが、特殊な話になると、キュウビの領分だ。


 アグリの体の中にキュウビが入ることで、その力を開放できる。


 キュウビがコピーしている九つのスキルの中に、『分析』を可能とするスキルが含まれている可能性は非常に高い。


 それを十分に発揮する場合はアグリの中に入ったほうがいいだろう。


 ただ、それは戦闘面の話であり、単に『視る』というだけならば、キュウビだけでもかなりの精度で行える。


 ということを、サイラス、セラフィナ、マサミツは理解しているので、『キュウビによる解析』にたいしてアレコレ言うつもりはない。


「とはいえ、これを使うことは禁止するべきだ」

「俺も思う。ただ……他の連中が使い始める可能性はあるけどな」

「どんなデメリットがあるのかわからない物に手を出すのは危険です。冒険者は体が資本。こんなものを提供する以上、裏はあるでしょう」

「……急速に、何かの計画を進めてる可能性がある。そう考えた方が良いか?」

「可能性は高いぜ! ただ、本当に何を企んでるのかは、情報が少なすぎてわからねえ」

「今は、このカードを使わないと徹底させること。これに尽きる」


 そう、カードによって何を抜かれるのか。それはともかくとして、初手が胡散臭い。


「しっかし、金貨の偽造なんて、よくやるよなぁ」

「アイテムボックスの中に隠せば、普通の方法では見つけられない。それを考慮しても、あまりにも強気だ。なりふり構ってない」

「ただ、対応した人間がトップで、本来このカードを必要としない場合でも、その下の人間は違います」

「ロクセイ商会を胡散臭いと思っても、カードのデメリット部分はほぼ隠されてて見えねえからな! 『清濁併せ吞む』組織が使う可能性は十分あるぜ」


 議論は進んでいるようで止まっている。


 なんせ、『何かを企んでいる』という事が分かっただけなのだ。


 ただ、『何かを集めている』ということは分かりきっている。


 しかし……何かの作戦を行うとなれば、そのためのリソースの確保は十分あり得ること。


 まだ、わかったと言い切れる段階ではない。


「いや、そこまでじゃないね」

「え?」


 アグリの呟きに、全員が反応。


「俺達は、キュウビの解析によって、カードのデメリットがうっすら見えている。だけど、普通ならそこまでは見えていない。魔力を流し込めば自分を強化できるカードだと思うはず」


 キュウビによって『固定値への変化』と言う点まで見抜いているが、普通に使っていれば『強化』であり、『プラス』の認識のはずである。


「……てことは、金貨の偽装に気が付かない場合、大金とカードを同時に貰えてうれしい。いや、後々、金貨は偽物だとカミングアウトして、詫びとしてカードを渡すことも考えられるか」


 アンスト、ブルマス、ムーンライトⅨ。

 とりあえず自分たちの対応では、初手で幻惑魔法を見抜いたので、『見抜けなかった場合のパターン』がわからない。


 ただ、ロクセイ商会としても、金貨の偽装は『本題』からかなりズレるはずで、その部分はさっさと解消するだろう。


 相手に自分たちを警戒する意思があるかどうか。それと金貨で試しただけなのだから。


「金貨の偽装に気が付いた場合、『試しただけ』と言いながら、詫びとしてカードを渡すだろうね」

「ただ、それで胡散臭さを感じてカードを調べても、何もデメリットが出てきませんね」


 冒険者側の反応によっていろいろパターンはある。


 金貨の偽装に気が付かないなら、後でカミングアウトして、詫びとしてカードを渡す。

 金貨の偽装に気が付いたら、『試しただけ』と言って、カードを詫びとして渡す。


 金貨の偽装ということで胡散臭く見えてカードを調べても、何もデメリットは出てこないので、普通に使う。


 結論。


「なんか……意外と考えられてるのか?」

「いや、俺達の技術が高くて、『裏』に視線が向くから、『普通の認識』ができてないだけ」

「なんか心にグサッと来たぜ……」


 持っている技術に対して認識が追い付いていない。


 その『齟齬』があるからこそ、議論が回り道している。


 アグリとキュウビがいるせいで相手が隠していることに気が付いてしまうため、大きな組織を率いているセラフィナやマサミツであっても、話のテンポについていけてない。


 それだけのことだ。


「まあ、使わないという結果は変わらないし、ブルマスは問題ないだろう、何かを抜かれる。という情報を提示すれば、『何を企んでいるのかわからない組織』という認識になる」

「柴欠病の完治から一週間と少しですから、そう言った物には手を出さないでしょうね」

「ムーンライトⅨでも徹底させるか。とはいえ、『わかっていない物』を『組織的な作戦』には組み込めないから、企画部が首を縦に振らないだろうけど」

「アンストはどうすっかなぁ……いや、姉貴が辞めとけって言ってることに手を出すほど馬鹿じゃねえか」


 何を抜かれるかわからない。


 言い換えれば、『大したものを抜かれない』という安直な結論に行き着く場合もある。


 その意識を徹底するのは難しい。


「俺様に良い考えがある!」

「良い考え?」

「そうだ!」


 キュウビは宣言する。


「カードを貰ったら、解析するためにこのギルドが回収する」

「隠し持ってたらどうするんだい?」

「コミュニティごとに回収したカードが一定枚数を越えたら、あるじが、そのコミュニティに『ミニスカワンピース』で遊びに行くんだ!」

「「「なるほどっ!!」」」

「蹴り入れるぞテメェら……」


 効果が抜群なのは間違いない。


 というか、各々が、ロクセイ商会に行ってカードを貰いに行く展開も考えられる。


「まあ効果は抜群だろうな。姉貴のミニスカワンピなんて、Aランク冒険者の稼ぎでみられるもんじゃねえし」

「カードの製造工場は何処だろうか」

「拠点を制圧する気満々ですね……」


 眼が血走り始めたマサミツの反応にドン引きなセラフィナ。


 お前は爽やか系じゃなかったのか? という思いはあるが、今さらである。


「はぁ……ん? どうしたミミちゃん」


 一階の『深層博物館』の警備をしているはずのミミちゃんが来た。


「ロクセイ商会を名乗る方がいらっしゃいました」

「え、ミミちゃんって喋れるっけ?」

「ドラゴンの時は話せませんが、この鎧に入っているときは話せます」

「そんな機能があったのか……」

「で、ロクセイ商会ねぇ……」


 アグリは溜息をつくと、立ち上がった。


「……ま、会ってみますか」


 そういって、アグリは会議室を出ていった。

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