第30話【ウロボロスSIDE】 十日で新聞と雑誌から消えてしまった

 公認ギルド・ウロボロス。


 かつては匿名部署である『アノニマス』を抱え、ギルドの面々は知らないがアグリを抱えており、その集中力強化が行使されていた。


 会長、ガイモンの息子であるアティカスがアノニマスを解体したことで、発揮できる集中力が普通の人間レベルまで落ちた。


 その結果、タスクをこなせず多額の違約金や賠償金に悩まされたが、ガイア商会から大金が入ってきたことによって解決。


 そこからもいろいろな政治ゲームが入り混じり、返済不要となったため、もう金の問題はない。


 アグリやビエスタといった、超常的な存在に揉まれ、巻き込まれ続けたギルド。


 それがウロボロスの実態と言える。


「ない、ない! どこにもない!」


 会長の執務室。


 そこで、会長のガイモンは、多くの新聞や雑誌を並べていた。


「ウロボロスの記事がない!」


 アノニマスの解体からアティカスが追放されるまで、三日から四日。

 そしてそこから、およそ一週間が経過した。


 あの日から、十日。


 たったの十日で、王都で最大で最高のギルドであったウロボロスは、新聞から消えた。


「こ、この若造共が、新聞の第一面は、ウロボロスが載るべきだ!」


 現在、新聞や冒険者雑誌に載っている『組織名』は、主に四つ。


『フォックス・ホールディングス』

『アンサンブル・ストリート』

『ブルー・マスターズ』

『ムーンライトⅨ』


 実質的に、フォックス・ホールディングスとその傘下と言って良い。


 特に、載っているのはアグリだ。


 冒険者と言うのは、どれほどの金貨を稼いで、アイテムを持ち帰ってきたのかと言う『成果』で判断されるべきだが、マスメディアと言うのは結局、『外見至上主義ルッキズム』である。


『フォックス・ホールディングス』の会長はアグリ。外見反則。

『アンサンブル・ストリート』の代表者はサイラス。不良系イケメン。

『ブルー・マスターズ』のリーダーはセラフィナ。御令嬢で金髪美少女。

『ムーンライトⅨ』の序列一位はマサミツ。高身長の爽やか系イケメン。


 いやぁ。もうね。困らない。


 ここまで記者がシャッターチャンスに困らないグループはないと言って過言ではない。


 この四人の中で言えば、メディアに顔を出していたのはマサミツだけだった。


 アグリは裏に隠れていて、サイラスはそういう精神状態ではなく、セラフィナはブルマスの方針で取材を断っていたからである。


 しかし、キュウビが『つべこべ言わずにカメラの前に立ってこいや!』と主張して、何故か通ったので、こうして記事になるわけだ。


 ついでに、キュウビはアグリの写真をたくさん持っているので、『あ、これオフショットな。これからもあるじをよろしくだぜ!』とあちこちの記者に営業をかけまくった。


 その結果、新聞や雑誌にアグリの写真が載りまくったのである。


 載りまくった結果……ウロボロスは、新聞から消えた。


「ぐっ、くそぉ。何故だ! どうしてこんな若造共が、これほどの成果を出せるんだ!」


 ただ、顔が良くても新聞には載れるが、書けることがあったほうがいいのは事実。


 その点においても、幹部クラスの四人は強い。


 最近だと、マサミツ率いる部署が、転移街の深い階層で、『過去最大金額』の荒稼ぎを一日で達成し、その金額がウロボロスの一か月の収益を上回っている。


 もちろん、何日も何日も継続できるようなものではないが、それでも、たった一つの部署で成し遂げる数字としてはあまりにも大きい。


 サイラスやセラフィナに関しても、最近はSランク冒険者への昇格の噂もある。


「これほど優秀な人材がいるとは、ずるい。ずるいぞ!」


 アグリの集中力強化が終わったことで、ウロボロスの冒険者たちは、その実力を落としている。


 もちろん、『集中して取り組んでいた』という事実は変わらないため、しっかり体は動きを覚えている。


 だが、全盛期には及ばない。


 冒険者たちの『現ランクからの降格』が多数発生しており……現在は、最高がBランクとなっている。


「しかも、優秀な連中は出ていきおって……ここに居させてやった恩を忘れるとは、言語道断!」


 最高がBであると同時に、ウロボロスに長年いた冒険者の殆どはBランクだ。

 ただ、Bランクは別の言い方をすると『上級』とも言える。


 Bランク冒険者を多数抱えているチームの安定感は間違いなく高い。


 だが、AランクやSランクになれそうな人材は、皆、退職金を手に辞めてしまった。


 理由としては、Sランクになれそうな冒険者たちは、アグリの集中力が切れたことで、自身の最高を出せなくなった。

 その状態で役員たちから『とにかく深い階層でモンスターを倒してアイテムを持ってこい』と要求された結果、怪我をする者が多くなった。


 傷を回復するための薬は冒険者界隈でいくらでも開発されているし、怪我と無縁ではいられないのがこの界隈であるため、これまではそれで問題がなかった。


 だが、最近のウロボロスメンバーは、あるものを身に付けていない。


 それは『恐怖への耐性』……いや、『恐怖を乗り切る経験』だ。


 ダンジョンのモンスターは、明確な殺意を持って冒険者を襲う。


 冒険者たちは、それに自身の実力をぶつけて倒すわけで、当然、倒した時に圧倒的な自己肯定感を得られる。


 これまではそこに、アグリの『集中力強化』によって、雑念がなかった。


 恐怖は人の足を止める。『倒せる』という確信は、冒険者にとって何よりも大きい。


 だが、彼らのいい意味で、『視野狭窄』だった。


 冒険者ならば誰もが直面する恐怖に一切目を向けず、『モンスターを倒して得られる栄光』にだけ目を向けていた。目を向けさせられていた。


 だが、その『物の見方』は、アグリによってもたらされたもので、自身で獲得したものではない。


 ある程度までなら戦える自信はある。

 だが、それよりも上に立ち向かう勇気はない。


 そう言った冒険者たちが、上からの圧力に耐えきれず辞めていった。

 一人が辞めれば後は速いもので、上位層が辞めていった。


「ぐっ、ぬぅ……冒険者の価値が低くなれば、アイツらを利用した物販が上手くいかなくなる可能性があるか。クソっ! なぜこうもうまくいかん!」


 現在のウロボロスの運営だが、プロスポーツで例えるならば、『トレーニングマシンや道具を買わずに物販や広告にかまけている状態』である。


 新しい武器や防具、道具などを買わず、作り出すための投資をせず、短期的に手に入る金に目を向ける。


 そもそも、この手の組織が物販や広告で金を集めるのは、武器や防具を買うためだ。


「チッ、このままだと私への報酬にも響く……いや、私はこのギルドの会長だ。私が居なければならない。私が優遇されるのは当然……いや、絶対なのだ。むしろ、このタイミングで増やすべき!」


 では、その物販などで儲けた金がどこに行くのかと言うと、会長であるガイモンや、役員への報酬だ。


 ちなみに、『このタイミングで増やすべき』と言っているが、別に大したことは考えていない。


 報酬について考える必要が出てきたときの、『彼の口癖』とすら言える。


「会長」

「どうした?」

「会長にお話ししたいというものが。良い儲け話があるとのことですが……」

「一体どこだ?」

「『ロクセイ商会』と名乗っています。まず、これを確認してほしいと」


 部下が一つのケースを持っている。

 それをガイモンのデスクに置いた。


「一体何だというのだ……」


 ガイモンがケースを開く。


 そこには……ぎっちりと、『金貨』が詰まっている。


 ガイモンは少し驚いたが、すぐにニヤッと笑った。


「……ふむ、なるほど、大人の、商人の付き合い方がわかっているではないか。そいつらを通せ」

「い、いいのですか?」

「良いから通せ」

「はっ!」


 部下が走っていく。


 ガイモンはケースを閉じると、近くにおいて、歪んだ笑みを浮かべた。


 ★


「……通してくれましたね。会長」

「ああ、幻惑魔法を少しかけただけの『木の板』なのに……しかも、触ったり匂ったりすれば一発でわかるんだろ?」

「ええ」

「てことは、ケースを開けただけで通せって言ったのか……」

「まあまあ、いいじゃないですか」

「……そうだな」


 会長。と呼ばれた男は、ニヤッと笑う。


「弟……ビエスタが言っていた通りだ。ここまでうまくいきすぎた結果、騙されて大損した経験がなく、無防備……フフッ、骨までしゃぶらせてもらおうじゃないか」

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