第18話 赤い刃の逆鱗

 研究者の男が口にした、『擬態モンスターを提供した』というセリフ。


 サイラスはこれを聞いて……。


「お前たちが……お前たちの仕業か!」

「そうですよ。まあ、我々は作戦に必要と言われて、スライムに高度な、擬態魔道具を与えました。ガイア商会広報部の誘いを断るとは、馬鹿なものです」

「広報部の誘いに断るだと?」

「四か月前、最新式のナイフを作ったのですよ。当時活躍している冒険者の中で、ナイフをメインにしているのはレッドナイフとユキメさんでしたからね。まあ、どちらも断られて、泥を塗られたから報復した。と聞いていますよ」

「ふざけんな! そんな、そんな理由で、俺の仲間とカイナの命を奪ったのか!」

「そんな理由? ええ、そんな理由ですよ」

「くそがああああああああああああああああっ!」


 サイラスがナイフを二本構えて、研究者の男に向かって飛び出す。


 だが、フードを被っていたリーダーの男……が変化した赤鬼は、サーベルを振り下ろしてサイラスの首を狙う。


 サイラスはナイフを交差させて受け止めた。


「デカブツが、そこを退け!」

「こいつを殺されると困るんだよ」

「そうよ。そいつには聞き出したいことがたくさんあるんだから、ここで殺すのはダメ」

「ぐっ……」


 アーティアから言われてサイラスは苦い声を漏らす。


 研究者の男が持っている情報の価値は、アグリから知らされている。


 だが、彼の中で、その程度で我慢できるはずもない。


「まったく、コレだから古臭いものを使う冒険者は短期で浅慮ですねぇ」

「黙れ!」


 殺意を最大まで解放してナイフとサーベルがせめぎ合う。


 自身よりも身長が高い筋骨隆々な鬼とナイフで鍔迫り合いをするサイラスの戦闘技術は、紛れもなく高いもの。


 だが、決定打とは言えない。


「お前たちがなければ、仲間も、カイナも生きてたんだ。お前たちがいなければ!」

「古臭い身体強化に頼る時代遅れがよくもまぁ……いずれダンジョンで死ぬでしょ」

「馬鹿にするな!」

「高い戦闘技術と恵まれた体格を持つ赤鬼に、知性と擬態スキルを与えた。それだけで、あなたは攻めきれない。時代はモンスター研究なのですよ」

「ぶっ殺してやる!」

「やれるものならやって見なさい。井の中の蛙大海を知らず。発見されたからには、全員殺すしかありませんし、どうせ逃がしませんよ」

「逃がさないのは俺だ!」

「やれやれ……」


 研究者の男は、首を振ってあきれ果てている。


 そんな中、静かに……。


「古臭い技術を使う井の中の蛙か……」


 アグリは、サイラスとリーダー赤鬼に歩いて近づく。


「確かに大海は知らないかもしれないけど……その蛙に喧嘩を売ってることに変わりはない」


 一閃。


「その蛙、深淵に至っていないといいね」


 それだけで、リーダー赤鬼は、左胸から右腰にかけて袈裟斬りにされて、絶命。


 そのまま、金貨を残して、塵となった。


「……はっ?」

「残念。君がいる場所は広いかもしれないけど、かなり浅かったようだ」

「あははははっ! あははははっ!」


 一撃でリーダーの赤鬼を倒したアグリ。


 そんなアグリの煽りを聞いて、キュウビは楽しそうに爆笑した。


「ば、馬鹿な……あの個体は、厳選に厳選を重ねて……」

「だからさ……」


 アグリは、刀の切っ先を、研究者の男に向ける。


「ダンジョンの、どうでもいい階層でアレコレ小細工する君たちより、深い階層で暴れまわる俺の方が強い。それだけのことだよ」


 研究も。

 研鑽も。

 復讐も。

 憤怒も。


 関係ない。

 全て、刀を振れば終わる話。


 アグリにとって、この場における『理不尽の化身』にとって、小細工は全て不細工だ。


「どうする? まだ何か、小細工があるなら付き合ってあげるよ? その全てが不細工な結果になることは覚悟してもらうけどね」


 絵画から飛び出してきたような美しい顔で、蔑むような視線で、研究者の男を見下ろすアグリ。


 その顔があまりにも美しいゆえに、虫を見るような目が、余計に恐怖感を増幅させる。


「……ぐっ、くそっ……」

「君はここで捕縛する。尋問して、情報を全部出してもらうよ」

「は、はは……拷問でもする気か?」

「そんな非効率なことはしないさ。ダンジョンの奥底の素材を使った、強力な『自白剤』で、君の研究成果を洗いざらい吐いてもらおう」

「う、ぐっ、う、うそだろ……」


 顔面蒼白になる研究者の男。


 拷問などと言うのは、そこに愉悦を見出す精神を持つ権力者が、その方が全て聞き出せると勝手に主張しているだけ。


 単に情報が欲しいなら自白剤で十分。


 そして……アグリが用意できる自白剤は、その性能も凄まじい。


「は、はははっ、ハハハハハッ! 確かにあなたは強い。これほどの強さを持つ女性がこの世界にいるとは思っていなかった。だが、世の中には、さらに恐ろしい存在がゴロゴロいる。私を捕縛すれば、その逆鱗に触れることになる! 最後の最後は、あなたの負けだ!」

「……」

「どれほどの醜い欲をその身に受けることになるのか。地獄で楽しみに待っていますよ!」


 研究者の男は、白衣から注射器を取り出すと、自分の首筋に突き刺……そうとして。


「……えっ?」


 注射器の針の先端が、刀の切っ先に遮られて、止められている。


「……あ、ありえない。どういう、精密さなんです?」

「時間ならたっぷりあるから、考えてみて」

「そういうこったな!」

「あっ……」


 キュウビが手錠を手に、研究者の背後に忍び寄っており、両腕を拘束した。


「……さてと」


 アグリは、第二王子、ジュガルを見た。


「お、俺は、何も知らない! 何も知らんぞ!」

「そうよね。兄上が何かを知ってるはずがないわ。いつ、情報が洩れるかわからないから」

「なんだと!?」

「まっ、どのみち、ここで捕えて、『王族牢屋』に放り込むしかないわね。グレイスハーブは、『王立最高裁判所』によって、その取引を行うと決めた時点で有罪と定まってる」

「えっ?」

「現物があるテーブルに着いたのなら、最低でも継承権なんて吹き飛ぶわよ」

「ふ、ふざけるな! 俺は次期国王だぞ!」

「まだ、第二王子よ」

「というわけでお前も年貢の納め時だぜ!」

「ぐはっ!」


 キュウビがジュガルの腰に電撃尻尾をぶつけて黙らせた。


 そのまま気絶して、地面に倒れた。


「このバカ兄上はあとで牢屋に放り込むとして……あなたたち、これまでも任務で、いろんな無実の人を殺してるわよね」


 アーティアはレイピアを構えなおして、周囲の赤鬼たちを見る。


「ぐっ、ど、どうせ殺されるなら――」


 赤鬼の一人がサーベルを構えた時……既に、アグリは全員を斬り終わっていた。


 そのまま、全ての赤鬼が金貨を残し、塵となって消滅する。


「……私が話し始める。その意味が理解できるとは思えないけど、まあ、こうなるわよね」

「まあ、そうだね」


 何かに集中した瞬間、そこから視線を逸らすことはできなくなる。


 加えて、アグリもアーティアも、外見のレベルは相当なものだ。


 そもそも、この二人に対しては、視線を逸らすことが難しい。


 そこに、付与魔法で集中力を強化されたら、視線は動かなくなる。


 だが、戦いの場において視野狭窄が命取りなのは明白だ。


 アーティアが話を始めたら、そのアーティアを集中力強化の対象にして、その裏でアグリが動く。


「……あ、鮮やかすぎる。一体、どういうレベルの……ははっ、あははは……」


 研究者の男は、壊れたような笑い声を漏らした。


 ★


 赤鬼は殲滅したので、残っているのは、研究者の男と、第二王子ジュガルだ。


 研究者の男は尋問室に運ばれ、ジュガルはしかるべき手続きを取った後、王族を放り込んでおく牢屋に入れられる。


 それは決定事項だ。


 兵士たちはほとんど集まっただけで、アグリがぶち破った壁の修復と、二階で騒ぎだして店から逃げ出した客を取り押さえることにとどまった。


 ……ちなみに、この時点で店にいた客の支払いに関しては、後で店長がアグリが請求することになる。この店主は何も知らないし、迷惑をかけたことに変わりはないので。


 まあ、兵士たちにとっては、プラスかマイナスかと言われれば、プラスだ。

 アグリの姿を見れたので。


 ……ということをアーティアに言うと拳が飛んでくるだろうが、アーティアもそれを推測した上で、『大した用事がないかもしれないが、兵士を大量に連れてくる』と言う作戦を立てたのだ。


「……」


 サイラスは、連行されていく研究者の男を、背中が見えなくなるまで睨みつけていた。


「分かっていると思うけど、尋問室に忍び込んで暗殺するのはダメよ」

「……わかってる。それにアイツを殺したとしても、何も終わんねえ」


 仲間と妻の命を奪った擬態モンスターを倒しても、何も終わっていない。

 仇が、まだのうのうと生きている。


「……なあ、姉貴」

「ん?」

「姉貴は、わかってたのか?」

「……擬態モンスターの裏に、誰かいるだろうってことは」

「そうか……」


 サイラスの体が、震えて……


「――ぶっ!」


 彼が振るった拳が、アグリの頬にめり込んだ。


「なっ……」

「……」


 アグリの体が酒場の壁まで飛ぶ。

 そのまま、サイラスはアグリの胸ぐらをつかんで……。


「なんで……なんで教えてくれなかったんだよ!」

「言わないと分からない?」

「分かってるに決まってるだろ! それでもだ!」

「……確証はなかった」

「でも予想してただろ! 実際当たってたじゃねえか! 俺は、俺は今までユキメに……それさえ知ってたら、俺はあいつに……」


 胸ぐらをつかむ力が強くなる。

 当然、アグリも苦しくなってくるが、表情は変えない。


「どうして……俺が、そんなに弱い奴に見えたのか!」

「そうだよ」

「ぐっ、ふざけんな!」


 力がさらに強くなる。


「姉貴に、俺の復讐の邪魔をする権利はねえぞ!」

「教えないと気が付かない復讐を吹き込む義務もない」

「馬鹿にすんじゃねえ! 俺は……」


 さらに強くなり……次第に、弱くなっていく。


「俺は……くそっ、くそっ! ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 天を仰いで叫ぶサイラス。


「ふざけんな! 馬鹿にすんな! 姉貴は何がしたいんだよ! 俺は、こんな情けない思いをするために、ナイフを研いできたわけじゃねえ!」

「……」

「答えろよ!」

「……サイラスは、根が優しすぎる。そんな刃みたいな精神でありながら、傷つけることに情けなさを感じられる人間で……弱い」

「ぐっ……!」

「そのままだと、前に進めない。ただ、修羅になって欲しいわけじゃない。『そのままで前に進んでほしい』んだ。俺は」

「……」

「もっと楽な方法はある。一切合切、俺がやれば速いさ。事後報告で仇を取ったという方法もある」


 アグリの実力を考えれば、それが解決において確実であり最速だ。


「でも、俺の中ではそっちの方が惨めだ。だからこその今の手順。その過程で、俺をぶん殴ろうが、胸ぐらをつかもうが、それは気にしない。サイラスの、当然の権利だ」

「……う、ああ……」


 サイラスは、アグリを放した。


「な、なんで……」

「?」

「なんで、そんなに……おかしいだろうが。姉貴だって、幼いころに両親が殺されたって聞いたぞ。おかしい。なんで……」

「……貰うべきものはきっちりもらった。それだけだよ」


 アグリはそう言って、サイラスから視線を外す。


「……明日にでも、敵の本拠地が分かる。どんな思いでナイフを振るのか。考えておいて」


 アグリはそう言うと、背中を向けて去っていった。

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