第19話 赤刃と雪眼
ダンジョンに潜って戻ってきた冒険者は、要らない物を換金するため、冒険者支部やそれぞれの拠点に向かう。
冒険者が支部に金を払うのは、基本的に月に一度のライセンスの更新料である。
それゆえに、冒険者支部には大量の素材が持ち込まれる。
どこかのチームに所属し、拠点を持っている場合は、手に入れた硬貨や素材を出して、チームの中で運用する。
持っていても使わない物であっても、誰かが使い方を知っているし、求めている。表にきちんとまとめることができれば、商人も呼びやすく、物と金は流れていく。
しかし、中には、そういった『市場』から離れている冒険者も少なくない。
「おい、アイツって……」
「確かユキメって奴だ。ブルマスからウロボロスに移籍して、今は抜けてフリーらしい」
「ユキメって……ああ、あの擬態モンスター事件の」
「ああ」
ユキメ。
外見としては、茶髪をボブカットにしたクール系の美少女だ。
ミニスカスーツを身に纏い、ナイフを手にすればその辺のモンスター相手に無双するBランク……『中級上位』の冒険者である。
ダンジョンの傍で出入りの記録を付けている姿だけでも、視線を集めるほどのルックスとスタイルの持ち主だ。
しかし、彼女を知るものにとっては、その外見や強さ以上に、『事件』が頭をよぎる。
三か月前の擬態モンスター事件。
ユキメに攻撃を当てて、彼女の姿をコピーした擬態モンスターが、レッドナイフを壊滅させた。
転移街という画期的なシステムを保有するダンジョンを保有する王都は、冒険者の数もそれ相応に多い。
そんな中でも、冒険者チームとして名の通った『レッドナイフ』の壊滅は、当時、大きく紙面に乗った。
……いや、言い換えよう。
ガイア商会広報部が、新商品の広告になってくれなかったレッドナイフとユキメへの『報復』として、この事件を記事にして大々的に広めたのだ。
そう、それこそ、『冒険者絡みの事件に興味がない』と言い切る人にも知れ渡るほど、王都で大々的に広まった。
ユキメのルックスを考えれば後で『利用』することも考えられたため、あえてユキメの身を自由にさせて、ガイア商会による『社会的な制裁』が行われた。
それゆえに、彼女のことをよく知る者はいるが、仲間に誘うこともない。
「ウロボロスで交渉人をやってるって聞いてたけど」
「ああ。いろんな組織の応接室で見かけたって話だな。冒険者を辞めたと思ってたけど、まだやってたのか」
「しっかし、まだ王都にいるなんて、何を考えてんだろうな」
「ああ。あんな事件があったのに、まだこの町にいるなんて信じられねえよ」
冒険者だろうと、人と人の付き合いだ。
そしてそこには感情が介在し、『大きな失態』を犯したユキメは、組んでくれと言っても誰も組んでくれない。
また大きなミスをするかもしれない。
そうなった時、自分たちの命が犠牲になる可能性もある。
そんな感情だ。
「……」
ユキメも、そう思われていることは自覚している。
攻撃を受けて、それによって、一つのチームと、リーダーの妻が亡くなった。
これで何も思わないというのは十代後半の少女には不可能であり、一生をかけて償うものだと考えている。
「……姉様」
ポツリとつぶやく。
だが、直ぐに首を振って、歩き出した。
彼女も実力のある冒険者であり、アイテムボックスの魔道具を持っている。
その中に手に入れたものがたくさん入っており、荷物がなさそうに見えても、色々持っている。
そのまま、彼女は歩く。
大通りから外れた、寂れた場所に。
冒険者はダンジョンでは視野を広くするが、緊張が抜ける地上ではそれも狭い。
ダンジョンから出てすぐの場所にある店は利用されるが、少し遠くなれば、見えにくくなれば、途端に見向きもされない物だ。
物好きな冒険者がたまに大通りから外れて流れてくることもあるが、それだけで発展はしない。
……しかし、やりくりできるだけの収益はあるのか、潰れているわけでもない。
そんな、『寂れた』という表現が丁度いい場所だ。
「……あれ?」
いつもの裏路地。
表から見えなくなった当たりで、いつもなら止めに来る。
だが、今日はそれがない。
「どうして……」
不審に思ったが、止められないなら止まる必要はない。
そのまま、裏に向かって歩く。
「……失礼します。っ!」
裏に入ったユキメ。
目に映った光景を見て、驚いた。
「あ、ユキメちゃん。いらっしゃい」
「じ、ジャスパーさん。あの、サイラスさんが……」
「ああ。俺、サイラスの兄貴が酒を飲んでんの、久しぶりに見たよ」
ソファに寝転がっているサイラス。
その傍には、空になった酒瓶が何本もおかれている。
「……あの事件以来、飲んでいないと聞いてますが」
「俺もだ。まあ、酒に痺れ薬が入ってて、そのせいでメンバーがあの場で全力を出せなかったって言うんだから、そりゃ飲みたくないよなって……ただ、今日はここにきて、浴びるように飲み始めたよ」
「どうして……」
「……昨日の夜が、何の日か知ってるよな」
「ええ、ガイア商会の密会の日で……そこで、何かが?」
「だろうな。俺も詳しいことは聞いてねえけどよ」
ジャスパーは溜息をつきながら、ナイフを研いでいる。
「……んぐっ、ああ……」
サイラスが起きた。
「……お、兄貴。おはよう」
「……今、何時だ?」
「昼の十一時半だな。三十分くらい寝てたぜ」
「……そうか」
サイラスはソファから体を起こして……たまり場に来ていたユキメを見る。
「ユキメ。来てたのか」
「はい。
「……贖罪か」
「はい。三か月前の私の罪は大きいものですから」
「要らねぇ」
「し、しかし……」
「あー。そうだな……まず、俺の話を聞いてくれ」
「……わかりました」
サイラスはソファに座りなおす。
「昨日の夜、アグリの姉貴と、第二王女と一緒に、密会に突入してな。『グレイスハーブ』の実物があったよ」
「なっ……」
「マジかよ。純度は?」
「キュウビさんがいうには、高い物らしい」
「確か、取引の段取りを組むだけで有罪になるやつだろ? それを……」
「フードを被った暗躍部隊の連中と、研究者の男。あと、第二王子のジュガルが来てた」
「だ、第二王子って……」
「……」
「オマケに……」
サイラスは言葉を続けようとして、一瞬、途切れた。
「フードを被ったやつは多かったんだが、全員が、赤鬼が人間に擬態してた」
「えっ、擬態?」
「その研究員の基地は俺もまだ聞かされてねえけど、そっちで研究されて、赤鬼に擬態スキルが与えられたんだろうって」
ジャスパーとユキメの中でも、『答え』が組みあがっていく。
「じゃあ、三か月前のアレは……し、しかし、何故、私とレッドナイフを……」
「あー、四か月前に、アイツらが最新式のナイフを作ったみたいでな。その広告になってくれなかった報復だとさ」
「……四か月前、え、アレですか? 製法だけが新しくて、何も洗練されていない、入門編みたいなナイフでしたが」
「俺も当時そう思った。俺の場合は質が高かったとしても使わなかったが、それはいいか」
サイラスが語る、昨日の夜に知った真実。
あの時は怒りに囚われ、アグリの頬をぶん殴った上に胸ぐらをつかんだが、少し時間が経てば、情けなさで押しつぶされそうになる。
「……結局、赤鬼は全員倒された。ジュガルは王族の牢屋に、研究員は今頃尋問室で……まあ、いろいろ聞き終わってる頃だろうな」
「……では」
「ああ、仇は、俺が刃を向ける相手は、いたんだよ。のうのうと生きてたんだよ」
語るサイラス。
……ただ、そう。
仇の存在を知ったうえで、今、怒りよりも情けなさの方が表に出てくるというあたりが、サイラスの本質を表していると言える。
「俺は、何も知らなかった。自分には真相にたどり着けないって勝手にあきらめて、どんな裏があるのか。調べようともしなかった……」
「兄貴……」
「それで、一回りも年下の子供に、怒りをぶつけてたんだ。こんな、情けない話があるかよ」
「……」
サイラスは今まで、『こうしていればあの時』といった、『後悔』に押しつぶされそうになっていた。
ただ反省して、次につなげれば何とかなる『恥ずかしさ』とは違う。
自分のエゴが原因で、多くの仲間と妻を失ったそれが、悔しくて仕方がない。
恥ずかしさではない。悔しさであるからこそ、サイラスの心を今も縛る。
「……関係ありません」
「ユキメちゃん?」
ユキメは表情を変えない。
しかし、何も思わない話題ではない。
「痺れ薬入りの紅茶をあの喫茶店で飲んだのも、擬態モンスターから攻撃を受けたのも、私の不手際です。失態です」
「……」
「サイラスさんが誰を恨むのか。私の罪が何なのか。その二つは繋がりません。私は、私の罪を清算するために動いています」
「……」
「命は取り戻せません。人の価値に差はありますが、命の価値は平等であり絶対です。私が攻撃を受けなければ、十五人の命が失われることはなかった。だから私は、罪の清算のために――」
「その罪は、俺がお前を許せば消えるのか?」
「……っ」
ユキメは、奥歯をギリッとかみしめる。
「ちょ、兄貴、ユキメちゃん。いったん落ち着けよ」
ジャスパーが、流れが悪くなったと感じて止めに入る。
「俺の話を聞いて、何も思わなかったのか? ガイア商会に対する恨みはないのかよ」
視線を下げたまま、サイラスは呟く。
「なんで、なんで俺を見てるんだよ。クソみたいな動機で、馬鹿なことを企んだガイア商会が許せないって、なんで言わねえんだよ」
「恨みはあります。しかし、私のミスも事実です。それと……サイラスさんが私を許したからと言って、私の過去は変わりません」
「ちょっ、おい、この意地っ張り共が! 落ち着けって!」
一番声が大きいのはジャスパーだ。
しかし、グツグツと煮えたぎるような感情を抱えている二人は、見ていて危険だ。
「やっぱここにい……有刺鉄線、邪魔すぎんだろこれ」
「!」
ジャスパーがどうしようかと思っていると、壁を飛び越えて、キュウビがたまり場に乱入する。
「……キュウビさん」
「おう、ジャスパー。久しぶり。で、まぁ……ヤバそうな空気になってんな」
「ああ。うん」
ジャスパーの顔には『責任感が強い奴らってめんどくせえ!』と書かれているが、それを口には出さないらしい。
ただ、この空気を何とか出来るのは、アグリやキュウビと言ったレベルだろう。
「とりあえず、今は元凶をぶっ叩くぞ」
「元凶? 拠点が分かったのか?」
「そういうこった……」
キュウビは資料を取り出す。
「ガイア商会の違法薬物研究部の拠点の情報だ」
「違法植物?」
「……モンスターに擬態スキルを付与。痺れ薬。グレイスハーブの栽培。それらがこの研究部によるものだ」
資料を三人に渡す。
「……お、おい、柴欠病の研究って……」
「病原菌の現物と、治療薬のレシピ。これをダンジョンで手に入れたと推測される。ガイア商会が進行を遅らせるだけの薬を持ってたのは、『そこまでしか作れない』からだ」
「では、ブルマスのメンバーが柴欠病を患ったのは……」
「ま、そういうことだぜ」
「~~っ!」
ユキメの表情に、怒りが宿った。
「こいつらが、みんなを……」
「……まあ、俺は別のところが気になるけどな」
「別のところ?」
「ああ。拠点の場所」
ジャスパーが一転に目を向ける。
その情報を見たユキメは、ポツリとつぶやいた。
「……ルレブツ
「その通りだ」
その時、裏路地の通路から、パキッと、何かを踏む音が聞こえた。
サイラス、ジャスパー、ユキメが振り向く。
その視線の先に居たのは……。
「せ、セラフィナさん」
ブルーマスターズのリーダー。
そして、ルレブツ伯爵家の少女であったセラフィナが、そこに立っていた。
「え、えっと、ゆ、ユキメが見えたから、気になって追いかけてきたんだけど、そ、その、凄い雰囲気だから入りにくくて……」
「……そうですか」
「……まあ、そんなわけだ」
キュウビは溜息をつく。
「ガイア商会が隅から隅まで真っ黒ってことはない。一部の上層部……と、会長のビエスタだな。こいつらが悪さをした結果だ」
「絶対に保管庫がある。いずれにせよ、そこを潰す必要はあるか」
「作戦になれば、アーティアも呼ぶ。貴族の家に踏み込むんだからそっちの方が良い」
キュウビは、全員を見る。
「いろいろ思うところはあるはずだ。ただ、今は、刃を鞘に納めてる暇はない。逃げられる前に叩くしかねえ。参加は自由だぜ?」
「……俺は参加する」
「俺も行くよ」
「私も」
「わ、私も行く」
「わかった。じゃあ……」
「ん? ちょっと待て」
「どうしたジャスパー」
「いや、あの……」
ジャスパーが、資料の中からとある情報を見つけた。
「……ルレブツ伯爵が手を出したメイド。擬態モンスターって、本当か?」
「尋問の結果だ」
「そんな……」
セラフィナが膝から崩れ落ちた。
「戦闘力は普通のメイドと一緒。ただ……子供を産めるほどに人間をコピー可能な超特殊個体だ」
「……お、お父様が、モンスターと……」
「というわけで……いろんな因縁が、ルレブツ伯爵邸に詰まってる。移動は二時間後だ。準備しとけよ」
そういって、キュウビはジャンプして、建物の上を通って消えていった。
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