第20話【商会SIDE】 会長ビエスタの懸念

「はっ? 第二王女が、20人の兵士と、腕利きの冒険者を揃えて、ルレブツ伯爵領に向かった?」


 ガイア商会の会長執務室。


 ビエスタが書類をまとめていたが、部下からの報告を聞いて額に青筋を浮かべた。


「は、はい。その方角は、他にもダンジョンが複数確認されていますが……あ、こちらが、向かった人間の資料になります」


 アーティアや兵士たち、ユキメやセラフィナの情報が載った資料を手渡す。

 サイラスやジャスパーも記載されており、かなり、大々的に広めたようだ。


 ……もっとも重要な人物の記載がない。ともいえるが。


「タイミングを考えれば、薬の研究部を狙ってるのは間違いないか……いや、この王都に連れてきた研究員。確かテボロだったはず」


 ビエスタは考えている様子。


「アイツが尋問室から逃げられず、情報を吐いた……ダミーの研究室の場所を教えずに、嘘を感知する魔法を騙す付与だってかけてたはずだ。なのに、何故、戦力を揃えて正解の場所に行ける?」


 クグモリの二階に来ていた研究員の名前は、テボロと言うらしい。


 ビエスタの予想では、まだ何か隠し持っていたのだろう。

 尋問室に連れ込まれても、逃げることはできたはず。


 逃げることができなかったとしても、嘘を感知する魔法を騙す付与魔法に加えて、ダミーの研究室だって用意しているのだから、『初手で正解に向かう』ということは、彼の中では可能性がかなり低い。


「……ダンジョンに向かう可能性はゼロじゃないな。第二王女の支持基盤は、一部の冒険者だ。そいつらに何か貸しを作るために出向くという話も考えられなくはない」

「実際、王都の門付近では、その噂が広まっています」

「……はぁ」


 噂が広がっている。

 要するに、それを第二王女本人が発言したわけではない。


 あくまでも、周りの連中が話しているだけ。


 大人数での移動。その姿を見せているのに、なんとも半端な情報の広め方だ。


「……ほかに報告は?」

「あ、ありません」

「なら、下がれ」

「は、はい」


 部下は部屋から出ていった。

 ビエスタはそれを確認すると、机の引き出しから、正方形の板を取り出す。

 下の方に数字が刻まれており、魔力を流しながら、いくつかの数字に触れた。


『…………はい、こちら、グロームです』


 板から男性の声が響いた。


「私だ」

『これは会長。一体、どういう用件で?』

「グレイスハーブの密会がバレて、第二王女が、兵士と腕利きの冒険者を連れてそちらに向かっている可能性がある」

『可能性がある……とは?』

「冒険者を連れてるからな。ダンジョンに出向くという噂が王都で広まっているが、タイミングを考えればそんなはずもない」

『なるほど』


 別にアーティアの頭を覗き込んだわけではない。


 可能性はあくまでも可能性。

 だが、それがあまりにも高い。


「あのブタは何をしている?」

『伯爵ですか? ああ、こんな真昼間からお盛んですよ』

「……」

『十五年以上も外見が変わらない、可愛らしいメイドに夢中ってことですよ。不審に思わないんですかねぇ』

「知るか。ただ、これからそっちに行く奴らを、そこまで通すな。途中で始末しろ」

『いいんですかい? 第二王女を始末しても』

「捕まえて嬲れるならそれでもかまわん。だが、二度と表舞台に出すな」

『わかりましたよ』

「絶対だぞ。貴様ら上級赤鬼……ハイオーガは戦闘力以外、何の取り柄もないんだからな」

『会長も酷いですねぇ。まあ、荒事なら任せてください』


 ビエスタは通話の相手、ハイオーガの男に対して、戦闘力の評価はしている様子。


 それに対し、ハイオーガの男、グロームも、自身の戦闘力に関しては自信があるようだ。


 しかし、どこか傲慢が見え隠れする。


『道中で始末……ということは、地下の研究室に手を加える必要はないと?』

「当たり前だ。そちらに向かったのは三十人に満たない数。五十人も揃えたハイオーガ部隊ならば殲滅は可能。加えて、お前は五年前、Sランク冒険者を生け捕りにしたほどだ。絶対的勝利は当然」

『はっはっは! ……あの時より、俺はかなり強くなってますぜ? 会長』

「ならなおさら、負けることはありえん。研究室はそのままだ。屋敷の庭まで誘い込んで、『幻惑結界』を張って周囲の目をごまかしつつ、一気に潰せ」


 幻惑結界、などと言う便利なものがあるのなら、そもそも屋敷まで誘い込む必要はない。


 だが、その上で庭まで招くという事は、据え置きの大型魔道具によって起動するもので、伯爵邸でしか使えないのだろう。


 そこ以外で使う理由がない。ともいえるが。


『わかりました。で、どんな連中が来るんです?』

「第二王女と……現ブルマスリーダーのセラフィナと、元副リーダーのユキメが含まれてるな」

『ほう、知ってますぜ? なかなかの上玉とか?』

「そうだな」

『なら、会長は後でゆっくり来てくだせぇ。楽しみながら待ってますんで』

「……好きにしろ」


 ビエスタは通話を切ると、板を引き出しに入れて、鍵をかけた。


「……テボロも、研究者として、その小細工は相当なものだ。何か、起こる可能性はある」


 ビエスタはそう言うと、椅子から立ち上がって、執務室を出る。

 最上階だが、そのまま階段を上がって、屋上に出た。


 ルレブツ伯爵領に向かった者たちの資料を見る。


「第二王女のアーティアは、確か冒険者でAランク相当。セラフィナとサイラスはAランク。ユキメとジャスパーはBランクか。兵士たちは全員、ヘルムで顔が隠れて判別できないが、それ相応の働きができる程度だろう」


 資料を読み込む。


「……いや、油断は出来んか。王女が宝物庫から何か持ち出している可能性も十分にある。ヘキサゴルド王国の歴史は千年。何が出てきても不思議ではない」


 読み込み……その上で、鼻で笑った。


「ただ、グロームに勝てるとは思えんな。五十人のハイオーガの中にも、Sランク相当の実力者は多数。ただ、胸騒ぎがする」


 ビエスタはポケットから笛を取り出すと、吹く。


 すると……一瞬、空気がブレた。

 そこに何かがいるようには見えないが……。


「『ミミクリードラゴン』……戦闘力ではなく、隠密移動に優れ、ドラゴンの間で伝書鳩代わりのモンスター。そこに、擬態スキルを仕込むことで、闇夜に紛れる力を増幅させた」


 ビエスタは、ドラゴンがいる位置を見上げる。


「もっとも、何かに化けるのではなく、周囲の空気に同化する程度の性能だが、移動目的で運用するならそれで十分か」


 ビエスタは軽くジャンプして、ドラゴンに飛び乗る。


 同時に、ビエスタの姿も見えなくなっていく。


「行くか。ここで保管庫を囲まれたら、笑えない」


 完全に見えなくなる。


 ただ……そう、ここで確かに。


 竜は、飛び始めた。

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