第24話 全力アグリ VS 最上級赤鬼ビエスタ

 ビエスタ。


 最新式。というフレーズで商品展開を行い、売り上げを伸ばすガイア商会の会長だ。


 ガイア商会はその技術力、販売網もそうだが、アグリによって業績を伸ばし続けていたウロボロスに接触して深く関わっていたことで、その利益はかなりのものになっている。


 そんな彼だが……その正体は、最上位の赤鬼、『ハイエストオーガ』と言うモンスターだ。


 西の山脈を越えた先には、知性のあるモンスターたちが跋扈する『亜人領域』が存在し、オーガという種族もその一大勢力の一つ。


 赤鬼。と言うだけあって、肌は赤く、体格は人間と比べて筋骨隆々。

 サーベルを手に暴れまわるその姿は、亜人領域の弱肉強食社会でも猛威を振るっている。


 そんな種族の中で、『最上位』だ。

 体格は人間のころのままだが、額の角は、彼が鬼であることを示している。


「……ねえ、アグリ」

「ん?」

「勝てるの?」


 先ほどまで自信満々で、今もアグリの集中力強化によって実力が増幅しているアーティアの額に、汗が流れている。


「そりゃあ……作戦っていうのは、成功させるためにするものだよ」


 アグリは刀を構えて、ビエスタを見据える。


「どんな作戦だったのかは知りませんが、さっさと片づけましょうか」

「……っ!」


 次の瞬間、アグリとビエスタは飛び出して、刀と剣が衝突する。


 ビエスタの漆黒の剣はアグリの刀よりも長く、重量がある。

 体格に関しても、ビエスタの方が上。


 しかし、紛れもなく、鍔迫り合いが発生している。


「ほう、体格に差はありますが、体の動かし方の質が高い……誰に剣を習ったんです?」

「秘密」

「そうですか。まあ……後で聞き出すとしましょう」


 鍔迫り合いは、同時のタイミングで辞めた。


 そこからは、お互いに斬撃を繰り出す。


 鉄と鉄が衝突する音が鳴り響き、火花を散らす。


「……そこっ!」


 連撃の中で、アグリが隙を見つけて、刀で突く。


「なっ……」


 ビエスタは驚いた様子でその突きを受け……切っ先が、通らない。


「あら?」

「ほう……」


 ビエスタは驚きから一転、余裕そうな笑みを浮かべた。


 アグリは刀を引いて、ビエスタの連撃を捌いて、少し、距離を取った。


「君の剣技は素晴らしい。しかし、速度と体幹に優れ、剣に重さがない。それでは、私は倒せませんよ?」


 アグリは何も言わず、刀を構える。


「要するに、あなたは防戦一方にならざるを得ない」


 ビエスタは笑みを浮かべて、漆黒の剣を手に接近。


 そして、超速の連撃を開始。


「……」


 アグリはそれに対し、刀で捌いていく。

 彼の髪一本に至るまで、切ることは叶わない。


「くっ、なかなかの集中力ですね。ここまでの斬撃を全て捌き切るとは……ですが、守ってばかりでは私を倒せませんよ?」

「……さっきの突き。実は貫通の付与魔法も乗せたんだけどなぁ。とことん、魔法が効かないね」

「フフフッ、理解が追い付かない魔法をいくつも使ってくる亜人領域で適応し、実力を示す中で、『最上位』……一切合切、魔法を受け付けないに決まっているでしょう」


 敵がどんな手段を用いるとしても、それが魔法であるならば、『魔法を受け付けない』という特性を持つだけで優位に立てる。


 それは間違いない。


「しかし、圧倒的に力のある私を相手に、『技』だけで捌き切るとは……しかも、後ろに跳んで衝撃を逃がすこともない。ほとんどその場から動かず……凄まじい才能です」

「才能ねぇ……」


 今度は、ビエスタが攻撃を辞めて、距離を取った。


「……名を聞きましょう」

「アグリ」

「そうですか……アグリ、私の部下になりなさい」


 アグリを勧誘するビエスタ。


「勧誘か」

「その通り、君の実力は確かなものだ。最も優秀な駒として……そして、私の伴侶にふさわしい」

「まあ無理な話だね」


 即答したアグリ。


 そう……ビエスタもアグリも男なので。


 ついでに言えば、人間社会においても、西の山脈を越えた亜人領域においても、『同性婚』を認める社会は存在しないので。


 アグリも見た目は完璧に美少女だが、自覚は男である。生物学上も、一応、男である。


 ぺたん座りというか、女の子座りというか、骨盤の関係で『基本的に男には出来ない姿勢』も普通にできるが、男である。


「それは残念。では……殺すしかありませんね」


 気合の入れ方を変えるビエスタ。


 その攻防を前に……。


「なあ、姉貴。勝てるのか?」

「貫通力を上げる付与魔法込みで、攻撃を当てても効かない。そんなことが……」


 サイラスが呟き、ユキメの表情も少し落ち着きがない。


「まあ、不審な点はあるけれど、どうするつもりなのかはわからないわね」


 そんな中、アーティアは訝しげに見つめ……。


「ふああ……」


 キュウビはつまらないのか、欠伸している。

 そのまま、キュウビはチラッと、馬車を見て……。


「おーい! あるじ、そろそろアレやるぞ!」


 アグリに向かって、そう叫んだ。


「……はぁ、使わずに勝てるものでもないか」


 アグリは溜息をついた。

 ビエスタはそれを見て、表情を変える。


「……一体、何を企んでいるのです?」

「これからわかるさ」


 キュウビがアグリの元に走ってきて、彼の左手の上に乗った。


「じゃあ、始めるか!」


 キュウビがニヤッと笑うと、そのキツネの体が、魔力に変換される。

 そのまま、アグリの胸に飛び込んで、その中に消えていった。


「キツネが、中に……っ!」


 変化は速かった。

 アグリの髪が少し伸びて、耳元が隠れ……その頭にキツネ耳が出現。


 そして……尻尾が九本。生えてきた。


 いや、ズボンを貫通しておらず、尻尾もどこか透けていて実態を感じられないので、『そう見える』というだけか。


 アグリの美しい顔に、キツネのお面に描かれるような赤い線がいくつか浮かび上がり……瞼をゆっくり開けて、金色の瞳を見せる。


「……なんだ、その姿は」

「『九尾の狐』って、知らないかな? キツネ系で、最上位クラスと言って良いモンスターだよ」

「……一体、どういう力が……」

「普通にパワーやスピードも上昇するよ。それとは別に……この姿になって攻撃を当てると、敵がそれまでに使ったスキルをコピー、九つまで、自由に使うことができる」

「なっ、スキルを九つも複製だと!?」

「そう、例えば……」


 次の瞬間、アグリはビエスタの目と鼻の先にいた。


「えっ……」

「ほれっ」


 足を振り上げて、腹に入れる。


「がっ……」


 強烈に蹴り飛ばされて、ビエスタの体が宙を飛ぶ。


「『転移街』ラスボス、『転移魔公ホロボスタ』のスキル、『転移視界テレポート・サイト』だ。視界の全てに転移可能。障害物があっても、その奥に転移できる」

「な、なんだと……え、て、転移街、ラスボス?」

「そう」


 アグリは頷く。


「ハイエストオーガ……ダンジョンにおける最大到達階層は、75ってところかな?」

「ま、まさか、お前は……」

「さっき言った通りだ。ただ、流石に奥までいくと、キュウビの力を使わないと通用しなくてね」


 Sランク冒険者の適正階層が51から60階層。

 それらを『浅い』と称するアグリの活動領域は、もっと深い。もっともっと深い。


 しかし、そこまで行くと、もはや人間の存在を前提としない環境である。


「ハイエストオーガは攻撃性能よりも防御性能が高い。本来なら、75よりももっと下に行かないと『効かない』なんてことにならないんだけど、まあ、そこは褒めてあげるよ」

「あっ、ああ……」


 ビエスタの体が震えはじめる。


「ただ、転移の力は、それに適した体をしていないと使いにくくてね」


 アグリが左の人差し指で、刀身を撫でる。


 すると、岩で刀身が拡張された。


「……それは」

「『宝石洞窟フィーア』のラスボス。『大精霊ビギニアス』のスキル、『大根源マテリア』……まあ端的に言えば、火、水、風、土の四大属性に対して高い適性を発揮できる」


 その中の『土』の力で、刃を延長させた。


「最初にコピーしたスキルで、使い勝手もいい」

「ぐっ……」


 ビエスタは剣を構えるが……。

 今度は転移を使わず、一気に接近。

 岩の刀身からは、まるで蒸気のように何かが溢れて、重いはずの刀が高速で振るわれる。


「っ!」


 ビエスタは反応しきれず……左肩から右腰にかけて袈裟斬りにされた。


「がっ……ぐおおおおおっ!」


 大量の魔力が傷口からあふれる。


「な、何故だ! せ、切断にも物理にも、私の肉体は高い耐性がある。こんな易々と……」

「水と熱を応用した『蒸気』で加速させる。風を応用して空気抵抗を完全無視。刀の切っ先には熱が濃縮されている……どれもこれも、生半可な耐性なら紙切れ同然に切り伏せる」


 アグリは指をパチンと鳴らすと、四属性それぞれで作られた『矢』が出現。

 ……風の矢に関してはそのままだと無色で扱いにくいので白く染色しているが、とにかく、四色の矢が空にあふれた。


「なっ……」

「切断と物理……刺突、貫通はどうかな?」

「くそっ、うがあああああああああああっ!」


 矢が次々と振ってきて、ビエスタの体を貫く。

 その傷から魔力が溢れ、身体がふらつく。


「……あ、そうそう、なんで、最初からこの力を使わなかったのか。教えてあげるよ」

「な、何?」

「まず、体力の消耗が激しいんだよね。……もう一つ、この姿を大多数に知られたくはない」

「こ、この敷地は、幻惑結界が……っ! な、なんだあれは……」


 敷地の外を見る。


 そこには、大勢の領民が、壁から中を覗いていた。


「ば、馬鹿な……」

「乗ってきた馬車。結構大きいでしょ? なんであんな大きな馬車に乗ってきたのかと言うと、幻惑系を狂わせる大型魔道具を乗せる為なんだよ。今、幻惑結界は、起動してるけど無意味だ」

「……という事は、ここまでの戦いは、全て……」

「そう。全て、ハイオーガ軍団も、君も、全て見られているよ」

「くそおおおおおおおおおおおおおっ!」


 剣を振る。

 だが、アグリは上に跳ぶように避けた。


 そのまま、『風』の応用して、空中に立つ。


「はぁ、はぁ、き、貴様さえいなければ……」


 見上げるビエスタ。


 そうして目に映るアグリは、やはり、美しい。


 もうすでに、月がよく見える夜だ。


 月光を受けて輝く髪と肌。揺らめく耳と尻尾。


 まさに、『幻想的な絵画から飛び出したような姿』であり……蔑んだ眼で見下ろすその顔は、どこまでも、恐怖を増幅させる。


「……残念だけど、ここで終わりだ」


 刀を掲げる。

 すると、四大属性の色をした魔力が溢れ、巨大な刃を形成する。


「ぐっ……くそがあああああああああああああああっ!」


 ビエスタは剣に赤黒い魔力を纏わせる。


「……」


 アグリは無言で、巨大な刃を振り下ろす。

 ビエスタはそれに抗うように漆黒の剣を振るが……刃に接触した瞬間に砕かれて、そのまま両断された。


 金貨を残して、塵となって消えていく。


 倒されればそうなるのが、この世界の、モンスターの運命だ。


「……さてと、今度こそ終わったね」


 地面に着地したアグリ。

 その胸から光が漏れて、キュウビが姿を現す。


「お疲れだぜ、あるじ」

「ああ……」


 キュウビが身体から離れると、アグリの狐耳と九本の尻尾が霧散して消えていった。


「……ふぅ」


 体力の消耗が激しい。と言ったのは間違いないのだろう。かなり汗が流れている。


 使っている間は、『集中力強化』で戦闘に意識を向けることでごまかせるが、一度解除すれば、体力を大幅に使ったという自覚から逃れられない。


「やっぱ、まだ俺様の力に慣れねえなぁ」

「仕方ないね。こればかりは」


 そんなことをつぶやき合っていると、アーティアたちが来た。


「アグリ、あんな切札を持ってたのね」

「ああ。こんなところで、こんな形で切るとは思ってなかったけどね」

「フフッ、そんなアグリだからこそ、頼めることも多いのよ。それじゃ、私は家宅捜索の指示を出してくるわ」

「ああ。よろしく」


 アーティアは兵士たちのところに向かって歩いていった。


「……セラフィナさんも、実家がこんなことになっちゃったけど、構わないかな?」

「……ええ、そもそも、お父様から、愛と、貴族としての責任を感じたことはなかった。もうすべて、この家のことは、私にとっては今さらです」

「そっか……」


 実の父親が、鬼の暗躍に手を貸していた。


 その事実は本来、重くのしかかるはず。


 だが、セラフィナの中では……大切なのは、母親と、ブルマスで過ごしてきた仲間なのだろう。


 時期を考えれば、シウリアが返ってこなかったことで彼女がブルマスのリーダーを引き継いだ。


 そのシウリアはグロームに生け捕りにされ、どんな最後だったのかはわからない。

 だが、アグリによって弔われたのは間違いない。


 グロームはアグリが倒したので、もうこの世にいないのだから、アレコレ言っても仕方がない。


 冒険者になった以上、受け入れなければならないこともある。


 少なくともセラフィナにとっては、そういうものだ。


「……」


 少し離れた場所で、屋敷を見上げるサイラスと、そんな彼の近くによるユキメがいた。


「……なあ、ユキメ」

「なんでしょう」

「……まず、済まなかった」


 深く頭を下げるサイラス。


 これまで、いろんな怒りを彼女に向けてきた。

 ユキメも、それを受けることが当然だと考え、文句も愚痴も言わず、それを受け止めてきた。


 だが、解決に至るための仇は実際にいて、刃を向ける相手は彼女ではなかった。


 そこまでわかったが、まだ、サイラスはユキメに謝っていなかった。


「……その謝罪は受け入れます」

「ユキメ……」

「擬態モンスターの証拠がこの屋敷からいくつも出てきて、ガイア商会は然るべき処罰を受ける。因縁は、それで、もう終わりです」

「……そうか」

「もしかしたら、本当は、もっと言いたいことがあるかもしれません。ただ、姉様が元凶を叩いて、終わらせました」

「……」

「思えば、私も自分を押し殺して、言いたいことを言えなかったのかもしれない。私達は、大喧嘩をすべきだったのかもしれない。わかりませんが……もう、済んだことですから」


 サイラスは、多くの仲間と妻を失った、あの事件の一番の被害者だ。


 だがユキメもまた、ガイア商会によって悪評を広められて、世間からのバッシングによって苦しめられた被害者である。


《私も被害者だ!』


 その主張をしていれば、もしかしたら、他に目線を……そう、『黒幕』というものが、浮かんでいたかもしれない。


 たらればを言っても仕方がない。

 仕方がないからこそ、もう、アレコレ言うのは終わりにする。


「ははっ……ユキメ。もう、そんな、憑き物が取れたような顔しやがって……まったく」


 サイラスは、フードマントの内側から、鞘に入ったナイフを取り出すと、ユキメに見せる。


「なあユキメ。よかったら、レッドナイフに入らねえか?」

「私が、レッドナイフに?」

「ああ……散々迷惑かけたんだ。面倒見させてくれ」

「……」


 どうするか言い淀んでいるユキメに対して、サイラスは、マントの内側から一冊の本を出した。


「今なら『女装した姉貴の写真集』もつけるから」

「レッドナイフに入ります」


 すんごい笑顔で即答するユキメ。


「もっと他にあっただろ。なんだよそのオチは……」


 ジャスパーは、魂の底からため息をつくように、そんなことを呟いた。

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