第25話【ウロボロスSIDE】 紙面を飾る『四源嬢』と、アティカス追放。

 ルレブツ伯爵邸で発生した事件は、アーティアによって広まり、多くの記事が出た。


 ガイア商会、特に『違法薬物研究部』の本拠地がルレブツ伯爵邸の地下にあり、多くの実験記録の結果から、多数の被害者の存在が発覚。


 加えて、本拠地には『ハイオーガ』の軍勢が存在し、ビエスタが『ハイエストオーガ』であったということも、多くの目撃者がいて証言となる。


 ハイオーガとビエスタの『ドロップアイテム』から、冒険者協会の公式発表としても『ハイオーガ、およびハイエストオーガで間違いない』ということになった。


 そして当然だが、どうやって倒したのかと言う話になる。

 その場にいた名の知れた実力者は、アーティア、サイラス、セラフィナだが、この三人では圧倒的に実力が足りない。

 そもそもハイオーガ軍団を相手にするとして、このメンツでは不可能だ。


 どのみち、目撃者が多かった姿だとアグリが割り切ったことで、記者の前で、『九尾の狐』の力を開放。


 手のひらの上に、大小さまざまな『四大属性』の魔法を発動させたり、高速移動などやりたい放題。


 その多くの情報が記者によって写真に収められ……何より、アグリ本人が持つ圧倒的なルックスも広まったことで、話を信用する者は多くなった。


 ……別に、アグリのルックスが優れていることと、ハイオーガの討伐はイコールではないのだが、そんなものだろう。


 その幻想的な美しさもそうだが、何より、四大属性を苦も無く扱うその技術。


 魔法を扱う者ならば、基礎中の基礎として磨き上げるそれを、全て使いこなす姿。


 そこに目を付けたどこかの記者が、『四源嬢しげんじょう』というフレーズを使ったことで、アグリの二つ名は、『九尾の狐』と『四源嬢』で議論され、最終的に『四源嬢』に落ち着いた。


 ……男なのだが。


 当然、勧誘に動くものも多かったが、必要ないのでシャットアウトである。


「四源嬢アグリ。コイツを抱えることができれば、更なる発展は間違いないぞ」

「そうだな親父。こんな美しい奴がいるなんて……」

「グフフッ……良い、実に良いぞ」


 ガイモンとアティカスは、会長執務室で新聞を読んでいた。


 紙面を飾るのは、『九尾の狐』の姿を開放したアグリの写真。


 美しさ、妖しさ、どれをとっても凄まじいと言えるルックスであり、この写真を乗せた新聞や雑誌は飛ぶように売れている。


「しかし、まさかガイア商会が鬼の巣窟だったとは……」

「王国からの監査がきつくなるかも」

「そうだな。だが、王国からの監査が来るのはガイア商会だけ、冒険者公認ギルドであるウロボロスには関係ない」

「あ、ああ……」

「今、監査がきて調査中だが、一切の不正はないからな!」


 断言するガイモン。


 彼が言う通り、現在、公認ギルドに対する監査ということで、協会本部から人が送られている。


 そのため、いろんな書類をひっくり返しているところだ。


「このギルドは非常にクリーンな状態だ。業務が急に追いつかなくなって、『不備』はあるだろう。だが、そちらは『注意』で終わる。不正さえなければ何も問題はない」

「そ、そうだよな……」


 頷くアティカスだが、内心では心臓がバクバクだ。


 彼は先日、『アノニマスの解体』と『急な業務効率の低下』が紐づけられないようにするため、『アノニマスの解体日時』に改ざんを加えたばかり。


 監査という事で多くの書類をひっくり返している監査がこの事実に気が付けば、アティカスは、役員として責任を取らなければならない。


 ……そのとき、ドアがノックされた。


「監査部のデュリオです。入りますよ」

「ああ。構わない」


 ガイモンが言うと、ドアを開けて、一人の男性が入ってきた。

 眼鏡をかけ、髪をきちんと整えた『インテリエリート』と言った風貌である。


 まだ若いが、送られてきた監査部の人間の中でリーダーを任されているとなると、それ相応の実力者なのだろう。


「さて……では調査結果ですが、不備は多数ありましたが、いずれも注意で済む話ですし、職員もこれらの解消にすでに取り組んでいるので、そこは不問とします」

「うむ」

「次に不正ですが……一点、おかしな点が」

「何?」


 ガイモンが眉をひそめて、アティカスの体が震えた。


「このギルドには、先日まで、『アノニマス』という部署が存在していましたね。匿名参入が可能なところです」

「あ、ああ、そうだが……」


 匿名となると、どこか臭みを感じるものだ。


 言われて汗を流すガイモン。


「とはいえ、我々が確認できた限りでは、アイテムの換金しか行っておらず、この存在によって大きな犯罪が発生することは非常に可能性が低いという判断になりました」

「おおっ」

「ただ一点。解体日時です」

「あっ……」


 デュリオの言葉に、アティカスの口から声が漏れた。


「アティカスさん。ですね? あなたが作った書類ですが、アノニマスの解体日時が、他のアイテム換金書類と関係性が合わない。我々が精査した結果……このような結果になりました」


 二人が座るテーブルに、一枚の紙が置かれる。


 そこに記載されているのは、アノニマスの、『本当の解体日時』だ。


「あ、アノニマスの解体日時……私が書類で確認した者とは別。ん? まさかこの日付は……」

「ええ……このギルドの業務効率が大幅に低下した時と一致します」

「……」


 ガイモンが、アティカスを見る。


「我々の推測ですが、アノニマスには、ギルド全体に力を及ぼす『何者か』が存在し、それによって、このギルドは躍進を遂げていた。と考えられます」

「あ、アティカス、お前の……お前の仕業か!」

「い、いや。その、俺はただ、綺麗な組織を作ろうとして……」

「何が綺麗な組織だ! それで潰れる瀬戸際までいったんだぞ!」

「そ、それは……」


 少し、恨みの籠った目で、アティカスはデュリオを見る。


「まあ、目をつむる不正もありますよ? ただ、これは無理です」

「何故……」

「神血旅。宗教国家、血統国家、冒険者。この三つは明確な棲み分け、線引きが必要と言うのが世の中の常識の思想。言い換えれば、『誰が、何時から何時まで冒険者だったのか』という情報は、人間の立場に置いて最も重要なのですよ」

「……そ、それは」

「それほど重要だからこそ、そこだけは、確定させなければならない。そこを曖昧にすると、文字通り、世界中から批難が来ます。だから指摘しているのです」

「お、俺は……」

「アティカス。お前はウロボロスから追放。そして、親子の縁を切る!」

「なんだって!?」

「当然だろう。どれほどの違約金と賠償金を払う事態になったと思っている! お前のせいだ。お前のせいだぞ!」


 ガイア商会からの資金によって、とりあえず、何も問題はない状態となった。


 だが、『潰れそうになった』という過去は変わらず、あの時の焦燥感はいまだに払拭できない。


 ガイモンにとっては激動の数日間だったのだ。


 だからこそ、まだ彼にとって、興奮は収まらない。


 加えて、アノニマスの解体で『重要な冒険者を逃がした』ということも。

 彼にとっては受け入れられない。


「私としては、このアノニマスの解体日時が、私たちが精査した結果と同じと認めていただければ、このギルドは何も問題がないとしますが……」

「ああ、そうしてくれ」

「わかりました。では、私は失礼します」


 デュリオはそう言って、執務室を後にした。


「おい、人を呼んで、コイツを連れ出せ! 近くの公認ギルドにも圧力をかけろ! アティカス、お前は二度と、冒険者になれると思うなよ!」

「そ、そんな。ま、待ってくれ親父!」

「もう私は、お前の父親ではない! 出ていけ! さっさと出ていけえええっ!」


 ガイモンの命令によって、アティカスはウロボロスから追い出された。


 ……この選択がどういった結論につながるのか。それは、アティカス次第である。

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