第26話 四源嬢と第二王女と監査部の密会

「あははははっ! 『四源嬢』だってよ。あるじは男なのにな!  ブフフッ!」

「笑いすぎでしょ。キュウビ」

「何を言う! あるじが表舞台に出ればいろんなことが起こりえる。そうすれば二つ名も出てくる! そうなった時に、『こうなる可能性』を考えると楽しみだったんだぜ!」

「あっそ……」


 王城から近いとある喫茶店の地下。


 少し前に、アグリがアーティアと情報共有した場所である。


「それにしても、写真写りもかなりいいわね。普段からモデルでもやってないとできないものだけど……これは一体どういう事?」

「ん? ああ、あるじが九尾の狐の力を使ってるとき、俺様が中に入ってるだろ?」

「そうね」

「その時、ちょこっと主の体の癖を弄ってるのさ!」

「癖?」

「あるじはルックスもスタイルもレベルが高いけど、それを考慮した仕草をしようって動機はないからな! ダンジョンの奥底で暴れまわる時は俺様の力を使ってるから、その時に弄ってるってことだぜ」

「……まあ、事情は分かったわ」


 アーティアはため息交じりに頷いた。


 ちなみに、自分の体を弄っていると宣告されたアグリだが、特に表情を変えることはない。


「……アグリは良いの? なんか仕込まれてるけど」

「それで俺に迷惑がかかるなら鍋にするけど、そうじゃないなら別に」

「なるほど」


 変な信頼関係と言うか、歪な信用というか。なんだか一般人とは別の価値観のようにも思える。


 ……いや、そもそも、これほど美しい外見をした男と言う時点で、精神に何も影響がないという事はありえないはず。


「……ん?」


 ドアがノックされた。


「冒険者協会監査部のデュリオです」

「ウロボロスの監査が終わったのね。通しなさい」

「はい」


 影のように控えていたルシベスが、扉を開ける。

 その奥に立っていたのは、黒髪と短く切りそろえ、メガネとスーツでインテリエリートの印象を与える男だ。


「失礼します」


 デュリオが入ってきて、部屋の中心のソファに座る。


「あれ、デュリオが来る予定ってあったっけ?」

「私が呼んだのよ」

「……第二王女が冒険者協会の監査部をって考えると、なかなか踏み込んでる気がするぜ」


 神血旅。

 宗教国家、血統国家、冒険者の三つは、明確な線引き、棲み分けが必要と言う思想だ。


 それがあるからこそ、アーティアは外見も能力も優れているが、『支持基盤が冒険社のため、権力闘争から身を引いている』と判断されているほど、この世界にとって常識。


 そんな第二王女が、『冒険者協会の中でも上』と言える監査部の人間を呼ぶのは、かなり特殊かつ踏み込んだケースだろう。


「さて……ウロボロスの方はどうだったかしら?」

「まあ、端的に言いますと……アグリさんの力を思い知った。と言ったところです」


 デュリオはため息交じりに言う。


 彼はウロボロスの会長室で、ガイモンとアティカスに対し、アノニマスの解体によって重要な冒険者を追い出したことが、業務効率低下の原因だと告げた。


 ただ、本来はおかしい。


 たった一人の冒険者によって、大手公認ギルドであるウロボロスの職員『全員』が、高い業務効率まで引き上げられる。


 普通なら直感に反することであり、ガイモンが単純かつ浅慮だったため、あの場でデュリオの言葉が信じられたわけだが、本来なら『辻褄は合うがありえない』とするのが普通だ。


 少なくとも、書類を見ただけでその答えに達することは、ほぼ不可能に近い。


 要するに。


 この監査部の男のデュリオもまた、アグリの知り合いであり、年下であるアグリをさん付けで呼んでいる辺り、『それ相応の過去』があったのだろう。


「あるじの付与魔法はトチ狂った性能だからな! そう思うのも当然だぜ」

「とはいえ、アノニマスの解体そのものは、間違いではなかったと思いますが」


 デュリオはメガネのブリッジを推しつつ、そう言った。


「まあ、俺もそこは認めるよ」

「俺様の調査が正しければ、アノニマス所属の冒険者の内、過半数は指名手配犯だからな!」

「はっ?」


 デュリオの表情が困惑交じりなものになった。


「ギルドと冒険者の間の取り決めで『素性を明かさない』のはいいとしても、それは監査部相手には通用しないからね」

「ギルドへの報告はせず、監査部だけがその中身を知ってる。そういう状態になるが……まあ、指名手配犯が何人もいたら、そりゃ『ヤバいレベルの調査』が必要になるからな。解体したことそのものは別に悪い判断じゃねえぜ」

「もっとも、解体当日の朝に言われて部署がなくなったから、『事前通達義務』をしてないのはそもそもマナーにもルールにも違反してるけどね。そこだけはダメだと思うけど」

「……」


 デュリオの頬が引きつっている。


「……ある意味、アティカスがアノニマスを解体したことで、ウロボロスとしては『首の皮一枚繋がった』と言ったところですか」

「指名手配犯の所属が発覚した場合、全ての業務を止めて調査する必要があるし……そうなったら、どのみち業務ができずに、莫大な違約金や賠償金を払う必要が出ていただろうね」

「アノニマスを解体したら効率が低下。アノニマスを残してたら業務が停止。それなら追い出した方がマシだわな」


 何もできないよりは、何かできる方がいい。


 この二日や三日でウロボロスが払った賠償金や違約金の量はかなりのものだが、もしも業務が停止していたら、そのままギルドが潰れていた可能性もある。


 業務が停止という事は、金の受け取りもままならない。


 ガイア商会に払われた金貨5000枚や、多額の低金利の借金を含め、多くの資金がガイア商会からウロボロスに渡ったが、それができない可能性もあった。


「……なんだか、アティカスが凄く、有能な男に見えるけど」

「冒険者としてなら実際有能だよ。エースパーティーのリーダーを務めてたからね」

「……会長の息子だからではなく、実力でその座を勝ち取ったの?」

「集中力が強化されていたのは全員が同じ。その中で勝ち取っていたね。戦闘力も高いよ」

「へぇ……」


 アーティアは笑みを浮かべた。


「そういえば、アティカスはどうなったの?」

「アノニマスの本当に解体時期がバレて、ウロボロスから追放。親からの縁を切られました」

「じゃあ、今は冒険者じゃないのね? それなら、私が部下として雇ってこき使うという方法もあるけど……」

「まあ、流石に冒険者に対して執着はあるはずだ。そう言った人間を兵士として抱えるのは、問題を招きやすいし、悪手だね」

「わかってるわ」


 アーティアはつまらなさそうだが、冒険者に対して執着のある人間を抱えても仕方がない。というのは事実である。


「……そういえば、ウロボロスはこれから大丈夫なの?」


 アーティアはデュリオを見る。

 デュリオは少し考えたが……。


「ここから数年は軌道に乗るでしょう。ただ、そこから先は落ちていくでしょうね」

「何が分かったの?」

「冒険者と言うのは、『市場に対して刺激を与える』ことが求められるのであって、『市場の言いなりになる』ことは求められないはず。ただ……『今からでも利益になると分かりやすい事業』ばかり手元に残しています」


 資料の内容を思い出しつつ……


「投資先をみれば一目瞭然でした。端的に言うと、『人』ではなく『設備』に投資しています。『企業戦略』という点で見れば正しいですが、『冒険者ギルド』と考えると、高ランクの人材が現れにくいので後が暗いですね」


 アグリはデュリオの説明を聞いて、『まあ、プロスポーツ事務所が、トレーニング機材を一切買わずに、広告と物販にかまけてるようなもんだよなぁ』と思ったが、世界が違うので言わなかった。


「……冒険者ギルドを金儲けのために使うってこと?」

「それが悪いとは言いません。しかし……そもそもヘキサゴルド王国は千年の歴史がありその規模も巨大です。冒険者の数も多く、物がかなり溢れている。そんな中、『最強』を示すことはアピールになりますが、『最大』であることはアピールポイントとして弱いんですよ」

「まあ、雑誌とか新聞とか、冒険者関連を見ても、『冒険者個人の圧倒的な功績』を載せたものの方が、売れ行きがいいのはデータとしてみんな持ってるからね」


 経営者として間違ってはいない。

 何事においても金は大切だ。


 だが……それを優先すると、『冒険者ギルド』として大きくすることはできても、大きく紙面を飾ることはない。


 大きいだけで、そこまで強くない、中堅どころの冒険者が集まった組織。


 そんな印象を持たれるのだ。


「……はぁ、これからどうなることやら。まあ、ウロボロスに関して細かい部分はこの辺りで良いとして、本題に入りましょう」

「本題?」

「ええ」


 アーティアは笑みを浮かべた。


「アグリ。あなたには、『他の冒険者を支援することを目的とした、公認ギルド』を作って欲しいの」

「……はっ?」


 アーティアの言い分を理解できず、アグリはとぼけた表情になった。

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