第23話 アーティア軍団VSハイオーガ軍団

 アーティアに襲い掛かったハイオーガが蹴り飛ばされて地面に転がった。


 この時点で、『やってきた奴らは何かがおかしい』ということに気が付いたのか、傍の小屋からゾロゾロと出てきた。


 全員がハイオーガとしての姿を晒しており、幻惑結界を張っていることもあり、


「第二王女が来るからとおもてなしするつもりだったが、どうやらお転婆姫だったようだな」


 ひときわ大きな赤鬼が姿を現し、手に持った太刀を鞘から抜いた。


「あら、お転婆姫だなんて行儀の良い評価は結構よ?」

「随分余裕じゃねえか」

「そうよ? 十分な戦力を揃えてきたから」

「はあ? 状況が理解できてねえのか? この軍団相手に、AランクとBランクを一人ずつ連れてきた程度で、どうにかできると思ってんのか?」

「……それは誰の情報かしら」

「派手に出発だったそうじゃねえか。馬車の透視や解析魔法で見れば一発だ。通信魔道具ですぐに来たぜ。セラフィナとユキメだったか? そいつらが馬車に乗ってるのは聞いてんだよ」

「へぇ……」


 アーティアは指を鳴らした。


 すると、馬車からセラフィナ、ユキメ、サイラス、ジャスパーの四人が降りてくる。


「おや? ……ああ、なるほど、女性しか俺に伝えなかったのか。まあ、男なんぞ知らされてもどうせ殺すだけで面白くねえし、どっちでもいいか」

「あなたも、随分余裕ね」

「俺達は単なるオーガじゃねえ。さらに上級の、『ハイオーガ』だ。全員がAランク相当の実力で、しかも俺は、五年前、Sランク冒険者を生け捕りにしたこともある」

「五年前に、Sランク冒険者?」


 セラフィナが反応した。


「……ま、まさか、シウリアさん?」

「ん? 知り合いか?」

「紫色の髪で、槍を持っていたはず」

「あー。何かいたような……どうなったっけ? アイツ」


 リーダーのハイオーガが隣の個体に聞いた。


「あー、確か、実験で壊れたから捨てたって聞きましたけど」

「お、お前たちが……」

「いや、俺は命令通り動いただけ。命令したのは、お前の親父だぜ?」

「なっ……」

「……」


 ジャスパーが険しい顔をして黙っている。


 彼は嘘を感知する魔法が使えるため、嘘ならそれを指摘しているだろう。


 彼らの言い分は全て事実なのだ。


「……ブルマスのリーダーの前任者だったかしら。それで、死体はどうしたの?」

「さあ?」


 ハイオーガが首を傾げた時……。


「……あるじ、そろそろ出ようぜ」

「そうだね」


 馬車から声が聞こえて、アグリとキュウビが出てきた。


「うおおおおおおっ!」

「とんでもねえ上玉じゃねえか!」

「捕まえて服を剥いちまえ!」

「最初は俺だからな!」


 一気に沸き立つハイオーガたち。


「遠慮もクソもないね」

「俺様は『外見至上主義ルッキズム』だから気持ちは分かるけどな」


 あきれ顔のアグリと、気持ちが分かるとは言いつつも嫌そうな顔のキュウビ。


「で、シウリアさんの話か。彼女なら、遺体が町の近くのダンジョンに捨てられてた。火葬して、骨は壺に入れて、墓地に埋めたよ。それでいいかな?」

「……わかりました」


 セラフィナは頷いた。


「……」


 ユキメの表情は基本的に変わらない。

 だが、今は、分かるほど、憤怒が混じっている。


「出てくるタイミングは任せたけど、なんで今、出てきたのかしら?」

「死人に対して正確な情報は伝えられるべきだからね」


 そう言って、アグリは腰から刀を抜いた。


「ほう、嬢ちゃん。良い刀を持ってんなぁ。そんな細腕で振れんのか?」

「155センチで43キロなんだ。後は察してほしい」

「はっはっは! そんなんじゃあ――」

「ああ」


 アグリは振り下ろす。

 次の瞬間、三日月の様な形の斬撃が刀から飛び出て、リーダーを襲う。

 慌てた様子で太刀を振り、斬撃を弾いた。


「ぐおお……」


 太刀にヒビが入り、腕がかなり痺れた。


「君たちを真っ二つにするくらい、出来るよ」

「調子に乗るな。今のは不意打ちだったから……」

「へぇ、最初から戦うつもりだったのに、予備動作が見えなかったんだ」

「テメェ……」


 煽るアグリ。

 それに対して、リーダーのハイオーガは額に筋を浮かべた。


「おい、お前の名は?」

「アグリ」

「そうか。アグリか……俺の名はグローム。このハイオーガ軍のリーダーだ。お前は、俺が捕えてやる」

「捕まえる……か。そんな余裕があるといいね」


 アグリは刀を構える。


「アグリ。グロームはあなたに任せるわ」

「任せるって、どの辺まで?」

「全部よ」

「わかった」


 ハイオーガの中でも、グロームの実力はかなりのものだ。


 そもそも、五年前の時点でSランク冒険者を生け捕りにしたと考えれば、その時よりも強くなっている可能性はある。


「俺様はどうすっかな」

「キュウビは皆に加勢して」

「よっしゃ! 任せとけ!」


 敵の戦力があらかじめわかっていなかったため、どうするか迷っているキュウビだったが、アグリに言われて元気に頷いた。


「はっ、確かにお前は強いかもしれねえが……ハイオーガはそもそもAランク相当。そんな戦力で勝てると思うなよ!」


 グロームが太刀を構えて突撃する。

 それに合わせて、アグリも突撃した。


「うーん……流石ハイオーガ、魔法に対する耐性も高いな」


 突撃しながらそんなことを言うアグリ。


 集中力強化をうまく使ってグロームの集中先を固定しようとしたようだが、上手くいっていないようだ。


 耐性がなければ、気付かれず掛けられて抜けられないのがアグリの付与魔法である。


 しかし、『ハイオーガ』という種族は、敵からの付与魔法を受け付けない耐性を獲得しており……限度はあるだろうが、『隠れてバレないように仕込む』と言う、強度が低い付与であれば受け付けないようだ。


「……まあ、問題もないか」

「さっきから何をゴチャゴチャと!」

「秘密だ」


 上から振り下ろされる太刀。

 それを、刀で捌いて、そのままグロームの左胸に突きを放つ。

 グロームは強靭的な体幹とバネで後ろに跳んで、突きを捌く。


「チッ……」


 下がるグロームに対して、アグリは刀を振る。

 そこから飛ぶ斬撃が放たれて、的確に急所を狙う。


「クソがっ」


 太刀を振って斬撃を破壊するが、腕が痺れる。


「に、人間にしてはやるじゃねえか」

「すごいだろー」

「棒読みかよ。ふざけんじゃねえ!」


 グロームは太刀を構えて、次々とアグリに向けて振る。


 アグリはそれらの太刀筋を全て見切って、わざとギリギリで回避する。


 だが、そうであっても、アグリの髪の毛一本たりとも切ることは叶わない。


「な、なんだこの動きは……」

「ぐあああああああああああああっ!」

「!」


 叫び声を聞いて、グロームが横を見る。


 そこに広がっているのは、アーティアたちによって次々と圧倒され、地に付すハイオーガたちだ。


「な、なんだと!? 馬鹿な。Sランク相当の王女ならともかく、他の連中に負けるはずがねえ!」


 ナイフを振るうサイラス、ジャスパー、ユキメ。

 槍を振るうセラフィナ。

 レイピアを振るうアーティア。


 五人とも、紛れもなく、ハイオーガたちを圧倒している。


「やっぱり姉貴の力はエグイな」

「付与魔法一つでこれかよ。こりゃ世界観が変わるわ」

「体の隅々まで、戦闘に特化させることができますね」

「こんなに槍が軽いのは初めて」

「あはははっ! これは楽しい。本当に楽しいわ。あはははっ!」


 約一名、ものすごく元気になっているが、支障はない。


「……ふ、付与魔法?」

「そう、それ一つで、彼らの戦闘力は大幅に上がってる」

「そ、そんな魔法があるか! 舐めてんじゃねえぞ!」


 グロームの体の内側から、魔力が吹き荒れる。


「……それは」


 単に、意識的に全力になったというだけではない。


 強引に表現すれば『出力』だろうか。それが急激に上昇している。


「ククク……あんまりやりすぎると屋敷に影響が出るからよぉ。加減してたが、もう黙ってねえぞ!」

「そのスキル、『全力展開オールイン・タイム』か? おかしいな。一部のドラゴンしか持っていないはず」

「良く知ってんなぁ」

「……まあ、別に生け捕りにする必要もないか。倒せるときに倒そう。どうせ技術的な後付けでしょ? なら、研究成果さえ貰ったら分かる話だ」

「舐めやがって……」


 その、一秒後。


 グロームは太刀を構えて急接近し……その腹に、アグリの蹴りが入っていた。


「ごっ、はぁ……」

「……」


 おもわず声が漏れるグロームに対して、アグリは刀を振りかぶる。


「ぐっ……」


 アグリの刀を太刀で受けるが、また、腕がビリビリと痺れるほどの衝撃が発生。


「ぐっ、おおおおっ!」

「戦術的に価値がある『初手』がそれか。なら、君から得られるものはもうなさそうだね」


 そのまま刀を振りぬいて、グロームの体を弾き飛ばす。

 グロームは地面を転がって、ふらつきながらも立ち上がる。


「な、何故だ。このスキルで、俺は……」

「ああ、シウリアさんを捕まえられたのはそれを使ったからか……」

「よ、余裕こいてんじゃねえ!」


 グロームは太刀を振る。

 すると、刀身から、四本の鎖が出現。


「こいつは霊的な鎖だ。物理的な妨害は一切受け付けねえぞ!」

「アイツラが使ってた腕輪は、その太刀を解析して作ったのか。それはちょっと興味があるなぁ」


 向かってくる鎖。


「まあ、四本くらいなら……」


 刀を振る。

 物理的な妨害を受け付けないと自信満々であったが、刀が鎖にあたると、そのまま霧散して消えていった。


「……えっ?」


 強い弱いではなく、特殊な攻撃。


 防がれるとは思っていなかったようで、グロームはとぼけたような声が漏れた。


「……そういう鎖であろうと叩き壊せるようになる『素材』は、ダンジョンの深いところに行けば、手に入るもんだよ」

「……だ、ダンジョンの、深層?」

「この世界の全てのダンジョンは百層構造だ。十階層ごとに難易度と報酬が上がって……Sランクだと51から60辺りをウロウロしてるって聞いたけど……」

「お前の、活動階層は……」

「ご想像にお任せするよ。ただ、君みたいな『浅い階層』で物を集めて小細工しようと、深い階層で暴れられる奴にとっては不細工にしかならない」


 アグリは刀を構える。


「ま、待てっ!」

「どうして?」

「あ、アンタの忠実な部下になる! だから……」

「部下は要らない。相棒のキュウビがいれば十分」


 アグリは歩く。


「せっかくハイオーガっていう恵まれた種族にさせてくれた・・・・・・んだし、西の山脈の向こう、亜人領域に引きこもってればよかったのに、残念」

「――っ!」


 何かを言おうとしたグローム。


 しかし、それは叶わず、アグリが彼の首を斬り落とす。

 血ではなく魔力が溢れて……多くの金貨が吹き荒れて、残りは塵となって消えていった。


「……みんなも終わったみたいだね」


 五十人いたハイオーガ部隊だが、壊滅していた。

 そもそもモンスターであり、倒すのに抵抗はない。

 金貨を残して、彼らは跡形もなく消えていった。


「フフッ、『全力展開オールイン・タイム』と言ったかしら、それをグロームが発動した時はどうなるかと一瞬思ったけど、杞憂だったわね」

「……まあ、あのくらいならね」

「よーし! じゃあ、連れてきた兵士で家宅捜索だぜ!」


 キュウビが元気よく宣言し……。


「家宅捜索? それは困りますねぇ」

「!」


 アグリは上を見る。


 ……一見、誰もいない。


「擬態……そこか」


 刀を振って、飛ぶ斬撃を放つ。

 声がした場所を的確に狙い……何かに斬られて、霧散した。


 それと同時に、擬態が解ける。


 そこに居たのは、一体のドラゴンと、それに乗る男性だ。


 ドラゴンだが、かなり透き通った身体をした特殊な種族である。

 それに乗る男性は、メガネをかけているが、他は薄ら笑いを浮かべているだけで、特筆すべきものはない。


 そんなドラゴンが、幻惑結界の中に入り、アグリたちの前に降り立った。


 男はドラゴンから飛び降りて地面に立つと、メガネを外してスーツの中に入れる。


「さて……テボロがどうやって負けたのか気になっていたが、貴様の仕業か。君の様に美しく、強い少女を見るのは初めてだよ」

「アンタは、ガイア商会会長のビエスタだね」

「……私を知っている? メディアに露出したことはないはずだが……」

「何処で知ったのか。それって今、重要?」

「……重要ではあるが、緊急ではない」


 ビエスタの体を魔力が覆いつくす。

 そして……。


「さて、ハイオーガの部下が拍子抜けな結果に終わったことを謝罪しよう。ただ、保管庫をおさえられるのは許容できないのでね」


 体格は、先ほどまでと変わらない。

 ただ、頭部には角が生えている。

 その下で、強い瞳が冒険者たちを射抜く。


「ここからは、『ハイエストオーガ』である私が、相手をしよう」

「王都ではその姿を見せなかったのに、ここでは遠慮しないね」

「幻惑結界が使えるからだ。王都でこんな大規模なものを使えばまず間違いなくバレる」

「なるほど」


 アグリは刀を構えて、ビエスタは真っ黒の剣を構えた。

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