第22話 ルレブツ伯爵邸
馬を四頭使っている馬車は速い。
ただし、歴史が千年もあるヘキサゴルド王国はその広さも広大だ。
輸出能力の強化と言うのは、地道な調整の元で強化されていくものであり……例えばベアリングなどの軸受けが開発されないと、革新的な進歩はない。
完成形を知っていても、その製造過程がわからないことなどいくらでもある。
要するに。
伯爵邸がある町に着くころには、『もうそろそろ夜になる』と言える時間になっていた。
「思ったより時間がかかったわね」
アグリの肌を堪能してとても気分が良さそうなアーティアがそう言った。
「アーティアちゃんは王都だけで大体やりたいことができるからな。そもそも今回だって、名前だけ貸してくれてもよかったんだぜ?」
「楽しいイベントに呼ばれないのはつまらないわ」
「……アーティア様って、すごく、活動的なんですね」
「あら、セラフィナ。冒険者として活動しているあなたがそれを言う?」
「まあ、何でもいいんですが……」
「なら、入りましょうか」
門で手続きをしているが、通れるか通れないかではなく、単なる記録だ。
王族を妨げる権限は門番にはない。
王族である証明をするためのアイテム……といっても指輪などのアクセサリーは持ってきているので、証明も簡単だ。
「……手続きが終わったみたいね。このまま伯爵邸まで一直線に行って……どうするんだったかしら?」
馬車の中にいる冒険者たちはコケそうになった。
「作戦、聞いてなかったの?」
「全神経を集中させてあなたに触れていたから」
「使うべきタイミングを間違えているセリフナンバーワンだと俺様は確信してる。異論は認めん。でまぁ、端的に言えば、『よからぬことを企んでいる報告が来たから調べさせろ』ってことだな」
「第二王女としてですと権限的に少しギリギリなところはありますが……」
疑わしきは罰せず。
アーティアが女王であれば何も考えず踏み込んで問題はないが、『第二王女』であるうちは、それは通らない。
加えて、アーティアの支持基盤は一部の冒険者たち。
今の世界は『
貴族や商人から自ら距離を取っているのがアーティアであり、『国内の権力闘争』において強くはない。
権力闘争に足を踏み入れた弟や妹たちの方が、少なくとも王城において発言力が高いタイミングもあるくらいだ。
……まあ、アーティアは弟や妹たちのみならず、兄や姉が相手だろうと『こんな感じ』だが。
彼女を止められる家族は、国王の第二夫人である実の母親だけである。
そういう『政治力』と言う意味で、ギリギリだ。
「まあ、ギリギリだけど、『強引に踏み込む気がある』と主張することが大事だ。敵さんは色々抱えているわけで、踏み込まれたら困るからね」
「……姉貴。なんか歯切れ悪いな」
「……いやぁ。そこまで頭が回るような人たちには感じられないんだよなぁ」
そもそもここまでの流れで、伯爵邸にも多数の擬態モンスターを潜ませていることは考えられる。
加えて、伯爵邸が『本拠地』であると考えれば、伯爵本人の思惑はどうあれ、警備などの役職は完全にモンスター側、ガイア商会にくわれた状態だ。
「……大通りの店、大体がガイア商会だな」
「最新式を揃えていますが、反面、値段にも容赦をしない設定みたいですね」
ジャスパーとユキメが窓の外から町を見て感想を言う。
本格的に、ガイア商会の『企業城下町』と言って良いほどの規模だ。
「ルレブツ伯爵家がつないできた力を、吸い上げる為のシステム。ということですか……」
そもそも権力者の仕事は、『許可』と『規制』だ。
適切な能力を持つ者に許可を与えて、領の不利益となるものに規制をかける。
人間、悪いことを考えれば、いくらでもあくどい商売は出来るし、汚い金をいくらでも稼ぐことができる。
しかし、それがまかり通ると、正常な市場を維持することができない。
当然、悪い事には規制をかけるわけだ。
その反面、『汚い稼ぎ方への規制の解除』も権力者には可能。
その解除の裏には、一部の者にとっては甘い蜜がたくさん詰まっている。
「伯爵はこの町で、ガイア商会による汚い稼ぎ方への規制を解除してきた。だからこそ、大通りがこんなことになるわけだ」
アグリも窓の外に広がる光景を見て、呟いた。
最新式のアイテムをいくつも並んだ大通り。
しかし、値段が高すぎる上に、ガイア商会くらいしかまともな商品を揃えていないため競合がいない。
『金がたまったら来てくれ、それまでは細々とそっちでよろしく』
そんな思想が透けて見えるようだ。
裏路地に入ればどんな抗争を目にするかわかったものではない。
そんな喧騒がありそうな裏と違って、大通りには活気がない。
夜が近いから、というだけでは説明できないほど、人がいない。
そもそも王族が通るのは珍しい事であり、多少は興味を持つのが人間だ。
外に出てくるかはともかく、カーテンくらいは開いていそうだが、その様子もない。
「あ、門についたみたいだな」
馬車が伯爵邸の門についた。
ただ……兵士が、門番相手に手こずっている。
王族がいるという事の証明は、兵士に持たせている装飾品で可能なはず。
それでも通れないという事は……。
「はぁ……」
アーティアは溜息をつくと、馬車の扉を開けて降りる。
勝ち気な姫。というカテゴリとして抜群のルックスとスタイルをしているアーティアが姿を現し、空気が一変する。
そして、門番のところに行った。
「あなた」
「は、はい……」
「私がそこを通りたいのは事実だし、強引に通ってもいいんだけど……伝言を頼むわ」
「で、伝言ですか?」
「ええ」
アーティアは楽しそうな笑みを浮かべて……。
「『幻惑結界の準備が終わるまで待ってやるから、さっさとしろ』……こう伝えて来なさい」
「はっ? げ、幻惑、結界?」
「とぼける必要はない。あなたは門番であり使者。あなたの仕事は伝えることであって考えることではないの」
「し、失礼しました!」
門番の内の一人が、中に走っていった。
「あの門番って……」
「まあ、擬態モンスターだろうね」
「しっかし、擬態を使う俺様にも初見でわからねえな。自分が使うんじゃなくて他人に与えるとなると、相当な何かを控えてる可能性があるぜ?」
「アーティアがその罠ごと食い破る気だし、俺達はそれに乗るしかないんだよねぇ」
「強烈ですね」
ユキメはため息交じりにそう締めくくると……伯爵邸の敷地を覆うように、ドーム状の結界が構築された。
「あら、出来たみたいね。それなら入りましょうか」
「えっ?」
残った門番が声を漏らすが……。
「ここまで待ってあげたのよ? これ以上、待つ義理はない」
そういって、アーティアを先頭に、兵士たちと馬車が中に入っていく。
……全員が入った瞬間だった。
「さあ、良い子は寝る時間だあああっ!」
身長二メートルを超える赤鬼が、バチバチと放電する『麻痺魔法』が付与されたサーベルを手に、アーティアに接近。
「それは、麻痺魔法ね? 私はクソガキだから、そういうのは遠慮するわ」
腰からレイピアを引き抜くと、真横に一閃。
それだけで、サーベルが根元から斬り落とされる。
「なっ……」
驚いている赤鬼に対し、アーティアは獰猛な笑みを浮かべて腹に蹴りを叩き込む。
「がふっ……」
蹴りを入れられた赤鬼は吹き飛んで、屋敷の庭を転がっていく。
「はははっ! 私がAランク冒険者相当と考えていたかしら。それは四年前の話よ? 今はもう一つ上だから、遠慮なくかかってきなさい」
明らかに悪者がするような笑みを浮かべて、アーティアは煽った。
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