第21話 馬車の中。アグリの外見の理由。

 明らかに『王族が乗ってます!』という自己主張の激しい豪華な馬車。


 引っ張るのに馬が四頭も必要な大型のものであり、なんと、中には『コ』の形をしたソファが置かれている。


 ソファにこだわりすぎてテーブルは置けなかったが、ちょっとした会議ならばこの中でも済ませることができるレベルだ。


 そんな馬車に、アグリ、キュウビ、アーティア、サイラス、ジャスパー、セラフィナ、ユキメが乗っている。


「あ、あの、アーティア様?」

「セラフィナ。どうしたの?」

「アグリさんは男ですよね。あの、くっつきすぎでは?」


 そう、アーティアだが、アグリに抱き着いてなでなでしていた。


 アグリは特に抵抗せずに資料を読んでいる。


「そうね。で、それが?」

「それがって……」

「このスベスベの肌に綺麗な白髪。堪能できることなんてほとんどないのよ? すごく良い匂いがするし」

「そこは俺様の化粧品開発の賜物だぜ!」

「キュウビさんかよ!」


 馬車の中で元気なキュウビとジャスパー。


「……あの、馬車の中でそんな大声出して大丈夫ですか? 周りの兵士が驚きますよ?」


 ユキメが馬車の外に目を向けているが……。


「大丈夫よ。その程度は慣れてるわ」

「それはそれでどうなんです?」

「フフッ……まあ端的に言うと、アグリへの信用度は高いのよ。兵士たちを見て思わなかった? 装備の質が高いって」

「まあ、それは……」

「連れてきているのは私兵よ。その維持や管理も私の裁量だけど、本来なら、あそこまで用意することはできない。ただ、アグリが資金と素材を提供してくれてね」

「……そういう経緯か」

「兵士たちへの給料も十分な額を払えるし、私の様な美少女に仕えることができているから、モチベーションも十分よ」


 ルックスを自画自賛するアーティアだが……。


「姉貴は馬車に乗るまではフードを被ってたけど、兵士たちにちょっと顔を見せたらめちゃくちゃ喜んでたけどな」

「あー。確かに、セラフィナちゃんやユキメちゃんを見た時より、兄貴の顔を見た時の方が喜んでたもんな」

「「「……」」」


 サイラスとジャスパーの余計な茶々に、アーティア、セラフィナ、ユキメが黙った。


 アーティアは勝ち気な王女として。

 セラフィナは貴族の御令嬢として。

 ユキメはクール系として。


 それぞれ、かなり整ったルックスと抜群のスタイルの持ち主だ。


 しかし。

 そう、しかしだ。


 そんな三人が乗り込むときよりも、アグリが顔を出した時の方が、兵士たちがめちゃくちゃ喜んでいたのである。


 神秘的な絵画から飛び出してきたような美しい顔。

 妖しい月光の様な、危険な匂いのする長い白髪。

 ありとあらゆる光を反射し輝く真っ白い肌。


 どれをとっても、外見の完成度が高い。


 体も細く、肩幅も狭い。

 胸が一切ないが、一応、男なので……。


「てか、何をどうすればこうなるんだ?」

「ん? ああ……」


 キュウビが説明し始めた。


「俺様はあるじと付き合いが長くてな。もうかれこれ十年以上だぜ」

「まあそれくらいだね」

「何度も言っているが、俺様は『外見至上主義ルッキズム』だからな。当然、近くにいる人間の外見は整っている方が良い。しかし、俺様は別にあるじから離れようとは考えてなかった」


 昔を思い出しながら話すキュウビ。


「そして俺様は思いついたのさ。あるじを美少女にすればいいと!」

「そうはならんやろ」


 ジャスパーがツッコむが、キュウビはドヤ顔だ。


「そこからはまあ、それ相応に苦難が続いたが、いろいろな薬を手に入れて、あるじに盛りまくったのさ!」

「キュウビさん!?」

「いや、あるじの身体能力が高いのはその薬の影響でもあるからな。ただ外見をよくするためだけにそんな薬を使うことはないぜ」

「……」

「とまぁ、そんな理由で、俺様の浪漫と欲望と本能の結晶が、今のあるじってわけだ!」

「血と汗と涙は?」

「流したかもしれねえけど覚えてねえな!」


 ドヤ顔のキュウビ。


「……ていうか、キュウビさん。なんか絶好調だな。何かあったのか?」

「いや、その、なんつーか……」


 キュウビは苦い顔になる。


「最近さ、奴隷イベントだの、違法薬物だの、擬態モンスターだの、いろいろあるだろ?」

「まあそうだな」

「俺様は『外見至上主義ルッキズム』で、外見に関わる薬を調合しまくってて、キツネ型モンスターでいろいろ化けれるからな。ちょっと最近の事件は聞いてて耳が痛いんだよ。なので気分を上げるためにこんな話をしてるのさ!」


 ブルマスを利用した性奴隷イベント。

 柴欠病やグレイスハーブなどの違法薬物。

 研究され、多くのモンスターに与えられた擬態技術。


 いろいろなことがガイア商会で行われている。


 そんな中、キュウビは『外見至上主義ルッキズム』であり、アグリの外見を『美少女』にするために薬の開発を続け、キツネ型の上位モンスターなのでいろいろ化けることも出来る。


 別にキュウビは人に迷惑をかけているわけではない。

 そして、迷惑をかけない以上、思想は人それぞれで何も問題はない。


 だが、最近、自分の主義や思想の範囲で、人に迷惑をかけまくっている奴が多すぎて、話を聞いていると耳が痛いのだ。


「……でも、思想と行動は別では?」

「まあそりゃそうなんだが……」

「姉貴はどう思う?」

「ん? ああ……別に、迷惑をかけてないなら、悪いと言われることをしても問題はないと思うよ?」

「例えば?」

「……昔、ある女性が居てね。真っ直ぐっていうか潔癖と言うか……そう『嘘を付く人は大嫌い』って口から出るような人だった」

「ほうほう」


 キュウビは頷く。


「その人の旦那さんが小説家だった」

「フィクション書いて金儲けしてる人と結婚してるのに、『嘘が大嫌い』なんて言ってたのかよ!」

「世の中そんなものだよ。思想の良し悪しなんて考えても無駄さ。どちらかと言えば、それを社会が受け入れられるかどうかが問題だと思うよ」

「うーん……」

「国のスケールで変わる話だ。食べ物の生産に困っている国で『暴食』は罪だけど、この国でそんな話は聞かないでしょ?」

「まあ穀物を輸出してるくらいだからな」

「そう言う話。ただ……」


 アグリは資料から目を放した。


「今回、ガイア商会がやってることを、この国の社会は受け入れられない。だから、彼らは悪い。キュウビは迷惑をかけてるわけじゃない。だから良い。そう言う話だよ」

「じゃあ私がアグリに抱き着いてナデナデするのは?」

「……」


 アグリは黙って、資料を読み始めた。


「姉貴は地雷の察知が上手いな」


 サイラスの呟きに、全員が心の中で納得した。

 地雷扱いされたアーティアの心境は……まあ、特に変化はないだろう。なでなでしているので。

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