第107話 宝の真の姿。そして、『氷越竜ラン・ジェイル』

 赤い鱗を輝かせ、竜巻を纏うように空を飛ぶ竜。


 災冥竜テラ・ディザス。


 その存在が天に吠えただけで、空が曇り始める。


 あまりにも圧倒的な存在感であり、本来ならば、人間が対処できる相手ではない。


「凄まじい力だが……ま、こっちもやれることはあるんだぜ」


 キュウビは、黒い杖を取り出した。


「キュウビさん。それは……」

「こいつの名前は『ブラック・ナーヴ』……協会本部の『宝』だ」

「それで全員に70層に挑める力を付与ってことか?」

「そんなわけねえな。そもそもあのドラゴンは、70層に挑めるくらいの強さで戦える相手じゃねぇ。それに、いきなり『実力』そのものを弄ったら脳が対応できない。『身体強化』の技術だって、それ相応の集中力が求められるからな」

「じゃあ、一体何を……」

「あるじから預かってるのさ」


 キュウビは、青い宝石を取り出す。


「それ、強化アイテム」

「その通り!」


 キュウビは杖の先端についている装飾の、窪みに宝石をはめ込んだ。


「そんなピッタリ入る窪みが……って、えっ?」

「黒い杖が、黄金に……そんなことがあるのか」


 ブラック・ナーヴが、黄金に輝きだした。


「さあ、ランちゃん。出番だぜ!」

「ぴぃ?」


 空が曇り始めたあたりで起きていたランだが、だからどうしたという話だろう。


「金貨は……百枚か。よし、いくぞ!」


 キュウビが金貨が入った袋に杖を突っ込むと、金貨が投入される。


 杖が輝くと、光がランを包みこんだ。


「ぴっ、ぴいいっ!」


 姿は変わらない。

 だが、ランの中で何かが起こったようだ。


「ランちゃん。身につけたスキルを使うんだ」

「ぴいいいいいっ!」


 ランが元気よく叫んだ。

 すると、ランの体に魔力が出現し、体を覆う。


 どんどん大きくなり……。


「バオオオオオオオオオオオッ!」


 アグリたちが戦った巨大な氷竜。『氷越竜ラン・ジェイル』に変わった。


「な、なんだこりゃ」

「この杖の本当の力は、モンスターに『全盛期の姿を取り戻すスキル』……『黄金時代ゴールデンエイジ』を与えることだ。ランは一度、巨大な姿になったことがあるから、その記録を引き出して、完全に再現できる!」

「なかなかエゲツねえスキルだ。ていうかスキルか。そりゃ人間には無理だな」

「人間は魔法を使える代わりにスキルが使えない。モンスターはその逆だからね」

「キュウビさんを取り込んだ姉様のように、例外はありますけど」


 ラン・ジェイルが、翼を広げて、大空に飛んだ。


「ほう、あの時よりも速いな」

「あの時はマジで生まれたばっかりだったからな。それに、今は変態たちに追われて飛ぶ訓練を積んでるから、デカくなっても速いぜ」


 別にこの時のためにユキメたちの変態レベルが上昇していたわけではないが、結果論である。


「ふむ、何故止めなかったのか疑問でしたが、そう言う意図もあったと」

「ユキメもそうだと思うけど、アタシも、キュウビさんなら何か企んでるとは思ってたけどな」

「いや、止めたら止めたでめんどくさいことになるでしょ君たち」


 本部の『宝』にしても、その強化アイテムにしても、見た瞬間に『どういうアイテムなのか』は分かっていた。


 それに、ムガリア陛下が『エリオットが宝物庫に収めたアイテムは『宝』に関係している』と言っていたし、ダンジョンから獲得できる『宝に関係あるアイテム』は限られるため、まったく候補として出ていなかったわけではない。


 そのため、『ランが全盛期の力を使える可能性』は決して低くなかった。


 それに向けて、変態から逃げることで飛ぶ力を鍛えていたのは、あくまでも『いろいろな企みの中の一つ』ではある。


「まあそれはそれだって、かいちょーも止める様子はなかったし、都合がいいから調子に乗ってたんだよ。な? ユキメ」

「もちろんです」

「……手遅れであって馬鹿ではない。か。なるほど」


 アティカスは狐組への理解が深まったようだ。


 ……ちなみに、まだアティカスは、変態度合いが周囲よりも低い。


 その最も大きな原因は、『シェルディが配るカードを使わずに回収すること』の報酬として、アグリがムーンライトⅨにある『教会』で女神になった姿を見ていないからだ。


 あの姿を見たことで変態レベルが上がってはいけないくらい上昇したメンバーは多い。


 今回の酒場も女神スタイルだが、アティカスはあくまでも、『実物』は見ていないのだ。


 その違いはとても大きい。多分、きっと。


「さて……あの時はあるじが抑え込んでたが、どれくらいの実力なんだろうな」


 キュウビが見上げる。


 その先では、ラン・ジェイルが口に冷気をため込んでいた。


 それを、天に向けて、一気に解き放つ。


「うおっ、すげえ範囲だ」

「いや、それどころではない」


 天が、凍る。


 テラ・ディザスの出現によって曇り始めていた空が、凍る。


 次の瞬間、パキッと音が鳴ったと思ったら、空が砕け散った。


「存在だけで空を曇らせるのもすごい力ですが、その空を凍らせてバラバラに……」

「しかも、雲が追加で出てこねえな。空にブレスを出すついでに、『何かやった』らしい」


 ユキメが驚愕し、ベラルダは呆れた表情になる。


「さてと……ドラゴン大決戦になりそうだが、俺様達もやる事やろうか」

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