第106話 置き土産。
「あの酒場の地下。どうなってるんだろうな」
サイラスは呟いた。
場所は、酒場『ルルティマ・ソスタ』の近くである。
平原の中にポツリと立った酒場を、フードの下から静かに見ている。
「さぁ……俺様は、『入ってきた奴を完全な傀儡にして送り返そう』って提案したけど、どんなふうにそれを実現するのかはあるじ次第だからなぁ」
「演者としてみれば『上書型』ともいうのかな。『集中力強化』によって全くの別人になるほどの」
キュウビとマサミツも、気になりはするが、ここで『余計なこと』をするのは大変危険だ。
「アタシはあんま興味ねえな。かいちょーが前にやってて女神スタイルだろ? あんな感じよりも、シャツとスキニージーンズの普段着の方が好きだな」
「ということは、ベラルダさんは普段から興奮してるってことですか?」
「当たり前だろ」
ユキメの指摘に頷くベラルダ。
「……俺、アグリさんのスーツ着用が一週間って決まって、ベラルダさんが大喜びしてたって聞いたけど」
アティカスが余計な茶々を入れた。
「順位の話だ。アレはアレで良い」
「今回の女神スタイルは?」
「四位かなぁ……」
「一位は普段着として、二位は?」
「えーと、一気にいうと、一位が普段着、二位はナース、三位はスーツ、四位が女神だ」
「姉様がナースになったことがあるんですか!?」
「アレはアレで天使みたいだったぞ」
「そうだな。僕もよく覚えている」
「写真は?」
「いや、俺がユキメにやった写真集にあっただろ」
「チッ、新しい写真があると思ったのに」
「黒いねぇ」
「違いますよ。腹の中が黒いんじゃなくて頭の中がピンクなんです」
「無表情で言うな」
ちなみに、時代……というか、世界錯誤なパイプ椅子に座って話している。
何かと便利なので、人里離れた場所でアレコレ言い合うときは使っているのだ。
話しているのは、キュウビ、サイラス、ユキメ、マサミツ、ベラルダ、アティカスである。
アンストから三人、ムーンライトⅨから二人だ。
「そういや頭の中がピンクっていうと、ここに来るときにブルマスの傍を通ったけど、凄かったな」
「そうだな。セラフィナがメンバーを抑え込むので精一杯と言っていた。しかも、酒場で女神の相手をするのが部外者だから不満が凄いことになっている」
「各コミュニティで比べると、ブルマスは平均年齢が低いからな。姉貴のあのチラシを見て酔ってるんだろ。実際に会う以外でガス抜きさせねえと、どうなるかわからんなアレは」
「確かにな。あのあるじに会ったら、マジであるじがいないと生きていけない体になっちまうし、でもそのまま放置したらどこかで爆発するし……」
「アタシならかいちょー女神に合わせて、とりあえず性癖を一周させるけどな」
「性癖を一周ってどういう意味だ?」
「論理的な説明ができるわけねえだろ」
自分で言っておいてアレだが、ベラルダは鼻で笑った。
「というか一周で済むのか?」
「アティカス。お前その話に乗れるのか。成長したな」
「なんだろう。キュウビさんに褒められてもあんまり嬉しくない」
強引に名付けるならば『アグリ性癖圏』というものがあり、そこに訪れるかどうか、足を踏み入れるかどうかである。
今話しているメンバーの中で最も踏み入れているのは、マサミツがトップを独走している。
でなければムーンライトⅨの序列一位にはなれないのだ。というと何だか地獄でしかないが、割とこれが事実であり、狐組はそういうバランスの元で成り立っているのだ。
「……つーか、今更だけど良いか?」
「サイラスさん。どうしたんですか?」
「ランだけど、なんで俺の足で寝てんの?」
そう、ここにはランも来ている。
しかし、酒場で『あんなこと』が行われていることは理解しているが、今は会えない。
もうすでにお腹いっぱい氷菓子を食べた後であり、そうなると眠くなるのだ。まだ赤ん坊なので。
で、誰のところで寝るのかだが。
ユキメとベラルダは危険。
マサミツとアティカスは落ち着きが足りない。
キュウビは……特に理由はないがどうでもいい。
サイラスは一番落ち着きがある。
よって、彼の足の上で、ぐっすり寝ている。
「誰が良いかっていうよりは消去法で決まった気はするけどな」
「まあ、普段は姉貴のところだからな。それが一番だろうけど、それができない場合は全部消去法だろうし……なんかそう聞くとめっちゃ贅沢だな」
「何を今さら」
ムニャムニャすやすやと眠るラン。
当然だが、同じ男性でもアグリとはまるで感触が違うので、それも込みで体感中である。
ちなみに、悪くはないらしい。
「……しっかし、何も起きないな。『何かしら仕込んでるだろう』って判断で、俺達はここに居るわけだが……」
「このままだと、ラトベルトの部下が『宝』を支払っただけで終わるからな。流石にそれでアイツがことを済ませるとは思えんし、俺様だったら何か『置いてる』けどな」
サイラスとキュウビがそこまで話した時だった。
少し離れた場所で、ズボッと音がした。
全員が振り向く。
音が聞こえた場所にあったのは、『台座とそれに置かれた卵』だった。
「……あの卵。なんか見覚えがあるな」
「色合いは違うが、大きさと形が……なんか、ランの時と似てるぜ」
台座が光ると、何かのエネルギーが卵に流れ込む。
殻が割れて、中から、一体の赤く幼い竜が姿を現す。
「ぱ、ぱうぅ……ぱううううああああああああっ!」
さらに何かのエネルギーが流れ込んで、幼い竜の体を魔力が覆いつくす。
そして、その魔力が、どんどん大きくなっていく。
「ランの時はシェルディたちの『才能』を抜き取って、それを糧に制御してたと思うが……あの台座、似たような何かが仕込まれてるのかね?」
「可能性はあるな。しかも……」
マサミツは膨れ上がる魔力を見て、呟く。
「ここに居る全員で戦ったとして、勝てるかどうか怪しいな」
赤い竜が、その姿を現す。
竜巻を纏いながら空を飛び、赤い鱗を光らせながら、天に吠える。
「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
竜が雄叫びをあげると、空が、曇りだした。
「天候に影響を与えるか……キュウビさん。あのドラゴンは一体」
「うーん……」
キュウビの目が輝く。
何かしらの分析を使っているようだ。
「……『災冥竜テラ・ディザス』とある」
ため息をつく。
「相手にとって、不足ありだな」
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