第41話【ウロボロスSIDE】 紙面を飾るアティカスとガイモンの驚愕

 冒険者アティカス。


 ウロボロスを追放されたのち、フォックス・ホールディングスによってライセンスを発行。


 アンサンブル・ストリートに所属し、『蒼天剣イグザム』を獲得。


 その後、転移街にて第60層を突破!


 Sランク冒険者の適正階層が51から60とされる中で、この快挙。


 Fランクで再スタートを切った彼だが、このまま、Sランクへの昇格もあり得る。


 しかも、ロクセイ商会のカードを使わず。彼本来の実力で。


 今の彼は『全盛期』……いや、『それ以上』の成果を叩き出している。


「な、なんだこれは!」


 紙面を飾るのは、剣を腰の鞘に納めた、『とてもいい笑顔』のアティカスだ。


 どうやら、広場でダンジョンから持ち帰ったアイテムを見せている様子。

 アンストのルール上、自分で使わない物は『べレグ課』に渡すことになっている。


 ただ、アティカスの姿を見た『まだ冒険者ではない子供たち』の目がキラキラしているところも写真の中に映りこんでおり、紛れもなく、『影響力』を発揮している。


「ほう、頑張っていますね」


 自分も同じ新聞を読みながら、シェルディは感心したようにうなずく。


「何が『頑張っている』だ! 私はアティカスを冒険者にするなと、支部にも公認ギルドにも言いつけたはずだぞ!」

「その命令が絶対ではない相手もいる。ということでしょうね」

「な、なにぃ……」

「アティカス君にライセンスを渡したのは『フォックス・ホールディングス』……会長は『四源嬢』アグリ。このギルドの競争相手ですから」

「あのクソガキがいるところか! 大人しく私のコマになっていればいいものを!」


 自分にとって都合が悪い。


 そういう環境が、ここ数年は訪れなかった。


 アグリによって集中力が強化されたメンバーによって多くの稼ぎがあり、それによって莫大な報酬を得て、娼館に行けば肉と酒と美女が待っているような人生。


 高級娼婦となれば、金に対しては紛れもなく『プロ』であり、文字通り、ガイモンは夢を見ていたような気分だろう。


 だが、アグリが表舞台に出て来てから、上手くいかない。


 確かに、アグリを部下にすることができれば、完璧だっただろう。

 ……それを可能とする交渉材料を持っていないという、現実を無視すれば、本当に完璧だ。


 ただ、現実は、アグリがフォックス・ホールディングスを設立し、アティカスにライセンスを与えたことで冒険者になった。


「しかも、アティカスもアティカスだ」


 新聞のトップを飾るアティカス。


 そして、ウロボロスの冒険者は……。


「ぐぅ……ウロボロスで見込みのある冒険者は、確かに51層から60層。Sランクとして適正エリアで戦っている。しかし……60層のボスを倒さない限り、それより奥には……クソがっ!」


 ロクセイ商会から提供されたSランクカード。


 それを使えば、確かにSランク冒険者相当の実力を発揮できる。


 その適正階層は51から60であり、確かに、ウロボロスの冒険者たちはその間で戦っている。


 紙面では確かに、『最大の冒険者ギルドが、最高にも踏み出した』として記事も大きく出た。


 だが、アティカスはソロで、それをあっという間に超えていった。


「何故だ! アイツはAランク冒険者だったはずだ! 何故Sランクとして戦える! おかしいだろう!」

「……確かにおかしいですが、一番考えられるのは、武器の性能ですね」

「武器?」

「ええ、彼が今使っている剣、銘は『蒼天剣イグザム』となっていますが、写真からでもわかるほどの業物です。アンストには優秀な鍛冶師でもいるのでしょうかね?」

「ぶ、武器……それだけで、ここまで強くなったのか!」

「それだけではないでしょうが、確実にかかわっているでしょう」


 シェルディはもちろん、『それだけではない』と思っている。


 というより……。


(彼の振る舞いは、あの男に……エリオットによく似ている)


 アグリに接触することで最近思い出した、『とある冒険者』に、アティカスの今の振る舞いはとても良く似ている。


(憧れか? まあ……それで強くなる冒険者はいくらでもいる。60層を超える程度なら、才能さえあればたどり着ける。それは間違いない)


 考えられることは多い。


 ただ、シェルディには分かるはずもないことが一つある。


 今のアティカスは、アグリの『集中力強化』の付与魔法がかけられている。


 これによって、本当の、文字通りの意味で『全盛期』の力を発揮するのだ。


(エリオットも、『ソロ』でダンジョンの深くまで潜り、アイテムを持ち帰ってきて、多くの人間に見せていた。それに憧れていたならば……パーティーメンバーは、枷にしかならない)


 ただ、シェルディとしては、どこか引っかかる。


 ウロボロスには、アティカスの冒険者時代のデータが細かく記録されている。


 会長の息子にしてエースパーティーであり、何処に出しても恥ずかしくない『証拠』として、多くのことを記録に残していた。


 それを見る限り、アティカスの60層の突破は、不審な点が多い。


「なら、鍛冶師に命令して……」

「ウロボロスには、今、まともな鍛冶師は残っていませんよ」

「はっ?」

「ロクセイ商会からのカードがあれば安物でも十分だと、予算を大幅に減らしたでしょう。それで浮いた予算を物販や広告に注ぎ込んだのは、私も予算会議を見たので覚えていますよ」

「そ、それは……」

「すでに、商会には金も払った後。ここで撤回することも出来ない」


 企画が通ったと思えば、もうすでに金も払った後。


 あまりにも手が早い。


 いや、手が早いというより、『けんに回る』と言うことができない。


 二手先三手先がわからない。一手先が損か得かでしか判断できないから。

 二手前三手前を覚えていない。一手前が気分が良いか悪いかしか覚えられないから。


 トップがそれだけ浅慮、浅学でも問題ないほど、アグリの集中力強化の力は絶大だった。


「取れる手段は少ないでしょう。ここから何をするかは非常に重要です」


 ちなみに、シェルディならどうするかだが。


 とりあえず今動かせる予算を持って、『レッドナイフ』リーダーの『サイラス』に、冒険者たちに戦闘術を教えてもらうために頭を下げる。


 シェルディ視点では、これが考えられる『善手』の中でも現実的だ。


 今のウロボロスの冒険者は、カードを与えられて予算が削られた結果、『冒険者としてスペックはあるが装備の格が低い』と言える。


 それを考慮しても、サイラスが今使っているナイフよりも、ウロボロスが使っている武器の方が強いくらいである。


 そんな武器を使いながらも、サイラスは身体強化や各種付与魔法を使って『体のスペック』を上げるだけで、Sランク昇格の噂があるのだ。


 何より、『メンバーにその戦闘術を仕込んで、全員を実力者にしてきた実績』がある。


 似通った部分がある現状でありながら、彼はSランクが見えている。

 そして確かな指導力を証明している。


 シェルディとしても、『そんな奴がいるのかよ』と思ったほどだ。


(それに、このギルドなら、多少の圧力なら跳ね除けるし、『レッドナイフのサイラスに頭を下げて指導を請うた』と話が広まっても問題ないからな)


 ……ちなみに、冒険者支部だと、レッドナイフの名前を出すのはNGである。


 理由は簡単で、『低ランクの武器でも、しっかり手入れをして、自身の体を身体強化や付与魔法でスペックを上げれば、ダンジョンの深いところに潜れる』という事が知れ渡った場合。


 商人たち視点で『新しい武器が売れない』ため、かなり不都合なのだ。


 かなり圧力がかかるので、レッドナイフの『成果』は事実なので良いとしても、その内容は再現性が低いと噂を広めている。


 ……もっとも、サイラスの指導力があってこその戦い方なので、その噂が不都合だとは思っていない。


 というより、『レッドナイフの真似をしたら、失敗して損害が出たから弁償しろ』と言ってくる馬鹿が『過去にいた』のだ。

 そう言う煩わしいのが来ないのであれば、噂の一つや二つ気にしない。


 サイラスの方も『支部から再現性が低いって言われたんだろうが!』と怒鳴り返せるので。


 まあそれはともかく。


(さて、一体何を選ぶのやら)


 結局、選ぶのはガイモンだ。


「……いい方法を思いついた」

「その方法とは?」

「アティカスを呼び戻すぞ! 親子の縁も戻してやろうではないか。その上で、ウロボロスに移籍させ、エースパーティーとして活躍させる!」

「……」

「これだ。この発想力。やはり私は天才だ! フハハハハハハハッ!」


 ガイモンは高笑いする。


 ……シェルディは、内心、こう思っていた。


(確かにSランクの中でも上。ただ……アティカス君くらいの才能でアグリに勝てって言われたら、私なら目の前が真っ暗になるが……)


 呼び戻すのが成功するかしないか。


 まずそこを考えるべきではあるが、仮に呼び戻せたとしても地獄だと、シェルディは思った。


 すごく、他人事のように。

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