第42話 シャールの生態

 ダンジョンは一階層ごとにモンスターの強さが異なる上に、十階層ごとにその難易度の上がり方も大きくなる。


 その結果。


 S 人外   51から60

 A 天才   41から50

 B 上級   31から40

 C 中級上位 21から30

 D 中級下位 11から20

 E 下級    1から10

 F 新人 そもそも装備を揃えられない。


 Aランクが41から50で、Sランクが51から60という話は、このような基準によって成り立っている。

 そして、Sランクの中でも下位なら51に、Sランクの中でも上位なら60に。


 ただし、60層のボスは格段に強いため、Sランクの中でも上位と言う『だけ』では、それよりも奥に進むことはできない。


 61層以上のアイテムを獲得して持ち帰ってこれるものは、かなり少ないのだ。


「おらっ! それっ! ……よし」


 転移街65層。


 鋼鉄の鎧を身に纏ったゴブリンたちを剣で両断し、金貨に変える。


「……この辺りが、俺の適正って感じか」


 金貨を集めてアイテムボックスに入れながら、アティカスは呟く。


 今の彼は、『集中力強化』の魔法が使えるようになるようアグリが細工したライセンスにより、『最大限』の力を発揮している。


 その状態で『今が適正』と直感で思ったなら、それで間違いないと判断した方が良い。


「ふぅ……」


 少し歩くと、またゴブリンが現れる。


 しかも、鋼鉄の鎧を身に纏った個体だ。

 オマケに五体。


 ……の、胸を何かが貫いて、一気に倒れていった。


「はっ?」

「ん? ああ、アティカス。いたのか。ゴブリンしか見えてなかった」

「え……」


 金貨を残して塵になって消えていくゴブリンの奥から歩いてきたのは……。


「シャールさん……それに、会長とキュウビさんも」


 ぼさぼさの長い金髪と白衣が特徴的な男性、シャールである。

 横には、アグリとキュウビもいる。


「アティカス。頑張ってるみたいだね」

「え、ええ……あの、どういう組み合わせですか?」


 アグリとキュウビは良い。

 ギルドでアグリとキュウビは相棒であると広めているし、本社に普段いなければならない立場でもないからだ。


 ただ、そのアグリたちと一緒に、学者であるシャールが一緒に行動しているのは、一体何なのだろう。 


「俺が学者なのは教えたな? 実験に必要な物を取りに入ってるんだよ」

「まあ、研究素材くらいなら俺が提供しても良いんだけど、普段活動してる場所が深すぎて、手に入れたアイテムを実験に使うと、刺激が強すぎるんだ」

「特定のアイテムが大量に必要な用事ができたから、バッタリ遭遇した俺様達と一緒に採取スポットを回ってたのさ!」

「研究素材かぁ……」


 ウロボロスにも、ポーションを研究する部署はあった。


 ただ、既製品をアレコレ弄っていたような、そんな印象しかない。


 しかも、『新しいポーション』と言うよりは、『コストカット』と呼ぶべきものだ。


 ダンジョンにまで素材を取りに入って研究することで、一体どういう成果を得られるのか、ピンと来ない。


 そもそもヘキサゴルド王国の歴史は千年だ。ポーションの研究は国だってやるし、国内で手に入る素材は大体が使われている。


「まあ、研究の成果だって、ゼロではないからな」

「例えば?」

「私が使っている研究所には大きな黒板をつけた会議室があってな」

「ほうほう」

「そこで使われてるチョークの材料は、シャールの実験で大量に出てくる卵の殻だよ」

「そっちかよ!」


 卵の中にいる時のモンスターの精神魔法耐性は低い。

 そこで、卵の中にいるモンスターに何かしらの影響を与えて、人間のいう事を良く聞く個体を作り出せないだろうか。


 このテーマが『ラトベルト理論』と呼ばれており、それをシャールは研究しているはず。


 ただ、卵を割ってモンスターが出てこないと、本当に言うことを聞くのかどうかはわからない。


 で、卵の殻は呆れるほど出てくる。


 そこで新しく、『これでチョークを作ろう』ということで取り組んだ結果。出来た。


「いや、本当に、卵の中のモンスターに影響を与えるのは難しくてな。卵の殻だって処分に困ってたし、それを解消できると考えれば画期的だろう」

「画期的なのは認めるけど、それですごく良い笑顔になってるのは脇道にそれ過ぎだと思う」

「俺様もやったが、卵の殻をちょっと頑丈な袋に入れて、粉微塵こなみじんになるまでぶっ叩くのは楽しかったぜ!」

「……」


 アティカスは『一体俺は何の話を聞いているんだ?』と思い始めてきた。


「アティカス。覚えておいて。大きな研究テーマに挑むっていうのはね、どれほどの副産物を得られるかも重要だよ」

「副産物かぁ……ウロボロスでは聞かなかった」

「それは『工夫』をないがしろにする典型だな」

「……ん? あの研究所ができたのって、アンストができてからだよな」

「当然」

「それよりも前は、殻をどうしてたの?」

「チョーク作りが一朝一夕で出来るわけないだろう」

「『シャールのチョーク』と言えば、この王都のチョークのシェアの八割を獲得する人気商品だぜ!」

「……」


 アティカスは『本当に俺は何の話を聞いてんだろ』と思い始めてきた。


「まあ私の副業はともかく、もう少し、この辺りに用がある……そうだ、ライグにこれを渡しておいてくれ」


 そういって、シャールは袋を取り出してアティカスに渡した。


「これは?」

「渡せばわかる。本来べレグに渡すものだが、支部に用があるのは、アンストだとライグくらいだからな」

「そうなんですか?」

「べレグとライグは兄弟だからな! ライグは弟で、たまにべレグが使ってるナイフのメンテナンスに顔を出すんだよ」

「えっ? 兄が支援部で、弟が鍛冶師? なんか不思議な組み合わせだな……」

「どっちも冒険者に関わるという点で大して変わらないよ」


 アティカスもウロボロスと言う巨大組織の中で役員をしていた人間だ。


 親族がどんな立場に置かれがちなのか、いろいろ見ているはずだが、彼としても不思議のようである。


「とにかく、任せたからな」

「分かりました。渡しておきます」

「おう。私はまだ残るから。この辺で……お前は会長と一緒に戻りな」

「はい」


 そういって、シャールはアティカスに背を向けて歩いていった。


「じゃあ、戻ろうか。疲れ具合いを見る限り、そろそろ帰るんでしょ?」

「そうだな」


 というわけで、アグリ、キュウビ、アティカスの三人で、近くの転移の柱に向かうことに。


「……そういえば、シャールさんの戦闘手段、聞いてなかったな。ゴブリンの胸を何かが貫いてたけど、あれ、シャールさんですよね」

「そうだね」

「シャールは『射撃魔法』の使い手だぜ。魔力を固めて相手にぶつけるっていう手段は『無属性魔法』として広まってるけど、この中でも、『銃弾』をイメージするのが『射撃魔法』だな」

「射撃魔法……」

「専用の『拳銃型』魔道具も作って、ガンナースタイルで戦うんだよ」

「へぇ……」


 アティカスは頷いた。が……。


「てことは、『モンスターの家畜化を研究する学者』兼『ガンナー冒険者』で、『副業がチョーク職人』か。なんか属性がてんこ盛りだなぁ」

「アハハハハハッ!」

「確かに並べてみるとスゲェなっ! ぶふふっ!」


 実際に文字にして並べてみると、なかなか癖が強い。


 Aランク冒険者と言う肩書だが、こんな階層で戦っている以上、実際はそんじょそこらのSランクを超える実力を有しているのだろう。


 その実力は『魔力ガンナー』として非の打ち所がないものである。


 ただ、そこに『ラトベルト理論学者』と言う要素をプラスし、副産物で『チョーク職人』が加わった結果、字面がエグイ。


 とはいえ、アグリたちと話すアティカスは、楽しそうである。


 ★


 その楽しそうな表情も……。


「見つけたぞアティカス。さあ、絶縁を解いてやろうではないか。そして、ウロボロスに戻ってこい!」


 血のつながった実の父親を前にして、歪んだ。

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