第43話 ガイモンの狂気

 ダンジョンの出入り口。


 そこは、本当に多くの人間が訪れる。


 王国騎士団が実戦訓練と資金調達を兼ねた『周回』を行う都合上、出入り口を冒険者が管理することはできない。


 記者やスカウトマンが、注意深く見ている場所でもある。


 ダンジョンから出てきた冒険者と言うのは、その『表情』だけで、どれほどいいものが手に入ったのか、どんな失敗をしたのか。


 大原則として『危険地帯』であるダンジョンから出てきた冒険者は、必ず緊張がゆるむものだ。


 ……アグリの様な、精神にも左右する魔法を扱えるような存在でもなければ、緊張は、緩む。


 そこを、冒険者を不快にさせないように突く。そう言う訓練を積んだ記者が多く待っている場所。


「アティカス。ウロボロスに戻ってこい!」


 そんな場所で、ガイモンは言い放つ。


「……」


 アティカスの楽しそうな表情が歪んだ。


 アティカスのウロボロス追放。


 これを、王都のメディアはどのように報じたか。


 いや、ウロボロスがどのように報じさせたか。


 端的に言えば、『追放で済ませたガイモンの懐が深い』という見出しが多くの新聞や雑誌で付いている。


 冒険者からギルドの役員になったが、多くの賠償金と違約金を発生させる多大な失態を犯したのがアティカスだ。


 本当に額が大きく、本当なら、ギルドメンバー全員がまとめて最低賃金の強制労働を強いられるような、そんな崖っぷちまで直行した。


 それほどの大損害。大問題を引き起こしたのがアティカスであり、その責任を、『追い出す』というだけで済ませた。


 彼に損害賠償を請求するのでもなく、ただ追い出すだけで。


 そのような表現を使い、『アティカスの追放』は、ガイモンの懐の深さの表れだと、情けの結晶だと、そのように報道された。


 ある程度、そこに至る前での理由も報道されているので、『では、アノニマスにいて、多大な影響をもたらしていた冒険者は一体誰なのか』という疑問も浮上する。


 いきなり表舞台に現れて、公認ギルドを作り上げたアグリはその『候補』になったが、とある一般常識をデュリオやべレグが噂として流したため、そこは沈静化している。


『自分がいた部署をいきなり解体した張本人が不良冒険者となって落ちぶれているときに、ライセンスを発行し、高性能な装備を与えて、それで得た本人の利益にアレコレ言わない』


 これが『現実的にあり得るのか』ということ。


 一般人からしても考えられないことだが、特に、他の公認ギルドから見ると、本当に信じられない。


 公認ギルドは『ライセンスを発行することはできる』が、本部で『不良』認定されている人間にライセンスを発行した場合、監査がとんでもなくキツイのだ。


 それほどのデメリットを負いながらも、自分が居た部署をいきなり解体する『信用がない男』にライセンスを発行するなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。


 そんなわけで、アグリは『アノニマス候補』から消えている。


 ……まあ、常識も監査も、アグリには関係のない事だが。


 とにかく、ガイモンによる『アティカスの追放』は、情けをかけたという報道によって世間に知れ渡っている。


 きっと、ウロボロスに戻れば、『どん底から這いあがった息子を、認める父親』として、美談に持っていくのだろう。


 もっとも……そんな『裏』など、こんなところに来る記者や冒険者ならお見通しだ。


 ただ、生活のために、ウロボロスを敵に回さないために、ガイモンの邪魔をしない。


 それだけの観客だ。


「……嫌だ」

「早く拠点に行くぞ。パーティーの準備もしているからな!」

「……嫌だって言ってるだろ」

「お前にはかつてのエースパーティーをまた率いてもらうぞ。まずは英気を養え」

「……嫌だって。聞こえねえのかよ」

「お前が61層より深いところからアイテムを持ち帰れば、最大のギルドでありながら最高のギルドにもなれる! 夢が膨らむな! ふははははっ!」

「……嫌だって言ってんだろうが!」

「良い剣も持っていることだし、金をかける必要もなくて助かる。お前は良い息子だ。親孝行がよくわかっている!」


 ……通じない。

 ……届かない。




 ……とても、トテモ、キモチワルイ。


「うっ……」


 アティカスが、膝をついて……真っ青な顔で口をおさえた。


「っ!」


 アグリはアティカスの頭を胸に抱き寄せると、そのまま優しくなでる。


「落ち着け。落ち着け」


 キュウビがアティカスの頭に飛び乗る。

 そのまま自然に、アティカスの耳を塞いだ。


「うごぅ、おええ……」


 顔をアグリの胸に預けたまま、アティカスは我慢できなかった。


「これから忙しいぞ……ん? んん? 貴様は四源嬢アグリ! そんなにアティカスと仲が良かったのか! これはいい。直ぐに、フォックス・ホールディングスをウロボロスの傘下にする手続きをしようではないか!」

「……」

「そういえば、フォックス・ホールディングスが傘下になれば……ブルマスも傘下になるのか! 外見が良い奴を見繕って、私の寝室に来るように言っておけ!」

「……」


 アグリの表情が、曇り始めた時だ。


 アティカスが、キュウビを頭からのけながら、アグリの胸から離れる。


 ひどい、ひどいが……怒りに満ちた顔で、ガイモンに近づく。


「おお、アティカス。どうし――」


 ガイモンの頬に、アティカスの拳が突き刺さった。


「がっ、ぐおおおおおおおおっ!」


 そのまま地面に倒れて、顔をおさえてのたうち回る。


「ふざけんなよこのクソ野郎が!」

「な、何をする……」

「なんで殴られたのか本当にわからねえのか! ぶん殴ってでも止めたくなるほど、恥知らずだからに決まってんだろうが!」

「わ、私が恥知らずだと!?」

「何の才能もなく、何も頼りにならない。何の努力もせず、何もない分際で、好き勝手なこと喚いてんじゃねえ!」


 情けなくてたまらない。

 恥ずかしくてたまらない。


 こんな、こんな男を、今まで頼りにしていたなんて。


「わ、私はウロボロスの会長――」

「だからどうした! 冒険者が一人抜けた程度でガタガタになる。今だって、ロクセイ商会のカードで威張ってるだけの泥船の船長だろうが!」

「ど、泥船……」

「お前が何を言おうと、俺は何度でも言ってやる。『だからどうした』と言ってやる! 俺はもう、お前を頼りにしない。お前を信用しない。お前の元には戻らない」


 荒ぶる感情。


 人間が許容できる限界を超えた羞恥と憤怒で心が塗りつぶされる。


「俺はもう二度と、お前を父親だとは思わない!」


 そのまま、憤怒の表情で、アティカスはガイモンの横を歩いて、ダンジョンから出ていく。


「お、おい、待て! 私の顔を殴るように育ててきた覚えはないぞ! 私は冒険者ではない! 一般人だ! 私を殴ったことを後悔させてや――」

「へぇ、『傷のない顔』でよくいったもんだね」

「……はっ?」


 いつの間にか、ガイモンの傍にはアグリがいて……彼に、鏡を見せている。


 そこにうつるガイモンの顔には、確かに傷はない。


 ……ガイモンが、殴られた頬に触れる。


 鏡の中のガイモンも、頬に触れる。


 確かに殴られたはずだ。今も痛みがある。


 だが、そこに、『傷』は……『殴った証拠』はない。


「なっ……い、いや、誰か、撮っていただろう! アティカスが私を殴るところを撮っていたはずだ!」

「……」


 アグリは何も言わない。


 ただ、すごく、ニヤッと微笑んでいる。


 何をしたのかは、ここで明かす意味はない。


 周りの人間が持つカメラ魔道具に、その決定的な瞬間は残っていない。


「……え、何も映ってない」

「そ、そんな馬鹿な……」

「確かに、冒険者が一般人を殴ったら大問題だ。ただ……証拠がなかったら、訴えられないよね」

「ば、馬鹿な……いったい何が起こって……」


 ガイモンは浅慮である。


 ここで、『アグリが何かをした』という発想すらないほどだ。


 もちろん、アグリだってバレないようにアレコレ動いている。


 ただ、『状況』で、『言葉』で、観客たちは『アグリが何かをした』ことはわかっている。


 ……もっとも、踏み込めるほどの『命知らず』は、この場にはいないが。


「それじゃ、俺も失礼するよ」

「なっ、ま、待て! フォックス・ホールディングスは私の物だぞ! そしてお前は私の駒なのだ! 勝手なことをするんじゃない!」

「……」


 アグリはめんどくさくなってきた。


「俺に構ってる余裕がどこにあるのかねぇ」

「余裕に決まっているだろう! 私のウロボロスは、最大にして最高のギルドなのだからな!」

「へぇ……まあ、シェルディが何か新商品を作ってるって噂を聞いたし、それを使えばなれるかもね。最高のギルドにさ」

「な、何!? シェルディが新商品を開発しているだと!? 私に黙って……ふざけるな!」


 そういって、ガイモンはウロボロスの拠点に戻っていった。


 残されたアグリの肩に、キュウビが飛び乗る。


「……あるじ。どういうことだ?」


 キュウビの問いに、アグリは、耳元で、小声で答える。


「……そろそろ『抜き終わる』から、シェルディも次の段階に入るじゃないかって、思っただけ」

「あぁ……そりゃぁ、主に構ってる余裕はねえわな」


 キュウビは溜息をついた。


 ★


 その日の夜。


「ぐっ、ううっ、くそぉ、なんで、なんで親父が、ぐうぅ」

「好きなだけ泣け。一緒にいてあげるからさ」

「ぐずっ、あああぁぁぁ……」


 寝室のベッドの上で、二人。


 涙が止まらないアティカスを、アグリは、優しくあやしていた。

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