第104話 開店前日
「いやぁ、我ながら、凄い写真だよなぁ」
「そうだよなぁ。いや、もう、ほんと羨ましいのなんのって」
ラトベルトの拠点から近い平原。
酒場が建設されているところである。
「ぴ、ぴぃ……」
現在、アグリはミニスカスーツである。
椅子に座って、建設されている酒場の様子を見ているわけだ。
ランはそんなアグリの太ももに乗って、チラシのアグリを見ている。
「ぴいいっ、ぴいいっ♪」
チラシのアグリは『女神』といって過言ではない雰囲気であり、同じものは二度と撮れないだろう。
「ランちゃん……このあるじは酒場の地下だけだから、ランちゃんは会えないんだぜ?」
「ぴいいっ!?」
ランはキュウビの方を向いて絶叫。
「というより、この状態のあるじをそんなあちこちに振りまくべきじゃないんだぜ。チラシは何枚か刷って、必要なところには配ったが……正直に言って、それだけで、見たやつが全員『酔った』ように動きが怪しいからな」
「ぴ、ぴいいいっ……」
「写真でこれだし、実際に会ったらどうなるか想像もつかねえからな」
「ぴ、ぴいいっ……ぴいいいいっ!」
大粒の涙をボロボロとこぼすラン。
「そんなに会いたいのか。気持ちは分かるが……まあ、やることが終わったら、ちょっとだけ会ってもらうか?」
「どんなことでも思い出になればいいでしょ」
「あるじがそう言うなら構わねえけど……」
「あと、一つ、気になったんだけど」
「ん?」
「チラシのどこを見ても、『強化アイテム』の文字がないんだけど、アレも込みで釣るんじゃなかったの?」
「……」
キュウビは腕を組んで、キョロキョロとあちこちを見ながら考えて……最後に深く頷いた。
「完璧に忘れてた!」
「はぁ」
「いや、その、あるじの写真を撮った後でチラシの構成を考えてたんだけど、マジで頭から吹き飛んでたわ」
「これで来た場合、最初から作戦に『強化アイテム』が不必要ってことになるか。まあ想定はしてたし、別にいいけど」
最初は、『強化アイテムがあるから、これで釣ろう』と言う話になっていたはずだ。
実際、ラトベルトもそれは欲しいはずである。
一応、『宝を前払いしていただく』という条件でアグリが相手をするため、実物を持ってくる必要はあるが、ラトベルトからすれば、そんなものは後で奪えばいいだけの話だ。
ただ、『女神アグリ』に会うのは本当にマズいというだけで。
「どうなるんだろうね。戦闘力的には、ラトベルト本人が来たら俺も覚悟しなくちゃいけない部分はあるけど」
「まあまず、間違いなく本人が来るはずだぜ。あのあるじの写真で釣られないなんて、三次元を諦めて二次元に走ったガチオタでもありえないからな」
女神アグリの誘惑からは逃れられない。
どれほど我慢しようと意味はない。
会いたいという『欲』を、『相手に植え付けた上で増幅させる』のが、アグリの魅力だからだ。
「とりあえずラトベルト本人が来ること前提で準備は進めてるからな。周囲に人も配置するし……いやでも、ラトベルト相手にまともに戦える相手ってあるじくらいなんだよなぁ……」
「人手不足ではないけど、トップである俺がハニトラ要因になったら話は変わるよねぇ」
十分な数の実力者を抱えているのが狐組であり、アグリ本人は、ダンジョンでラスボスを倒せるほどの傑物だ。
しかし、明らかに超えてはならない壁を越えているのがアグリであり、そのアグリが女装してハニトラ要因になった場合、その戦闘力は直ぐに発揮できない。
「……女神アグリになったあるじの戦闘力ってどれくらいなんだろうな」
「さぁ? でも、さすがに俺も戦闘中は演技への集中はやめて戦闘に集中するし、いつもとかわらないんじゃない?」
「どうなんだろうな……まあ俺様もそんな気はしてるけどな」
「ぴいいっ、ぴいい♪」
「ランちゃんは『多分違う』って思ってるみたいだな」
「『違う』……か」
強い弱いとかそういうことではなく、『違う』。
それが、女神アグリという存在である。
ランはそのように考えているようであり……それは間違いではないだろう。
「まあいいか、とりあえずマニュアルは用意するけど、明日は頼むぜ。あるじ」
「宝を回収できれば別にそれでいいけど、酒場を開くからには本気でってこと?」
「それもあるが、ここに来たラトベルトに、『宝』を運び終わるまでに余計なことをさせないって意味が強いな」
「なるほど。まっ、頑張りますか」
いろんな意味で、アグリの演技力にかかっているのだ。
……黙って月を見上げているだけでも、十分ヤバいとは思うが。
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