第49話 本社を包囲する兵士と、フュリアム襲来。

 カードを使わない場合、中級……いや、『中堅上位』であるCランクや、『中堅下位』であるDランクの冒険者がそれぞれの適正階層で動くことになる。


 冒険者が商人に渡せるアイテムは11層から30層となり、30層になると数は少ない。


 もともとBランクであったとしても、カードの使用によって才能が抜かれた結果、上手く動けずCランク……いや、もっと下がった者もいる。


 王都にいる商人たちも、『冒険者主体の市場』と『王国民主体の市場』を分けて考えており、冒険者についていた商人たちは、兵士たちが持ち帰ってくる莫大な50層のアイテムの性能に太刀打ちできない。


 そんな中、カードが出てくる前も後も、好成績を叩き出すアグリ勢力圏の動きは注目されており、冒険者主体の市場に関わっていた商人たちは、べレグ課に突撃している。


 モンスターを倒した場合、硬貨が出てくるのは確定だが、アイテムドロップは不確定。


 思うようなアイテムがあるとは限らず、何時間も待ってようやく面会ができたと思ったら、アイテムがほとんど残っていないこともある。


 ……まあ、そこで『なんでアイテムが残ってないんだ!』とブチ切れられてもめんどくさいので、低金利で莫大な量のお金を貸し出してやりくりしてもらっている。


 べレグも、『どうせ金は姉貴が出すんだ。俺はもう知らん』と言わんばかりに金貨を放出している。


 ……そんな流れはあるが、過程にしても結論にしても、『アグリ勢力圏』は、冒険者たちの希望だ。


「……いやぁ、今日は兵士が多いぜ。あるじ」

「そうだね。本社を囲ってる人が多いよ。凶悪な指名手配犯が建物の中に逃げ込んだのかって思うほどの包囲だね」

「指名手配はされてねえけど、凶悪犯が建物の中に入っているんじゃねえか? 例えば『フなんとかさん』とか」

「あー。それはありえるねぇ……」


 そんな冒険者にとっての希望と言えるフォックス・ホールディングスの本社だが、その周囲を兵士たちが囲っている。


 執務室では、アグリとキュウビが、まさに『茶番のお手本』とでもいうべき話をしていた。


「会長」

「お、どうしたミミちゃん。博物館にいる人たちが兵士に脅えてるとか?」

「あ、いえ、むしろ『巻き込まれて可哀そうに』といった目で見てますが……」

「それは俺を何だと思ってるんだろうな」

「妖怪の類だろ」

「妖怪はキュウビでしょ」

「確かに……で、本題は?」

「第一王子がこの部屋にズカズカ歩いてきてます」

「一国の王子が冒険者ギルドのトップの部屋によくもまぁ……」

「調べたけど、思ったより、第一王子のスペックは高いぜ? 教育も剣術も、派閥を作り上げるカリスマもそうだ。加えて、国王じゃなくて王族が私兵を持つための条件は決まってるが、これがなかなか厳しい。国王に次ぐ軍事力を持つのは並大抵じゃねえな」

「それ、中身の話じゃん。器がデカくないから溢れすぎて暴走してない?」

「何を今さら」


 事実を言えば、第一王子は優秀だ。


 というより、千年の歴史の中で、『王族にするべき教育』はある程度定まっている。


 その中で積み上げてきた教育レベルは確かなものであり、ヘキサゴルド王国の繁栄が歴代の王族の手によって成し遂げられたものであると誰かが主張しても、アグリは反対する気はない。


 そんな環境で第一王子として生まれたフュリアムだが、剣術の才能を含め、確かなものだ。


 ただ……『名誉』『金』『権威』という話になると、確かなものを持っていても途端に馬鹿になる。


 理由は単純。


 名誉、金、権威。

 これらが持つ『魔力』は、人間の器ではそもそも耐えられないように出来ているためだ。


 地球における核兵器の様に、人間は時に、自身の制御をはるかに超えた何かを生み出す。


 名誉も金も名誉も、アグリからすると、それは変わらない。


 そしてそれに呑まれないようにするためには、現在、二十二歳であるフュリアムでは若すぎる。


「ここだな!」


 アグリとキュウビが話しているところに、ドアを蹴破って入ってきた。


 金髪を短く切りそろえた美男子であり、その自信に満ちた表情を含め、確かに『王子』だ。


「貴様が四源嬢アグリか! なるほど、写真で見るよりも美しい」

「……随分、我が物顔で入ってくるんだなぁ。驚いた」

「ここは王都だ! ここにあるものは全て、次期国王である俺様の物に決まっているだろう!」


 現国王のものではないのか? と一瞬ツッコミを入れようと思ったアグリだが、話がそれるので辞めておいた。


「まあ、本題はそこじゃない。四源嬢アグリ、俺の部下になれ」

「……なるほど、鞍替えの要求に来たのか」


 アグリは内心でため息をつく。


「お前の実力、そしてそのルックスは圧倒的だ。あんな大バカ者に関わりを持つなど、この国にとって損でしかない。この俺の部下になれ。それが正義、摂理なのだからな」

「……アーティアとの付き合いがあることは重々承知の上ってことかよ」

「ん? なんだこのモンスターは」


 フュリアムがキュウビを見て訝しげな表情になる。


「俺の相棒だよ。俺が全力を出すときに欠かせない存在だ」

「そういう事か。なら、貴様も部下だな」

「……はぁ」


 キュウビは溜息をついた。


「勧誘ですけど、お断りします」

「……な、なんだと? この俺の誘いを断るってのか?」

「ええ」


 アグリは『どう言おうかな』と思っていたが、一番効きそうな言葉を選ぶことにした。


「俺は、アーティアに初めて会ったとき、『この人には頭を下げてもいい』と思ったけど、アンタには思わない」

「……はっ? お、お前は何を言っている?」

「俺に言うことを聞かせられるほど、あなたの権威は強くない。お引き取りください」


 手を出入り口に向ける。


「……ふざけるな! この、このヘキサゴルド王国の第一王子にして、父上に次ぐ軍事権を持つ俺が、あんな大バカ者よりも『下』だっていうのか!」

「ええ。あなたは、『格下を有効活用する才能』はあっても、『格上を味方につける才能』はない。そう思ってます」

「な、何を……」

「あの城にはいろんな人が集まりますし、調べてみました……あなたよりも能力が高い人が、あなたの傍には誰もいない」

「……」


 言われて、自身の周りにいる人間を思い浮かべているのだろう。


「……そ、そんなはずはない! いや、そうあるべきではない! 俺が最高で最強なのだからな! 俺と言う絶対のリーダーによって繁栄をもたらす。俺よりも上は必要ない!」

「それは血統国家ではなく冒険者の理論です」

「ぐっ……」


 というより……確かに、トップの人間に能力は求められるが、それ以上に『カリスマ』……人を味方につける力が必要だ。


 脅迫は愚か、交渉ですらなく。


 ただそこにいるだけで、人が自ら『付いていきたい』と思えるような。


 王と言うのは、指導者と言うのは、そう言う存在であるのが理想だ。


 ……そう、理想だ。アグリもそこは理解しているし、彼自身、ダンジョンの奥底と言う、人間社会の存在を前提としない環境で得た報酬を使って動いている。


 アグリにとっても、それは指導者として本来あるべき姿ではない。


「なるほど、それがお前の言い分か。なら……」


 フュリアムが指を鳴らす。


 すると、廊下から、大量の兵士が部屋に入ってきた。


「……」


 だが、兵士たちを見ても、アグリは表情を変えない。

 そう、全員が、ロクセイ商会のカードによって『Sランク冒険者』の力を持っていると分かっていても、彼は気にしない。


「四源嬢アグリ。君の刀を預からせてもらう」

「……」

「とある筋から、『君の刀には何か危険なものが仕込まれているのではないか』という報告を受けている。数日、危険がない事を証明するために解析したいのだよ」


 理屈が通っているかいないかでいえば、間違いなく通っていない。


 正しさ、についての話だが、アグリは、『誰もやらなかったら酷いことになるが、全員がやったらもっと酷いことになる』という条件を満たすのが、『正しさ』だと考えている。


 人の物を奪わないことは社会において求められることだが、それが絶対的になると危険物の没収ができない。


 安全保障を理由に『正しさを守らなくてもいい権利』の集合体に、人は『権力』を名をつけた。


 それが、アグリなりの『権力』や『正しさ』の解釈だ。


 危険物が仕込まれているという疑いがあるのなら、そしてその疑いに正当性があるのなら、アグリは刀を預けるべきだ。


 ではその疑いに正当性があるかどうかだが……。


「何もやましいことがなければ、刀を渡してもらおう」

「……これでいいかな」


 アグリは、頭の中に浮かんだ『疑いの正当性』という言葉を一度無視して、刀をテーブルに置いた。


 フュリアムは歩いてきて、鞘を掴み、少し刀を抜く。


「……ほう、相当な業物だな。では、調査させてもらおう」

「……一応言っておくけど、『血統国家』は、安全保障を理由に、『冒険者』の持ち物を預かって分析する権利があるだけで、『没収』はできない。分析に使える時間も限られている」


 上機嫌なフュリアムに対して、アグリは釘を刺す。


「仮にあなたがこの刀に問題があると言い張った場合、冒険者本部がその刀の回収に来る。そして、その後何も問題がないと分かれば、本部から俺のところに刀が戻ってくる」

「そんなことは知っている」


 そう、そこまではフュリアムも知っている。


 だからこそ、『調査』とはいうが、『何かあればそのまま没収する』とは言わなかった。


「とはいえ、すぐに答えは出るだろう。すぐにな。では失礼する」


 フュリアムはそう言って、部屋を出ていった。


 ……彼が本社を出るまでの間に、彼が持つ刀を見て驚愕する冒険者は多いだろう。


 ただ、一部の冒険者は、『やっちまったなぁ』と思っていた。


 知っている者は知っている。


 その刀が、『母親の形見』であると、アグリにとってとても、とても大切な物だと、知っている。

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