第50話 白の逆鱗に触れるべからず
「会長、第一王子が刀を持って出ていったと聞いたが、何があった?」
アグリの執務室。
そこには、アグリ、キュウビ、サイラス、セラフィナ、マサミツ……それぞれの組織のリーダーが勢ぞろいしていた。
デスクで書類を作っているアグリだが、その顔は無表情。
一番、何を考えているのかわからない顔である。
「姉貴がそんな無表情になってる所なんて、俺は初めて見る。答える気はないだろ」
「しかし、主武装ですし……いろいろな人に話を聞きましたが、刀は、亡くなった母親の形見です。それを一方的に奪われて、何を……」
サイラスとセラフィナも、ある程度、アグリの状況とやり方は把握している。
だが、どこか、今までと比べて異質だ。
「今のあるじに、何かを言うつもりはねえさ。全てはあの王子様の行動次第。『危険物が仕込まれている疑い』があるなら、そこまでは渡す理由になるぜ」
「だが……武器など、全て危険物だろう」
「それでも、『王族』なら主張できる権限があるぜ。それは間違いねえ。もちろん、武器を預かれる期間は限られるし、何も問題がなかったらそのまま返すしかない。預かれる期間を一日でも超えたら、冒険者本部が回収に来るからな」
冒険者本部は、全ての冒険者のまとめ役でもある。
高ランク冒険者の利益に直結する『武器』を奪われたままで放置することはあり得ない。
当然、フュリアムもその点は理解しているだろう。
「そもそも、何故、武器を預かるなどと言い出したのでしょうか」
「大体は、武器を預かると言いながら、『解析』を何通りもやって、技術を盗み見るためにすることが多いぜ」
「え……ってことは、宮廷鍛冶師が、姉貴の刀を模倣したものを作り出す可能性があるってことか?」
「それはあり得ない」
「!」
無表情で口を閉じたままのアグリだが、刀の模倣と聞いて、それを不可能と断じた。
「……複製はできないと?」
「金属が特殊過ぎる。入手できるのも、加工できる唯一の炎を生み出せる燃料も、転移街の90層以降でしか手に入らない」
「……そもそもたどり着けねえか。それほどの金属なら、加工方法も相当ヤバいな」
「……ん? 会長の母親は、一体どうやって金属と燃料を?」
90層以降でしか手に入らない。
これは事実だろう。
しかし、『Sランク冒険者』であっても、適正階層は51から60だ。
一体どうやって、そこまでたどり着いたのかがわからない。
「それは今言うべきことじゃない」
「……わかった」
とはいえ、アグリに言うつもりがないのであれば、キュウビがそれに従うのならば、サイラス達が知ることはできない。
その時、ドアが開け放たれた。
「昨日ぶりだなアグリ。今日は一つ、報告があって寄らせてもらった」
上機嫌な歪んだ笑みを浮かべたフュリアムが部屋に入ってきた。
一人の、頭にカチューシャをつけて、そこから垂れる黒いベールで顔を隠した男性を連れている。
「……ん?」
サイラスとマサミツに関してはほぼ無視していたが、セラフィナを見て顔色を変えている。
「良い顔の女がいるな。後で俺の部下に――」
「お断りします」
「なんだと?」
「私はフォックス・ホールディングス傘下、ブルー・マスターズのリーダーを務めるセラフィナと言います。冒険者ですから、王族からのお誘いはお断りします」
「……チッ、まあ、今はいい」
舌打ちしたが、アグリの方を向いた。
「四源嬢アグリ。君から預かった刀だが……申し訳ない。運んでいる途中、強盗に奪われてしまった」
ぜんぜん。
まったく。
なにも。
表情を変えることなく、フュリアムはそう言った。
「……はっ? お、おい! 刀を奪われたって……」
「いやぁ、すまない。強盗はかなりの手練れでね。優秀な護衛をつけていたんだが、隙を見て取られてしまった。もうしわけない」
悪びれる様子もなく、フュリアムはそう言った。
「人の物を預かっておいて、何をヘラヘラしている。会長の刀は、ただの業物ではない!」
「はぁ、物が一つなくなった程度でそう怒るな。一々大げさだから冒険者は嫌いなんだよ」
「なっ……」
「……ただ、俺も管理が甘かったのは事実だ」
フュリアムは、連れてきた男性を指さす。
「こいつは王立最高裁判所の職員でな。公正な文書を作る仕事をしている。何か約束してやろうではないか」
「……事実ですか?」
セラフィナが男に聞く。
男は頷くとともに、六角形の金属のバッヂを取り出した。
魔力を流すと、七色に輝いている。
「その魔力の輝き……間違いありませんね」
セラフィナは元貴族。
裁判に関する知識も、ある程度持っていることだろう。
「何が間違いないんだ?」
「彼の下で書類を作成した場合、国王でも撤回することはできません」
「そんな契約書があるのか?」
「ただし、国王に不利益がある契約を結ぶことはできません。撤回できない代わりに、急所になることを防ぐための処置ですが」
「まあ、絶対王政の国家だし、国王でも撤回できない契約書ならそんなもんだろうな……」
とにかく、この契約を破ることは、フュリアムでは到底不可能という事だ。
「公認ギルドのトップの武器。その管理責任に関わる話だ。こうでもしないと、冒険者協会の本部がうるさいからな」
フュリアムは嫌そうな顔でそう言った。
自信満々で、自分の権力の大きさをよくわかっている彼であっても、『冒険者協会』を敵に回すことがどれほどめんどくさい事なのかは理解している。
冒険者は、世界人口の内の千分の一とされている。
要するに、『人類全体の規模から見て千分の一でしかない』のに、『宗教国家や血統国家と権力で渡り合っている』という事を意味する。
それだけ絶大な組織なのだ。
フュリアムは公証人から紙を受け取って、アグリに渡す。
「俺に出来る範囲で約束してやろうではないか。さあ、書いてみるといい」
それを聞いて、アグリはペンを手に取り……。
「ちなみに、これは独り言なんだが……」
フュリアムは嗤う。
「アグリの口から今回のことを不問にすると言えば、もしかしたら、ひょっこり、刀は出てくるかもしれんぞ」
ニヤニヤした笑みが、さらに深くなった。
「……マッチポンプ?」
「……強盗に奪われたのは嘘? いや、強盗を用意して、わざと奪わせた!?」
「ふざけたことを!」
「黙れ!」
騒ぐサイラスたちの方を振り向いて、笑顔で言い放つ。
「いいか? 俺はこの国の次期国王! 俺の行動はすべて正しい。俺が絶対だ!」
「クソが……」
「フンッ、なんとでも言うがいい。ここで俺に逆らえば、コイツの刀は戻ってこないぞ!」
刀を預かれる期間は決まっている。
没収することはできない。
ならば……『奪われたこと』にすればいい。
返そうと思っても返すことはできない。
現物は、手元にはないから。
それがフュリアム流の作戦という事だ。
「はい、書けた」
アグリは紙をフュリアムに差し出す。
「ん? 何を言っている。ここで不問にしなければ、お前の刀は――」
「二度と、俺の前で、刀の話はするな。それで不問にする」
「ほう?」
笑みを浮かべたフュリアム。
「フハハハッ! 自分で取り戻すつもりか? 甘い、甘すぎるぞ! お前は王都の全てがわかっているのか? 城の全てがわかっているのか? 隠し通路も何もかもわからないお前に、行方はつかめない!」
フュリアムは契約書を読む。
「ふむ、確かに。まあいいだろう。精々、足掻くがいい」
アグリのサインはすでに入っている。
フュリアムもサインを入れた。
「おい、これに判を押せ」
「はい」
男は契約書を受け取ると、判を押す。
「これで契約は成立。かた……いや、『話をするな』と言っていたな。フフッ、俺はこれで失礼する」
フュリアムが、アグリに向けてニヤニヤした時だった。
アグリは、指をパチンと鳴らす。
すると……彼の手に、鞘に収まった刀が現れた。
「……はっ?」
「取り返させてもらった。じゃあ、お帰りください」
「ふ、ふざけるな! その刀は俺の物だ! 俺に寄越せ!」
今、紛れもなく、フュリアムは、アグリの前で刀の話をした。
「契約書。違反した場合にどうするかも書いたけど、読んでないの?」
「はっ?」
フュリアムは男から、契約書を奪うように取った。
その紙を読み進め……その顔が、どんどん青くなっていく。
「違反した場合……その時点から一年間、俺が持つ軍事権の全てを、父上に返還だと?」
「国王に不利益な内容を書いた場合、ハンコの魔道具を押し込んでも印はつかない。そもそも、王族の私兵は、『軍事権の一部を国王から借りている状態』だ。それを返すだけだから、国王の名を記していても構わない」
アグリは説明を続ける。
「ただ、口からぽろっと出て軍事権の停止。なんてのは俺だってバカバカしい。判断基準は、まず、アンタが話をすると契約書が少し赤く光る。その状態で、俺が『話をした』と口にすれば青く光って適応される」
契約書は、少し、赤く光っている。
「要するに……アンタの軍事権は今、俺が握ってる。理解した?」
「……なっ、ば、馬鹿な。こ、こんなはず……未判定にしろ! 俺にこんなことをして、ただで済むと思ってるのか!」
「ただで済むと思ってるか……こっちのセリフだよ? 人の親の形見に手を出しておいて、本当に、ただで済むと思ってるの?」
静かに、だが確実に、目だけで威圧するアグリ。
「ぐっ……」
「君は、話をした」
次の瞬間、契約書が青く光った。
「なっ……あ、ああ……」
「君の軍事権は一年間停止。ああ、それと……契約自体は永続的だ。一年後、軍事権の返還が終わった後、また俺の前で話をして、それを認めれば、またアンタの軍事権はなくなる。覚えておくように」
「や、やめてくれ。撤回してくれ。い、いやだ! いやだあああああああああああああああああ!」
「モンスターを倒せば硬貨が出てくるこの世界で、軍事権がどれほどの意味を持つか理解してるはずだ。俺も理解してる」
アグリは、フュリアムの胸ぐらをつかむと、自分の顔の傍まで引っ張る。
至近距離で、フュリアムの瞳を、怒りの込めた視線で射抜いた。
「俺の刀は、母さんの形見だ。俺の宝物だ。どんな理由だろうと、理不尽に奪おうってんなら、容赦はしない」
「ぐううっ、あ、ああ……」
手を放すと、フュリアムは崩れ落ちた。
「刀を狙ったのはシェルディの入れ知恵だな? 立ち姿を見ればわかるが、アイツは刀使いだ。俺の刀を取ってきたら、特別なカードを渡すとかなんとか言われたんだろ?」
「く、くそぉ……」
「その程度の知恵で俺に挑もうなんざ、百年早い」
アグリは椅子に座りなおした。
「ミミちゃん。お客様がお帰りだ。腰を抜かしているから、支えて連れ出してやってくれ」
「はい」
いつの間にか控えていたミミちゃんがやってくると、フュリアムを連れて部屋から出ていく。
公証人の男も、それに続いて出ていった。
「……会長の刀。どうなるかと思ってたが、あっという間だったな」
「だな。ただ、なんか姉貴らしくねえな。こんな、遠慮なく急所を抉るようなこと、普段しねえし……まあ、形見を奪われたら当然か」
「そうですね。私も気持ちは分かりますが……」
マサミツ、サイラス、セラフィナが一連の流れの感想を述べているが、イマイチ、呑みこめていないようだ。
そんな中、キュウビは溜息をつく。
「あるじがここまで強引にやった理由は、シェルディを引っ張り出すためだ」
「シェルディを?」
「軍事権がないフュリアムにくっ付く理由がないって話だぜ。そして、冒険者に対してはカードの信用がなく、国王に売り込めるほどの伝手はない」
「そうなれば、大量に売る相手が居なくなりますね」
「その通りだぜ」
キュウビはアグリを見る。
「……まあ、それはそれとして、俺様がみてきた中でも、トップレベルで今回はエゲツネェけどな」
ブチ切れてはいないアグリ。
ただ、相当、深い怒りが爆発したのは、間違いないようだ。
「いずれにせよ、こうなった以上、シェルディがフュリアムから離れることは間違いないか」
「ええ、まあ、陛下はともかく、宰相が分析力の高い方ですから、カードを見せた瞬間に『何かがおかしい』と気が付くはず」
「冒険者にも兵士にも売れないか。なら次は……どうするんだ?」
大量のカードを配る。ということが、国内で困難になる。
「国内でダメなら国外にでも行くのか?」
「可能性はある。ただ……シェルディのプライドの高さにもよるが……ここまで場を引っ掻き回した会長に、何かをしておきたいという気持ちくらいはあるはずだ」
「確かに」
アグリを除いた面々で話は進む。
見えてきた『次』としては、『シェルディがアグリに対して、直接的に何かをする』ということだ。
ただ、そもそもフュリアムへの対応を見ればわかるように、アグリをヘタに動かすとロクなことにならない。
理性的に見れば、避けて通って、他国に行く方が良い。
……はたしてシェルディに、それができるかどうかである。
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