第48話【フュリアムSIDE】 何かを勘違いしている第一王子

 ガイモンがウロボロスから追放。


 そしてウロボロスが、公認ギルドからコミュニティに降格。


 王国民主体の市場ではなく、冒険者主体の市場に根を張っていた商人たちが、借金までして開拓していた企画が次々に潰れて大混乱が発生。


『フュリアムは、シェルディの機嫌一つで、ダンジョンに潜る兵士たちが死ぬ可能性があるアイテムを、軍事利用する失格王子である』


 この噂が流れたことで、フュリアムではなく、冒険者たちの方が震えあがったと言える。


 何より、ここ数年、冒険者ギルドとして栄光の道を突っ走っていたウロボロスが、コミュニティに降格した。


 冒険者たちにとっては、『本格的に、今は冒険者にとってヤバい時代なのでは?』という思わずにはいられない状態になっている。


「フハハハハッ! 見ろシェルディ! どうせこの噂を流したのはアーティアだろう。だが、それによって冒険者。自分の支持基盤がボロボロになってやがる!」


 王都の城。


 その中でもかなり豪華な執務室で、第一王子、フュリアムは面白くて笑っていた。


 千年続く王国のため、王には妻も多い。


 当然子供も多いわけだが、第一王子フュリアムと、第二王子ジュガルは母親が同じであり、よく似ている。


 王族として優秀な血をつないできた間違いなく端正な顔立ちと、切りそろえた金髪が特徴の美男子と言って良い。


 強い軍事権を持ち、自らも剣士として一流。


 公爵家の長女の婚約者を持ち、大国の王子として間違いなくそろえるべき『物』を揃えている。と言える。


 ……『心』は別とするが。


「確かに、噂一つでここまでとは」


 自らも新聞を持って、変化を見るシェルディ。


「最近は冒険者が調子に乗っていて、それにくっついていたアーティアが城でデカい顔をしていたからな。散々ウザかったんだ。これでアイツもおとなしくなるだろうよ」


 新聞をテーブルに放り投げて上機嫌なフュリアム。


「……」


 シェルディとしては、フュリアムが何を考えようと、アーティアが何を企もうと、結果的に、『戦う職業に身を置いている者の多くが、カードを使う』と言う状況になれば関係ない。


 別に金貨が欲しいわけでも、アイテムが欲しいわけでもない。


 シェルディは『才能』を抜き取り、集めている。


 ただ、ここまで『噂』という存在が、人間社会で大きなものだと思っていなかった。


「第二王女が何を考えているのかは分かりません。ただ……今のところ、急所には至らないかと」

「なんだと?」

「第二王女の支持基盤は一部の冒険者となっていますが、この一部の冒険者と言うのは、ウロボロスをはじめとした『今回大混乱になっているところ』ではなく……こちらです」


 新聞や雑誌の切り抜きをテーブルに置く。


 当然、そこにあるのは、フォックス・ホールディングスをはじめとした『アグリ勢力圏』のことだ。


「……こいつらは?」

「フォックス・ホールディングスという公認ギルドと、その傘下のコミュニティです。そして中でも、会長のアグリ。こいつが傑物です」


 新聞を取り出す。

 そこに記載されているのは、ルレブツ伯爵邸での騒動と、その解決経緯だ。


 当然、そこにはでかでかと、『ハイエストオーガを倒した四源嬢』という見出しが付いており、キュウビの力を使っているアグリが映っている。


「……ああ、これか。興味もないし、あまり調べていなかったな……で、ハイエストオーガってのは、どれくらい強いんだ?」

「転移街で言いますと、最高到達階層は75層といったところでしょう」

「深いな」

「ええ、私が提供できるカードで潜れるのは70層まで。しかも製造可能な枚数は少なく、大量生産は今のところ出来ません。それを突破する実力の持ち主です」

「そこまでの強さを……なぜ、アーティアに従っている。おかしいだろう。冒険者を支持基盤にするとか言い出して、権力闘争において一歩引いた大バカ者だ。城でも大した勢力を持っていないはず……」


 冒険者が王族と何らかの関係を築くことは、問題はないしよくあることだ。


 どっぷり権力者に浸かって裏金を貰っていたり、私兵などの立場を持っていたら大問題だが、単なる利害関係の付き合いならよくあることだ。


 当然だが、王族が相手だろうと『クエストシート』の発行は可能で、受発注は王族であることは何も考慮されないのだから。


「どのように付き合いだしたのかはわかりません。ただ……このアグリ勢力圏をどうにかしなければ、第二王女の余裕が崩れることはないでしょう」

「チッ……」


 ここでフュリアムがどれほど喜んだとしても、それは全てぬか喜びだ。


「……ふむ」


 フュリアムは記事を見る。


 その視線は、明らかに、アグリの写真を見ている。


 キュウビの営業によって、多くの雑誌でアグリの写真が使われている。


 ……美しい。


 艶のある白い長髪も、張りのある白い肌も。


 神秘的で幻想的な絵画から飛び出してきたかのような顔立ちも。


 何から何まで美しい。


「こいつ、本当に男か?」

「ええ、男性です。間違いありません」

「そうか……まあいずれにせよ、これほど美しい存在が、俺の物になっていないのは不条理だ。なんとしてでも確保しなければな。しかし冒険者か……」


 あれこれ考えている様子のフュリアム。


「関係ないな。冒険者など辞めさせればいい。父上に次ぐ軍事権の持ち主であり、第一王子。そんな俺にかしずけるのだ。これほど栄誉なことはないだろう」


 歪んだ笑みを浮かべている。


 ……まず間違いないのは、古今東西、軍事権は大きな意味を持っているが、『モンスターを倒せば硬貨が出てくる世界』において、戦う者をどのように動かすかを決められるのは、大きな意味がある。


 この世界における資本力の根本は戦闘力であり、だからこそ、超一流の武芸者が評価されるのだ。


「75層に到達できるハイエストオーガを倒す実力。欲しいな。いや、そもそも俺の物であるべきだ。アーティアに従っているなど勿体ない。どうせ冒険者など、金を出せばどうにでもなる」


 ククク。と笑うフュリアム。


 だが、シェルディは、一つ、知っていることがある。


 Aランク冒険者のカードを大量に兵士に配って、それで得られる金貨は確かに多い。


 とはいえ、『人外』と称されるSランク冒険者が潜っているのが『51から60』である。

 言い換えれば、『人間と言う種族』にとって、適切なのはAランクであり、『41から50』なのだ。


 このあたりはまだ、『人間社会』に対して適切な刺激を与える。


 だが、ダンジョンは深くなればなるほど、人間の強さを前提としない難易度設定となる。


 当然、その『報酬』も。


 フュリアムが全財産を出したところで、アグリが首を縦に振るとは思えない。


 あと……『冒険者など金を出せばどうにでもなる』というのは、それは『ライセンスの更新料が高すぎる支部の場合』だ。


 上から引っこ抜かれる金額が多いのであれば金は交渉材料になる。ただ、王都も安くはないが、特別高くもない。


 なによりも……フュリアムは今まで、しっかりと、対面で、『本当に強い冒険者』に会ったことがない。

 少なくともシェルディからは、『なさそう』に見える。


(要するに……本当の強者の財力を思い知ったことがない。ということか。度肝を抜かれるだろうな)


 シェルディは他人事のように、そんなことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る