第75話 べレグ課事務室にて、上級役員がやってきた。

「本来なら狐組本社に居たかったんスけど、本部職員がどこかに肩入れするのは褒められた行為じゃないんスよねぇ」

「確か支援部に引っ付く形でどこかと繋がることはできても、それ以外なら避けた方が良いと聞いたことはあるな」

「まあそもそも、担当班ではない冒険者に肩入れするのを避けた方が良いのは、支援部も同じっスよね」

「そうだな」


 エレノアだが、王都にある支部の、べレグ課の事務室に来ていた。


 べレグが書類をまとめていたので、『手伝うっスよ』と言って一緒に作っている。


「で、べレグ課に引っ付いて、狐組に関わろうという話か」

「そうっスね。ここに身を置くと決めて、べレグさんが認めたら、私は『本部から派遣された職員』という扱いになるっス」

「……本部の権力があれば、本部の職員や役員くらい、簡単に担当班にねじ込めると思っていたが」

「金や嗜好品を積んでねじ込むことは簡単っスよ。ただ、あくまでも決めることができるのは担当班の班長っスね」

「そういうルールになってるのか」

「首を縦に振らせることは造作もないっスよ。ただ、首を縦に振らないと決まらない。本部ってそう言う場所なんスよ」

「……そうか」


 エレノアはまだ十七歳だ。


 ただそれでも、本部職員として働いていく中で、苦労したことはいくらでもある。


「……そういえば、エレノアはなんで本部職員になったんだ?」

「んー。本部って、支部からいろんなものを絞り上げてるっスよ。それをもっと、冒険者にとってより良い分配にするために、いろいろ調べてたっス。まあ、既得権益に喧嘩売ってるのと同じっスから、そこからはいろいろとね……」

「いろいろあった……か。それはそれとして、本部でしか出来ない事は多いはずだが、べレグ課への派遣職員と言う形に落ち着くのはいいのか? ここにいても、大した分配は出来ないぞ」


 アグリの収益は確かに大きい。


 だが、この世界に存在する支部から搾り上げてきた利益の総量に匹敵するほどではない。


 ……いや、アグリがとことんまで『稼ぐ』ことに特化した場合にどうなってしまうのかはわからないが……というかアグリが稼ぐことに特化した場合、その外見をフル活用することになるのでエグいレベルの金貨が動くだろうが。


 いずれにせよ、アグリの稼ぎは冒険者本部から見ても異常だが、『全体』としては、『目立つ』というレベルにとどまっている。


「いいっスよ。本部で後ろ盾がない状態で、アレコレ弄るのは無理っス。顔と体が良いだけじゃ、限界があるっスよ」

「それで、とりあえずべレグ課で実績を積んで、発言力を高めると」

「そうっスね。フォックス・ホールディングスは『報告免除特権』が『最高レベルフル装備』っスから、企むのに苦労しないっス」

「……まあ、それくらいの企みなら、姉貴から見て可愛いもんだろうな」

「あっはっは! そう言われると……私も小さい存在っスねぇ」


 手伝うと言った分が終わったのか、エレノアは書類を提出用の箱に入れた。


「べレグさんは、『躾の首輪』って、御存じっスか?」

「ああ。その効果も知っている。昔、知り合いが付けられていた」

「そうっスか」

「ということは、エレノアが付けられていたのはソレか」


 本部でいろいろあった。

 その話の後に首輪の話をするのだから、『それをつけられていた』というのは想像に難くない。


「その通りっすよ。姉さんのところに行ったんスけど、いや、ほんと、すごいっスね。姉さんがちょっと首に触ったら、普通に取れたっスよ」

「ダンジョンの奥に入れば、人間社会のバランスを前提としない報酬が待っている。それに踏み込めると考えれば……」

「ああいや、話したいのはそっちじゃないっス」

「ん?」

「姉さんから、至近距離で体をじろじろ見られるのって、めちゃくちゃ興奮するっスね!」

「……」


 べレグはとある確信があった。


 アグリと一緒に風呂に入ったことをここで告げたら、この事務室が血の海になると。


 そう……アグリはルックスが優れている上に、変に恥ずかしがることがない。


 おそらくキュウビのプロデュースの影響もあるだろうが、『一応』男性であるアグリが、女性と目があったり、体を見ることに関して、何の恥ずかしさもない。


 真正面から、本当にじろじろ見られるわけだ。


 で、アグリのルックスは抜群で瞳も美しいため、それで見られると、エレノアみたいなタイプはドキドキするのである。


 ……まあもっと言うと、アグリがそういう感性を持っているからこそ、狐組の性癖はヤバいことになったのだろうが。


「……それに、今はランちゃんがいるっス。これは最高っスね」

「どういう意味だ?」

「べレグさんもなんとなくわかってると思うっスけど、姉さんは自分の外見の価値は分かっていても、それを積極的に使おうとはしないっス」

「そうだな。どちらかと言うと、キュウビさんの方が姉貴に対して積極的な提案をしているように見える」

「ただ、姉さん本人は別に抱き着かれても多少は受け入れてくれると思うっスけど、こっちの勇気が足りない場合が多いっス。結果的に触れられる機会がほとんどないので、ムラムラするんスよ」

「そう……なのか?」

「そうっス。ただ、このムラムラしてきたところに、彗星のごとく現れたのがランちゃんっス。姉さんの頭の上に普段からいて、可愛らしく、そして酷い目にあったときの反応が良い。こんな逸材はなかなかいないっスよ!」

「……」


 要するに。


 エレノア……とユキメもそうだろうが、ランにトラウマを植え付けていることは重々承知している。


 ただそれはそれで、酷い目にあったときの反応が良いので、なんだかイジメたくなるのだ。


 ついでにアグリの匂いも堪能できる!


 キュウビもアグリの匂いくらいは多少ついているだろうが、そもそもキュウビはプロデュース側なので、手を出すと後で酷いことになりかねない。


 アグリ本人は美しすぎて、触れるのに勇気がいる。


 そういうわけで、ランの登場は、とても都合がいいのだ。


 ……ランが聞いたら逃げ出すような話ではあるが。


「……まあ、じっくり堪能したいなら、問題は片づけないとな」

「そうっスね」


 エレノアが頷いた時……。


「ここがべレグ課だな。ここはこれから、本部の上級役員である私、レミントンの物だ。私の指示に従ってもらおう」


 初老の男性が扉を開けてズカズカ入ってくると、遠慮も躊躇もなくそう言った。


 ……後ろに、武装した大量の兵隊を連れて。

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