第76話 権力が通じない非常に稀なケース
べレグ課の事務室に乗り込んできたレミントンと、武装した兵士たち。
ついでに言えば、兵士たちは既に剣を抜いて、しっかり構えている。
レミントンの指示一つで、ここで大暴れすることが可能という事だ。
「……なあ、エレノア」
「なんスか?」
入ってきたレミントンたちを見て、べレグはエレノアに声をかける。
「本部って、大体こんな感じなのか?」
「まともな能力を持ってるやつが、姉さんに手を出すと思うっスか?」
「……思わんな。ついでに言うと、まともな能力を持っていたら、姉貴の存在を知るのはもっと早いはずだ。とも思う」
「べレグさんも苦労人っスね」
「伊達に四十五年も生きてないからな」
相手の能力や計画力に対し理解を示すというのは、それ相応の人生経験が必要だ。
そう言う意味で、べレグはいろいろ見てきたのだろう。
レッドナイフに所属し、そこから支部の職員になり、支援部で一つの課を立ち上げた。
それそのものはアグリも絡んでいるだろうが、そもそもレッドナイフはサイラスが作ったチームであり、サイラスの年齢が二十代後半であると考えると、べレグには『レッドナイフよりも前』がある。
その『前』でいろいろ知ったのだろう。
立場に対して能力が伴わない権力者など、世の中にごまんといる。
それに対して理解を示すほどの経験値と言うのは、苦労人でなければ積むことはできない。
「何をゴチャゴチャと……とにかく、貴様らは私の部下になるのだ。とりあえず、この課は金貨を大量にため込んでいると聞く。金庫の番号と、鍵を渡せ」
「上級役員なんだから、金は動かせるんじゃないのか?」
「限度額無制限とはいかないっスよ」
「一体何に使ったんだ? 酒と肉と女か?」
「まあ大体そうっスね。新しい娯楽に目を向ける好奇心なんて枯れてるっスよ」
「なるほど」
ただ、べレグとしては、『一人の人間が娯楽で使える金』には限度があり、上級役員が動かせる金から見れば雀の涙に等しい。と思うのだが。
……まあ、ここで追及しても仕方のない話だ。
「えー、とりあえず、お断りしよう」
「……なんだと? 本部の上級役員である私に逆らうのか!」
「ええ、あなたたちの行動は、冒険者にとって不利益だ。支援部の役割は、端的に言って、『担当する冒険者にとって都合のいい存在である』ということ。本部役員に媚びを売ることが仕事ではない」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてはいない。本部役員としての立場はあるでしょうが、我々には我々の立場がある」
「な、舐めているのか。貴様らをクビにして、叩き出すことも出来るんだぞ!」
「……人事権。ですか」
「そうだ!」
バートリーが馬車で王都に向かっているときに行っていたことでもあるが、本部役員は確かに、高い人事権を持っている。
立場には報酬がつくものだが、その立場に誰がなるのかを決めるのが人事権であり、組織において最強の権限といって過言ではない。
「……本部役員と言えど、特定の誰かを別の部署に放り込むと強制することはできないっス。まあ、その部署に行かないとひどい目にあうと脅して向かわせることはよくあることっスけど、制度上は無理っスね。ただ、『不良職員』の名札をつけて協会から追い出すことは可能っス」
「その通り! いいか? 私は最強の権限である人事権を持っているのだ。貴様が何を言おうと無駄だ!」
「……はぁ」
べレグはため息をついた。
「俺を追い出した後、あなたがこの課を支配し、そして、『四源嬢アグリ』を好き勝手にすると」
「その通りだ。よくわかっているじゃないか」
「で、その四源嬢アグリが言うことを聞かなかったらどうするんだ?」
「フンッ! 本部役員の権限で、強制的に冒険者の資格を剥奪することが可能だ。それをチラつかせれば……」
「……四源嬢アグリは、別に『冒険者』という立場に固執しているわけではない」
「……なんだと?」
べレグが言っていることは事実。
アグリは別に、冒険者と言う立場に固執していない。
ただ、ライセンスを発行できる立場であり、それを使えば、『転移街』の底まで一気に行けるという点。
そして、血統国家や宗教国家という立場から離れており、『便利』だから使っているだけに過ぎない。
アグリの目標は、父親から貰った剣術と、母親から貰った刀と、妹から貰った魔法を使い、ダンジョンのラスボスを倒せるようになること。
ただし、現状はキュウビの力を使わないと出来ない事だ。
その上で自分を鍛えて、キュウビの力を使わなくても倒せるようになる。そのために、アグリはダンジョンに潜っている。
「あー。そうっスね。確かにそうっス。あと、冒険者を辞めたら、第二王女と婚約しそうっスね」
「まああの手この手でやってきそうではあるな」
ただ、ライセンスの発行ができるのは冒険者だけではない。
このヘキサゴルド王国の王族も、兵士たちが転移街と言うダンジョンで資金調達と実戦訓練を行うために、ライセンスを発行できる魔道具を持っている。
加えて、ダンジョンは冒険者が独占することはできない。
むしろ、国が、『巡回ルートは決まってるから、それ以外なら使ってもよし』と許可を出しているから使えるのだ。
要するに、アグリが冒険者を辞めた場合、アーティアに頼る可能性が高い。
そこでライセンスを発行してもらい、ダンジョンの奥に行って鍛えるために時間を使う許可を貰えば、根本的には何も変わらないのだ。
「ついでに言えば、狐組は姉さんが中心で回ってるっス。姉さんが辞めたら、皆もやめて、第二王女を頼るルートも考えられるっスね」
「可能性は高いだろうな。姉貴がアーティアを立てるようにと言ったら、みんなそれに従うだろうし……」
アグリにとって、アーティアは自分の目標における最強の予防線なのだ。
第二王女であり、ライセンスの発行権限を持っている。
好意云々はわからないが、べレグはアグリから、時折、アーティアが婚姻届を出してくるという話は聞いている。
べレグからするとなんだか節操のない話ではあるが、ここで重要なのは……。
「ああ、すまんな。そっちが把握してない話ばかり進めてしまって……簡単に言うと、本部役員の権限など、何も怖くない。それが、フォックス・ホールディングスという組織、『四源嬢アグリ』という冒険者だ」
「ば、馬鹿な……ありえん」
「出直してこい。考えが浅すぎる。こちらが無抵抗に要求を聞き入れるという前提で物事を考えすぎだ」
「ぐ、ぬぅ……い、いいのか?」
「何が?」
「こちらは『宝』がある。それを使えば、フォックス・ホールディングスとその傘下はさらに発展するだろう。だが、それを一切使わせないことも、私には可能だ」
「手札が弱い。出直せ」
「なっ……お、覚えていろ。私に逆らったことを、後悔させてやるからな!」
レミントンはそう言って、兵士たちを連れて出ていった。
「……何のために兵士を連れてきたんスかね?」
「さあな。剣を抜いておけば威圧できる……という、ただそれだけなんだろう。そもそも抜身の剣を持つ兵士が傍に居るという事の意味すら、わかっているかどうか怪しい」
「さすがにそれは分かっていて欲しいっスけどね」
エレノアはため息をついた。
「……というか、もし姉さんが冒険者を辞めて、第二王女と結婚することになったら、姉さんはタキシードで第二王女がドレスっスか? 私は姉さんがウェディングドレスを着ているところが見たかったんスけどね」
「二人ともドレスでいいだろ」
「名案っスね」
「まあ冗だ……いや、話を戻すとして」
べレグは『冗談』と言おうとして、エレノアの空気が変わったので訂正した。
「いずれにせよ、姉貴が冒険者を辞めることにはならんだろう。レミントン派は本部の中でも大きいと聞くが、それでも三割くらいか?」
「そうっスね。主流派が四割、レミントン派が三割、中立が三割ってところっス」
「なら、他の派閥が、姉貴が辞める事態を避けようとするだろう。なんせ、『報告免除特権』が『最高レベルフル装備』なのは知っているはずだ。その財力を生み出す存在を手放すなど、考えられん」
冒険者は、世界人口の千分の一であり、それでも血統国家や宗教国家と渡り合えるほどの組織力がある。
ただし、そこには冒険者個人に高い水準を要求するからこそ可能な発言力である。
その要求そのものを鼻で笑いながら軽く超えるアグリを手放すとは考えられない。
「……まあ、そうっスね。次はどうなるのやら」
「さあな。ただ……賢い選択をするとは思えんよ」
「私もそれには同感っス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます