第77話 【レミントンSIDE】『立場』の哲学を知らぬ者たち。

 王都の高級宿屋にて。


「バートリー! 一体どうなっている。貴様が『冒険者からの追放』をチラつかせれば、言うことを聞かせられると言ったのだぞ!」

「お、俺は今まで、それで通してきたんだよ! 今回もそうなると思ってて……」

「ふざけるな! くそぉ……」


 レミントンはバートリーに怒り狂っていた。


 ……そう、本部役員であったバートリーだが、エレノアに録音機で失言を記録され、提出されたことで査問にかけられていた。


 ただ、レミントンが『本人の声ではなく、似ている別人の声だ』と主張し、権限を使ってゴリ押ししたので、なんとか通った。


 首の皮一枚繋がったというより、『このまま泳がせておけばどうなるのか』が知りたくなった者たちの思惑とも言い換えられる可能性はある。


「もしも威圧すれば、冒険者を辞める? そんな馬鹿なことがあるか! 冒険者は生涯冒険者と決まっているのだぞ! ぐぬぅ……」


 生涯冒険者、などと決まっているわけがない。


 ただ、そうする者が多かっただけ。


 アグリの様に、冒険者であることそのものが手段であり、目的ではなく、そして冒険者ではいられなくなった場合の保険がある人間など、そうはいない。


 目の前にいる、自身に襲い掛かってくるモンスターを倒して、金貨を得る。


 冒険者と言うのは、そう言う『目の前のこと』に注目している。


 長い目で計画を立てることができる者など、そういない。


「……四源嬢を取り込むことができれば、私が協会長になる日は近い。そのための駒になれるのだぞ。一体、何が悪いというのだ!」


 レミントンもバートリーも言うことはたいして変わらない。


 というより、本部役員と言うのは、本部の地下や周囲に存在する『歓楽街』によって、とにかく目先のことに金を使いがちで、計画性があまりないのだ。


 もちろん、サービスというのは、利用されるからこそ評価することができ、改善することができる。


 そして、『高級路線』のサービスを企画し、運営することは、人間の欲望に対して的確な目利きが必要であり、データがそろわなければ投資も難しい。


 そう言う意味で、歓楽街が広がっており、そこを日々利用することができる財力があるのは、間違いではない。


 アグリほどではないが、冒険者であることを手段とするトップ層の連中は少なくない。


 そう言う連中をつなぎ留めておくために、歓楽街の研究と開発は確かに必要なのだ。


 トップ層の冒険者が一人いなくなるだけで、他の『国家』の誘惑に負けるだけで、影響力は著しく変わる。


 とはいえ、レミントンが……いや、レミントン派が、それを理解しているかどうかは怪しいが。


 というか、『経営』ではなく『文化』という世界に放り込むのは、基本的に能力が足りないから、とも言い換えられる。


 出来の悪い息子には適当に小遣いを与えておき、優秀な婿を迎えて経営を叩き込む。というのは、長年続く大きな組織では珍しくない。


 アグリがそのあたりの話を聞けば、『そもそも、息子は選べんが婿は選べる』ということわざがある。と考えただろう。


「チッ、どうやら、少し、痛い目にあわなければわからんらしい。宝を使い、兵士たちの強化だ。その武力で、狐組の関係者を拉致監禁。これで言うことを聞かせるぞ!」

「わかりました! レミントン様!」


 レミントンの提案に、すぐに頷くバートリー。


 ……なかなかの腐り具合だが、そもそも……絶対的な暴力を持つ存在を前にして、『小細工』で挑もうというのがおかしい。


 ただ。彼らはわからない。


 本部役員には本部役員の立場があり、冒険者には冒険者の立場がある。


 立場。


 これを理解している者は、多いようで少ない。


 弁える。踏み越えない。最大限の仕事をする。


 立場と言うのは、それを厳守するからこそ、『権威』を放つもの。


 とはいえ、わからなければわからないで、別にそれは良い事だ。


 ただ、狐の尾を踏んで、白の逆鱗に触れて、全てを失うという未来が待っている。それだけの話である。

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