第84話 ムーンライトⅨ作戦会議室にて

「マサミツ! 見ろ! ランちゃんを捕獲したぞ!」

「とりあえず。お前は頭を冷やせ。話はそれからだ」


 次の日。


 ムーンライトⅨの『作戦会議室』にて。


 マサミツが会議のために地図や駒、資料を用意していたが、そこにお肌がツヤッツヤになったベラルダがやってきた。


 ランはぐったり……いや、ぐっっっっっったりしている。


 ベラルダは『傀儡子』であり、魔力の糸を利用して何かを操作して戦う。


 そしてその『糸』は強度がとても高く、ランのような筋力がないモンスターでは太刀打ちできない。


 まあ要するに、全然動けない状態で一晩過ごしたという事だ。こればかりはドンマイとしか言いようがない。


 しかも、ムーンライトⅨは序列一位から三位までがSランク冒険者とされており、当然ベラルダもそこに含まれる。


 Sランク冒険者が自らの性癖の為に利用する気満々なのだから、ランの実力で逃げられるわけがないのだ。


「頭を冷やせって……これでも冷えてる方だろ」

「まあそれはそうか」

「ぴ……ぴぃ?」


 ホンマに言ってんのそれ。

 と言ったそうな雰囲気で、ぐったりしているランが鳴き声を漏らす。


 ……生まれてすぐのモンスターは言語理解がそこまで進まない場合が多い。のだが、ランは自分の状況を理解するためか、それとも別の要因なのか、言語理解が早い。


 頭を冷やせ。という『慣用句』をしっかり理解できている以上、かなり言語理解が進んでいるようだ。


 まあ、ランは『ぴい?』が限界なので、ランの意思を示すのには苦労するが、そもそもランは現在、巨乳と氷菓子とアグリが大好きという、その点だけわかっていれば接するのに苦労しない。


 ……ミニスカスーツ美少女が苦手、ということも分かっていれば、なおさら苦労はしない。


「ぴい……ぴ?」


 ランがテーブルの上にある地図と駒を見る。


 人はともかく、『施設』も作りこまれたものとなっており、造形としてしっかりしている。


「お、気になるか? アタシは『傀儡子』であると同時に『彫刻家』でもあるからな。こういうのを作るのは得意なのさ」

「ぴぃ……」


 テーブルにパタパタと飛んで、剣を持った駒を見たり嗅いだりしている。


「ぴっ」


 ランの中で、『これは食べ物ではない』と認識したようだ。


 ……まあ、一応ランはモンスターなわけで、地図と駒はシミュレーションの為に使うのだから、この場合は『デカいドラゴンがいきなり出てきて冒険者を食べちゃう』というシチュエーションになってしまう。


 それは、避けた方が良いだろう。


 地図を見る限り、大型のボスモンスターを討伐するための作戦だろうか。


 大きな二足歩行のウシ型モンスターの駒が、広い円の中に置かれており、それと対峙するように、剣や弓、杖などを握った駒が置かれている。


「……ぴい!」


 ランはウシ型モンスターの駒を蹴飛ばすと、そこに自分が立った。


「ぴいいいいいいいいっ!」


 そして元気に鳴いた。


「流石に裏ボスとしていきなり『氷越竜ラン・ジェイル』が出てくるのは勘弁だな」

「アタシもやってらんねえわ」

「ぴいい!」


 ランは口から氷のブレス……といっても大した威力ではないそれを放出。


 近くにいた駒、武器を持たず、両手に腕輪をつけた女性型の駒にブレスが当たった。


「狙ってやってんのかこれ」

「さあ。僕にもそこまでは」


 武器を持たず、両腕に腕輪をつけた女性型の駒。


 ここがボス部屋である事を考えると、そこに挑むに値する冒険者なので、まず間違いなくベラルダである。


 その駒に対し、最初にブレスを当てるのはいかがなものか。


 ……いや、モンスターの行動の優先順位にアレコレ言っても仕方がない。というのもまた事実ではあるが。


「まあとりあえず、ランは会長のところに返してくるんだ」

「えー、なんでだよ」

「一晩経ったらお前の匂いが移るからだ」

「アタシの匂いが嫌だってのか!?」

「嫌と言うか、不要だ。それに、一晩経ったらある程度匂いもとれるからな。堪能しようというのはもうこの際否定しないが――」

「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 マサミツの言葉に絶叫するラン。


「……否定しないが、戻しておかないと感動も薄いぞ」

「まあ、それはそうか」

「ぴ、ぴいい……」


 ランはマサミツの顔を見る。


 紛れもなく、爽やか系のイケメンである。

 ランがカードの影響で『氷越竜ラン・ジェイル』になっていたとき、一応マサミツとも対峙しているが、ランのその時の記憶はあやふやなので、そこの記憶はない。


 ただ、マサミツの顔だちは、女性なら十人中十人が『イケメン』と答えるほど整っている。


 そんなマサミツだが、まさか、ミニスカスーツ美少女たちと同等の変態性という事なのだろうか。


「ぴ、ぴい……」


 まあ、ランにとって残酷なことを言えば、『この程度のことは狐組だと珍しくない』ということだが。


「つーわけで、かいちょーのところに戻るぞ」

「ぴいっ!?」


 急に、糸で体が縛り上げられる。


「よーし、そんじゃいくぞ!」

「ピイイイイイイイイイイイイイッ!」


 モンスターであるランであっても、体の自由がきかない状態で無理やり連れていかれるのは怖いのである!


 ……で、ベラルダとランが部屋を出ていったあと。


「あ、あの、マサミツさん。アレって、大丈夫なんですか?」

「ん?」


 ムーンライトⅨでマサミツの部下を務める女性が、彼に話しかける。


「大丈夫とは、一体なんだ?」

「ミニスカスーツの美少女に対して恐怖心を抱いてもおかしくないですよ?」

「問題ない。それを克服する方法はある」

「え、そんなのがあるんですか?」

「ある。僕がベラルダの行動を放置しているのは、むしろその恐怖症を加速させるためだ。ただし、どれほど恐怖症が進んだとしても、とある人間がミニスカスーツを着てランに接触しただけで、ランの恐怖症はなくなる」

「とある人間って……」

「別に言わなくても分かることだ。まあとにかく、その計画を進めるために、ベラルダの扱いは調整していた。それだけのことだ」


 マサミツは駒を並べながら言う。


「フフッ、必要な資料を取ってくるよ。ちょっとこの通りに並べておいて」

「は、はい!」


 マサミツは手元の資料を部下に渡して、部屋を出ていく。


 ……気のせい、ではない。


 その時、マサミツの顔は、間違いなく、ニヤニヤしていた。

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