第2話 冒険者登録

「……アノニマス。解体されちゃったねぇ」


 屋根の上で、黒いフードマントが揺れた。

 キツネの面の下から声が漏れて、空気に溶けていく。


「……まあ、年貢の納め時と思えば、別にいいかな」


 フードマントを脱いで、仮面を取る。


 ……その中から現れたのは、『美しい』の一言に尽きる。


 長い白髪と、半袖のシャツの為見える白い腕は、太陽からの光を浴びて仄かに光る。

 体つきは細く、身長も、百五十五センチと言ったところか。


 顔だちは可愛いや美人でも通じるが、もっと言えば『神秘的』と言えるもの。


 魔法が存在する世界でこう述べるのも無粋ではあるが、『幻想的な絵画から飛び出してきた』かのような美しさがある。


「さてと……」


 マントを畳むと、指を鳴らして、近くに現れた『渦』の中に放り込む。

 次に、仮面を上に放り投げた。


「ん~……ほっ!」


 声と共に、仮面が姿を変える。

 その姿は小さい。

 放り投げた方も頭は小さいが、そこに着地して、なんだか『丁度よさ』を感じる大きさ。


 キツネの顔と体。そして、もふもふの九本の尻尾が特徴的だ。

 じっとしていればマスコットにしか見えない。

 仮面は、そんな存在に姿を変えた。


「しかし……前世でどういう徳を積めば、こんな外見に育つんだろうね。キュウビはどう思う?」

「別に良いんじゃね? 俺様は外見至上主義ルッキズムなんでな。あるじの外見が美少女なのは好都合だぜ!」


 ニカッと良い笑みを浮かべるキツネマスコット……ではなくキュウビ。


「ただ、あるじは胸がぺったんこなのがなぁ」

「いや、俺は男なんだから、胸は無くて当然だろ」


 そう。


 白い長髪で、体つきが細く、神秘的な美しさのある美少女と言った外見だが、紛れもなく、生物学上は男である。

 俗にいう『男の娘』と言う奴だ。


「はぁ……で、どうすんの? あるじ」

「協会支部に行って、ライセンスを作ってもらおう。なかったら不便だし」

「ま、それはそうだな。じゃあ、早速行こうぜ!」

「方角忘れた」


 キュウビは少年の頭の上で器用にコケた。


「はぁ、俺様が道案内してやるよ」

「助かる」

「晩飯の油揚げはいつもの倍な!」

「わかってるって。安いんだか面倒なんだか……」

「うへへ、楽しみだぜ!」


 ★


 冒険者協会支部。


 依頼をこなしたり、ダンジョンに行って一攫千金を狙う『冒険者』をまとめ上げる組織の、支部だ。


 人……いや、冒険者の数が一定以上になる地域には、必ずと言えるほど支部が作られている。


 雑用係だったり、近くで出現したモンスターの駆除だったり、要望は様々だ。


 そうした役割をこなす冒険者たちに、『ライセンス』という身分証明を発行し、管理するのが、協会支部の役割である。


「お邪魔しまーす」


 扉を開けて、白い髪の少年が中に入る。


 中にいる面々は、誰か入ってきたな……と視線を向けて、その神秘的な美しさに驚愕した。


 大きな都市なので歓楽街もあるし、そこで金貨を積んで会える高級娼婦は、高ランク冒険者の男たちにとって、手を出せることそのものがステータスだ。


 貴族が通う、この国で最も大きな学校があり、そこには、優秀な血を取り込んできたことで外見が優れた少女も在籍している。


 そういった『容姿の優れた女性』というものに、見慣れる者も多い。

 しかし、入ってきた子供は、そういうのとは別の分類だ。


 欲を刺激するというより、子供と大人の狭間の様な魅力というより。

 ただ、美しい。


 左腰に刀を装備しているので、戦う存在であることは分かる。

 ただ……半袖のシャツから見える真っ白な腕は細く、足もその細さが分かる細身のズボンのため、よく映える。


 要するに。

 入ってくるだけで、空気が変わった。


 ついでに言えば。

 その存在感が強すぎて、頭の上にいるキュウビはガン無視されている。


「すみません。冒険者登録したいんですけど」

「あ、は、はい。こ、こちらに必要事項を記入してください。代筆もできますが……」

「ああ、大丈夫です。自分で書きますよ」


 ペンをとって、紙に記入していく。


「えーと……こんなものですかね」

「確認します。名前はアグリさんで……え、男!?」


 受付嬢も少年……アグリの容姿に呑まれていたようだが、その紙に書かれた性別を見て驚いている。


 当然、周囲で様子をうかがっていた冒険者たちも同様だ。


「ええ、こんな見た目ですけど、男ですよ。こんな見た目ですけどね」

「喉仏も小さいけど見えるぜ。ハイネック着たらマジで女だけどな!」

「キュウビ、静かにして」


 ちなみに、書類には同伴するモンスターに関することも書いている。


 召喚士だったり魔物使いだったり、そういった職業の場合は記載する必要があるのだ。


「し、失礼しました。あの、こちらの水晶に触れてください。魔力を読み取って、ライセンスを発行します。そちらのキツネさんも一緒に……」

「え、俺様も?」

「ライセンスを発行・更新するときに一緒に登録しておくと、ライセンスはしっかり、俺の同伴者って認識してくれるからね」

「便利だなぁ……」


 というわけで、アグリと、彼の頭から飛び降りたキュウビは水晶に触れる。

 少し光って、彼らの魔力を読み取ったようだ。


 受付嬢がいくつか操作をすると、カードが発行される。

 追加で、ネックレスが出てきた。


「こちらがアグリ様の冒険者ライセンス。それから、こちらがキツネさんの認識タグになります」

「冒険者ランクとしては最低ランクからか」

「ランクは関係ねえだろ。ライセンスがあることが大事だ」

「確かに」


 アグリはカードを手に取って、キュウビは器用に自分でネックレスを付けている。


「それじゃ、ダンジョンにでも潜ろうか」

「だな!」


 キュウビはアグリの頭の上に飛び乗った。


 そして……ダンジョンに潜るとなれば、当然動く人間もいる。


「な、なあアンタ。俺たちを組まねえか?」


 男四人組だろう。

 しっかりした装備……より分かりやすく言えば『中堅』といった印象のある男たちが近づいてきた。


「悪いけど、使っている魔法の都合で、君たち四人と一緒に五人で戦うより、一人の方が強く戦えるんだ。ごめんね」

「えっ……」

「それじゃ」

「あ、ちょっと……えっ」


 次の瞬間、四人は……いや、そこにいた全員が、アグリを見失った。

 忽然と、さっきまでそこにいたはずなのに、アグリの姿を見失う。


「……え、あれ、さっきの人。夢?」

「い、いえ、ライセンスとタグの発行履歴はありますから、夢ではありませんよ?」

「じゃ、じゃあ、一体どうして……」


 ざわつくロビー。

 彼らが答えにたどり着くのは、一体、いつになることだろう。


「いやー、しっかし、あるじの魔法も反則レベルだよなぁ」

「そうだね」


 そのころの一人と一匹だが、支部を出て、まっすぐダンジョンに向かっている。

 もちろん、彼の容姿は非常に目立つので、通る人は誰も彼もが振り向く。


 だが……近くに行こうとすれば、忽然と見失う。


「『集中力強化』の『付与魔法』だよな。『あるじがいた空間』を対象に、周囲の人間の意識を『そこ』に集中させる。視野が広くても、一点に集中している状態だと、周りが見えないから、『忽然と消えた』ように感じるってわけだ」

「まあ、『付与魔法』への対抗がないと難しいよね」

「またまたぁ……」


 キュウビはアグリの頭の上でため息をついた。


「ウロボロスにいた時、表舞台の連中を実験台に鍛えまくってたじゃねえか。そんじょそこらの付与魔法対策なんて通用するかよ」

「まあ、長年やってきたからね。普通は無理だと思うよ。体に害はないし」

「まったく……!」


 キュウビは何かを思い出した。


「そういや、あるじ、ウロボロスに使ってた『集中力強化』って、今はどうなってんの?」

「全部辞めたよ。この国の法律で、有益な付与魔法であっても無断で行使する場合、その相手は同じ組織の人間にしかできないからね」

「まあ、アノニマスが解体されてクビになったんだし、付与魔法を続けてたら法律違反だわな……」


 こういう話になると、先ほどから集中力強化の付与魔法を使って、視線を誘導させたり忽然と消えたようにしているのが良いのかどうか、と突っ込んでくる冒険者も多い。

 が、こちらの付与魔法は有益かどうかではなく『防衛』のために使っているのでノーカンだ。


「そういうこと」

「……それって、アイツら大丈夫なのか?」

「さあ?」


 アグリはフフッと微笑む。

 それだけで周囲の雰囲気を変えるほどの威力があるが、アグリは気にしない。


「集中して今まで仕事に取り組んでたのは事実。それ相応に技術は身に付けているよ。ただ……地獄だと思うけどね」

「あるじってさ、『時限爆弾』って好きか?」

「嫌いじゃないね」


 アグリがウロボロスを辞める時が、爆発するとき。

 はてさて、不老不死という解釈も可能な『名前』を持つ組織だが、これからどうなることやら。


 アグリは楽しそうに、キュウビは溜息をついて、ダンジョンに向かう。

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