第57話 『九尾解放アグリ』VS……

 竜と鬼の両方の種族特性を持った『ドラゴオーガ』であるラトベルト。


 シェルディに対し、『カードを使う』か、『生き恥を晒す』かの二択を迫り、カードを渡して転移魔法で消えていった。


「……こうなっては、もはや引くことは出来ん」


 シェルディはカードを見る。


「……四源嬢アグリ。貴様だけは倒さなければならない」

「そのカードを使って、俺を倒す……か。それはいいとして、そのカード、デメリット部分は露骨だけど、どんな効果があるのかは、君に見えてる?」


 アグリは首を傾げた。


 ラトベルトは、『このカードを使え』といってカードを渡した。


 そして、デメリット部分、要するに『才能を抜き取る』部分は隠す気がない。アグリにもはっきり見えている。


 だが、カードを使うとどうなるのかは、わからない。


 離れていても、キュウビの力を使っているアグリの観察力、分析力は高いが、見たことがない回路が構築されている。


 隠されているのではない。見えた上でわからないのだ。


「俺にもわからない。だが、貴様を倒せるはず!」


 シェルディはラトベルトから渡されたカードに、自身の魔力を流して起動した。


「……?」


 次の瞬間には、何も起こらない。


「な、なんだ? ……っ!」


 シェルディは驚愕する。


 自らの傍に、何かの卵が浮いている。


 真っ白で、大きな卵。


 それをシェルディは、亜人領域で見たことがある。


「な、何故卵が……うおおおおおっ!」


 シェルディが先ほどから使っていた、『ため込んだ才能を自身に流すカード』が、突如光りだす。


「うあああああっ!」

「な、なんで俺まで!」


 そしてそれは、シェルディだけではない。

 ロクセイ商会のメンバー全員のカードが光り輝き……何かが、卵に向かって流れ込んでいく。


「い、一体何が……」


 アティカスが驚愕し……。


「多分、対象の変更だ。さっきまで彼らが使ってたカードは、『ため込んだ才能を自分に入れるカード』だけど、ラトベルトが渡したカードによって、『自分の才能を卵に入れる』に変更されてる」


 ため込んだ才能を自分に入れる。となる以上、『才能が結晶化された保存媒体』を各々が持っており、それを使って『才能』を強化していたはず。


 だが、対象は変更。


 アスタオーガの才能を抜き取れば十分。と考えたのか。ため込んだものではなく、本人の才能を抜き取り、『卵』に向けられている。


「……そして、ラトベルト理論は、『卵に刺激を加えて、中にいるモンスターに影響を与える』というテーマだ。ある意味、この現象は『彼の研究そのもの』と言える」


 アグリは卵を見る。


 彼の眼には……おそらく、何かが見えている。


「ドラゴオーガ。と『種族名』を言っていたけど、どうでもいいことだ。『溜めた才能をどのように扱うのかを決められる立場』かぁ。役職を聞きたかったね」


 ロクセイ商会が提供していたカードは、才能を抜き取る。

 ならば、『抜き取った才能を別の何かに入れる』と言うのは、基本性能といって過言ではない。


 才能を抜き取り、モンスターの卵に、自分の思惑通りの作用を発生させる。


 出来る出来ないではない。可能不可能ではない。


 それを研究し、技術的に仕上げることを『許される』というのが、『抜き取った才能の使い道に対する権限』を持っているというのが、ラトベルトの『立場の高さ』を表している。


「こう言ってはなんだけど、あの卵に何かしらの作用を加えるだけなら、この場にいるアスタオーガたちだけで十分だ。ヘキサゴルド王国の兵士全員に配ろうだなんて、そんな規模で展開する必要は全くない」


 卵が、ピキッと割れ始める。


「ただ……この場で抜き取った才能だけで、どうやら凄いことができそうだ。彼らが言う『宗主様』っていうのは、一体何をしようとしてるんだろうね」

「会長。考察は後です。今は……」


 思考の中に入っていくアグリに、マサミツは声をかけた。


「そうだね。出てくる何かを対処しよう。しっかし……途中で流し込むのを邪魔するとロクなことにならない回路まで仕込んでるとは、正確が悪いね」

「……あ、手出ししない理由って、『ラトベルト理論』の成功例だから、シャールさんに見せるための配慮ってことだと思ってたけど、違うんですね」

「アティカスは俺を何だと思ってるんだ? シャールが他人の才能を使い始めたら、俺は研究所を燃やすよ。さすがに、人に迷惑をかけすぎだ」

「そ、そうですよね……」


 ゴチャゴチャ話している間に、卵はそのヒビを大きくしていき……一気に割れる。


「ぴゅあああああああああっ」


 氷属性を思わせる真っ白で小柄のドラゴンが出現。


 だが、次の瞬間、ドラゴンを魔力が覆いつくし……どんどん大きくなっていく。


 おそらく、先ほどの小さなドラゴンが、生まれたばかりとして本来の姿。


 その成長段階を丸ごと無視し、無理矢理、その体を成長させる。


 魔力が一気に晴れた時、竜でありながら『氷の貴婦人』を思わせるような、美しくも荘厳な、氷の竜が出現する。


「……これが、実験結果というわけか」


 シャールは呟くようにそう言った。


「鑑定魔法では……『氷越竜ひょうえつりゅうラン・ジェイル』というらしい。『幼体』って注釈が付いてるけど、明らかに幼くはないね。十メートルは越えてそうだし……ん?」


 シェルディがラトベルトから渡されたカードが光る。


 それと同時に、ラン・ジェイルがきょろきょろ見渡した後……アグリたちに殺気を向けた。


「……なるほど、カードを持ってない奴を襲えって命令が来たみたい。遠隔じゃないな。もともとそう設定されてたみたいだね」

「そこまで分かるのか?」

「普通の人間とはまた別の視点で物を見てるだけ。というわけで、来るよ」


 次の瞬間、ラン・ジェイルの口から、極寒の息吹が放たれる。


「すううう……ふうううううっ!」


 アグリは口から火炎放射を吐いた。

 ラン・ジェイルのブレスと真正面から衝突し……押し勝って、竜の体を焼いた。


「うーん。生まれたばかりだから仕方ないけど、ブレスの出し方がなってないね」

「人間が言って良い事ですかそれ」

「知らんな」


 セラフィナのツッコミを一刀両断。


「……ん?」


 長く、鋭い尻尾を、アグリたちに向かって振り下ろす。


「甘いな。それっ!」


 アグリも体を振って、九本の尻尾を振り上げる。

 ラン・ジェイルの尻尾がアグリの尻尾に衝突すると、アグリの尻尾が苦も無くはじき返した。


「え、姉貴の尻尾って実体あんの?」

「部分的にできるよ。流石に一々実体化してたら動きにくいし、全体だとスキニージーンズを作り直す必要があるからね」

「穴が開いたやつがあれば貰いたかったのに」

「マサミツ。お前はもうちょっと自重しろ……あれ、俺、マサミツのツッコミ役になってないか?」

「諦めろ」

「えぇ……」


 文献を紐解けば、いずれ、『氷越竜ラン・ジェイル』の名に出会えることだろう。


 その強さは、氷属性の竜として、本当に確かなものだ。


 だが……生まれたばかりで、戦い方もロクに知らずにどうにかできるほど、アグリは甘くない。


 命令を強制することはカードによって可能だ。

 魔力の使い方を工夫すれば、無理矢理な急激成長も可能だろう。


 だが、それでは、わからない。


 むしろ、ここから、しっかりと戦い方を仕込み、経験を積ませることで、強く、命令を聞く強大なドラゴンが誕生するのだ。


「ラトベルトも、言うことを聞かせられるかどうかの実験であって、勝てるかどうかは別だったって感じかな? そうじゃなかったら、戦いを舐めすぎだね」


 亜人領域は実力主義だ。


 そこで生きるのならば、『種族的に強かろうと、生まれたばかりはどうしようもない』ということくらいは前提である。


「さーて、どうするか……ん?」


 ラン・ジェイルが、爪や尻尾を構えている。


「なるほど、まだやる気があるのか。それとも戦えと強制されているのか……まあ後者だろうな。仕方がない」


 アグリは刀を構える。


「マサミツ」

「はい」

「俺がドラゴンをおさえておくからさ。ラトベルトがシェルディに渡したカード、破り捨ててきて。どうせ、散々才能を抜かれまくってるし、マサミツでも十分だから」

「わかりました!」

「……」

「なんだ? サイラス」

「いやあの、お前、姉貴から何か言われた時だけ、なんでそんな元気なんだ?」

「ん? ああ……サイラスは『郷に入っては郷に従え』と言いたいんだろう?」

「まあそれだな」

「僕の座右の銘は『いつでもどこでも欲に従え』だからな」

「最悪だコイツ……」

「冗談なのが分かってても言われるとムカつくなこのイケメン……」


 サイラスとアティカスの頬が引きつった。


 ……そう、マサミツの言い分が半ば冗談である事はわかっている。


 だが、遠慮なくそういうことを平気で言う爽やか系イケメンを見ると、助走付きでシバき倒したくなるのだ。十割くらい本気で。


「というわけで行ってくる! シェルディいいいいいいいいっ! そのカードを渡せええええええええええっ!」


 マサミツがシェルディに向かって突撃する。


 すると、カードが光りだした。


 ラン・ジェイルが、マサミツに向かって顔を向け、口の中にブレスをチャージし……。


「はいはい。こっち向いて」


 その時にはアグリがラン・ジェイルの傍に迫っており、口を蹴ってブレスを霧散させる。


「やっぱりカードを持ってるやつに危害を加えようとしたら反応するよなぁ。まあ、だから『おさえておくから』って言ったわけだけど……はいはい向こうを見ないで、あんなイケメンはどうでもいいから」

「ひど過ぎる……」


 シャールがポツリと突っ込んだが、アグリはどこ吹く風。


「自分の意思がないな。やっぱり命令第一になるか。生まれたばかりで自己が確立してないのもあるかな。はいはいこっちこっち。あんな鬼のことは忘れなさい」

「何言ってんのあの人……」


 セラフィナの頬が引きつったが、アグリはどこ吹く風。


「……おっ」


 シェルディが持っているカードが、マサミツによって破かれた。


 次の瞬間、ラン・ジェイルの体から、力が一気に抜けている。


「おお……ん?」


 待っていると、ドラゴンの体を魔力が多い尽くす。


 先ほどは大きくなったが、今度は小さくなっていく。


 そして……。


「ぴいいっ、ぴいいっ」


 生まれたときの小柄な姿になった。


「よし、これで大丈夫と」


 アグリはラン・ジェイルのところに行って、優しく抱き上げて体を撫でる。


「ぴい♪ ぴいい♪」

「……あ、キュウビ、ごめん、もう限界」

「まったく、あんなに喋るからだぜ。あるじ」


 キュウビがアグリの体から離れた。


 キツネ耳がなくなり、赤い線は顔から消えて、瞳は金色から戻り、尻尾は消える。


「ふう……よーしよーし。ラン・ジェイル。大丈夫だぞ~……ランでいいかな」

「ぴいい♪」


 優しい笑みを浮かべて撫でるアグリ。


 利用される存在として生まれた。と言って過言ではないのがこのドラゴンだ。


 そう思わせないためなのか、愛情をもって接している。


「……そういえば、会長は、人に迷惑をかけていないモンスターは倒さないという方針だったな」

「ダンジョンのモンスターは、ダンジョンが侵入者を始末するために送り出す存在であって意思はないからな。だが、地上にいるモンスターには意思がある。その違いって話だったはず」

「……思うんですけど、あのドラゴン、アグリさんを母親と思ってませんか?」

「俺もそんな気はするな」


 優しくなでるアグリの顔は本当に優しそうな表情だ。

 ランもそんなアグリに対して、全幅の信頼を寄せている。


「会長! カードを持っていないこの鬼たちはどうしますか!」


 マサミツが元気な様子でアグリのところに行く。


「そうだなぁ……」


 アグリはシェルディたちを見る。

 そして驚いた。


「……額から、アスタリスクが消えてる。あれって外付けだったのか」

「そのようですね。そして……あの戦闘の間に才能を抜かれすぎて、通常のオーガくらいの実力しかありません」


 シェルディの額からは、六花の紋章が消えている。


 そしてその強さも、相当『抜かれた』ようで、覇気も意欲も実力も、以前とは比べ物にならない。


「……もう、手を出す意味もないよ」

「そうか? あいつ等の行動はカードを使った才能の収集だ。このまま他国に行ったら……」

「ああ。アティカス。心配はいらん」

「えっ?」

「カードを破く前に、いろいろ分析した。ラトベルトが渡したカードによって『彼らの才能が卵に流れた』わけだが、それと同時に、巷に広めたカードが機能しなくなっている」

「は?」

「ロクセイ商会のカードを管理するメインシステムは、かなり遠くにカードがあっても接続し、実力の付与と才能の回収を可能とするほどの性能だ」


 しかし、とマサミツは続ける。


「そこに含まれていた『接続機能』が、全て卵に向けられていた。普通にカードを使っているだけでは卵に干渉できないから、大規模なシステムを丸ごと利用した形だろう」

「てことは、もうすでに、ロクセイ商会が使えるシステムを使って、Aランク冒険者相当の実力付与ができない。才能の回収も出来ないってことか」

「そうなる。実力はともかく、覇気も意欲も今のアイツから感じられないのは、それを理解してるからだ」


 そもそも彼らが亜人領域から人間社会にやってきたのは、才能を抜き取るため。


 それが、もう出来ない。


 メインシステムと常時接続して、そこから実力の付与と才能の回収を行っていたため、メインシステムを弄られると目的を遂行できない。


 そんな状態で、全機能が卵に向けられる状態となり、その状態で制御のためのカードが破壊されたため、もう弄れない。


 メインシステムが、『アスタオーガ』と『卵』しか認識しない。


 彼らはもう、彼らの立場としての、責務を果たすことはない。


「そういうわけだ。もう、ここに用はない。確かにシェルディは家族の仇だけど……まあ、どうでもいいんだよ。この十年以上、皆の愛に満たされて生きてきたんだから」


 ランを抱えつつ、アグリはシェルディに背を向ける。


「俺達はこのまま、ダンテナウド墓地に行って、必要な分のアイテムを手に入れて帰るよ。お前たちは好きにすればいい。人に迷惑を掛けたら、俺が直々に対処するけど……惨めすぎて、見ていられないからさ」


 そう言って、アグリは振り返り……シェルディたちの方を、二度と見ることはなかった。

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