転生剣士は九尾の狐と躍進中 ~大手ギルドを隠れ蓑に『集中力強化』を鍛えていた少年。不要だと匿名部署を解体されたので、表舞台に出ます。集中力が切れた地獄の職場よ。どうなっても知らんからな~
第46話 人間社会に『不安材料』を垂らすなら、一滴で十分。
第46話 人間社会に『不安材料』を垂らすなら、一滴で十分。
『フュリアムは、シェルディの機嫌一つで、ダンジョンに潜る兵士たちが死ぬ可能性があるアイテムを、軍事利用する失格王子である』
噂だ。
単なる噂に過ぎない。
しかし……人間は、『金』と『命』の話をする時、状況を動かすなら噂一つで十分な時がある。
「冒険者は、命を懸けているが自殺志願者ではない。それがよくわかるな」
「『不安』ですね」
「ああ、姉貴たちが裏でいろいろ広めてるって聞いたが」
「王国民なら、第一王子の悪口なんて言えません。冒険者たちの間でささやかれる程度です。逆に、冒険者の間で広まりやすい」
アンスト内部にある酒場のカウンター席。
酒を飲みながら、サイラスとユキメが話している。
「カードを使えば才能を抜き取れる。王国で国王に次ぐ軍事権を持つ奴に近づけば、普段から訓練してるやつにカードを強制的に使わせることが可能。しかも大量にだ」
「……ただ、この噂に対して、シェルディ視点だと最悪ですね」
「姉貴が言ってたが、『軍事権』だけに注目して、思想とか分析力を考慮してねえ」
カードをいくら調べても、『良からぬ物を仕込む』ような不審な点は出てこない。
同時に、必要な物も出てこない。
そもそもカードだろうがなんだろうが『魔道具』である以上、そこには効果を発揮するための『回路』が内部に刻まれているはず。
確かにそれらしいものは刻まれていた。
だが、それらを何とかして解析して、浮かび上がったのは、『接続』に関するものだ。
カードと本人を、カードと『遠くにある何か』を、それぞれ接続し、紐づけるための物。
そう、『Aランク冒険者相当まで引き上げる付与』が発見できなかった。
そのため、『何か大きな魔道具によって、カードを媒介して力が付与されている』という結論は、誰もが受け入れざるを得なかった。
カードであり、本気で分析すれば、どのような回路が刻まれているのかを把握することは容易である。
だからこそ、『魔力をカードに流した時に、力が得られるかどうかはシェルディ次第』という事を、噂によって冒険者たちは聞き入れて、理解してしまった。
それと同時に、人間の『決定権を独占できる構造』に抱く不信感を舐めてはいけない。
そして……。
「ここ最近、王国で話題性を獲得しているのは冒険者だけです。フュリアムは『冒険者の活躍』を目の敵にしている可能性が高いと、誰もが想像できる」
「『オンオフ操作』が可能とわかったフュリアムが、いつ、オフを命令するかわからないってことか」
「そもそも冒険者の活躍は、『一部の冒険者』を支持基盤とするアーティアさんと繋がってます。権力闘争で考えれば、冒険者の勢いが衰えることはむしろ望む展開でしょう」
神血旅。
あくまでも、血統国家と冒険者の間には、明確な線引きがある。
ただ、それは『公務員に冒険者を使わない』とか、そういう役職や立場の話が多い。
冒険者の活躍が市場に刺激を与え、潤し、結果的に王国民の生活が豊かになるのは、人間社会である以上、必然である。
アーティアの支持基盤は、王都にいる一部の冒険者。
……いや、具体的には『アグリ勢力圏』がアーティアを支持しているといえる。
前提として『線引き』はあるので、どれほど冒険者がアーティアを玉座に座らせろと圧を掛けようと、根本的に意味はない。
アーティアとしては『玉座に興味はない。ただし、お前たちが王になった後で私に手を出したらわかってるな?』という力関係の為、冒険者を味方につける。
その程度のはずだが、アグリがアノニマスで活動していたことでウロボロスが繁栄し、その後はフォックス・ホールディングスを設立したことで、『冒険者』が王都の市場に対してあまりにも強い影響力を持っている。
フュリアムからすれば、権力闘争においてここは崩しておきたい。
「カードに使われる回路は単なるシステムに過ぎないし、第一王子が何を考えていてもそれは単なる思想だ。ただ……『構造』と『動機』が揃ってる状況は、そりゃ怖いわな」
「新聞を読めばわかりますね。『冒険者が市場に流し込むアイテム量』が激減しています」
ウロボロスをはじめとするカードを使っていた冒険者たちは、フュリアムの思想と、ロクセイ商会のカードの構造情報が揃ったことで、『不安』に駆られた。
そう、この『不安』こそが、人間社会に対する最大の劇薬である。
もちろん、全てにおいて安心安全、誠実なシステムなど存在しない。
だが、今回は違う。
カードを使っていたら、『ダンジョンで自分が命を落とす』可能性がある。
「このアイテム量……ウロボロスのメンバーは使ってないな」
「他の冒険者も控えていますね」
冒険者は実力主義。
そして、『成果』は正直者だ。
冒険者が市場に流しているアイテムの量が、明らかに減っている。
それも、『カードを使う前よりも』だ。
「才能を抜かれる。それは間違いないか」
「いろいろデータを引っ張ってきましたが、比較すると間違いありませんね」
「上手くいきすぎてた反動ってのもあるよなぁ……」
カードには何も問題がない。
使えば、Aランク冒険者相当の実力が得られる。
ダンジョンに潜る経験を積んできた冒険者の時代だ。
そう考える者が多く、何の疑いもなく使ってきた。
大手コミュニティやギルドであれば、リスクに対応する部署も存在するが、そうした部署の面々もわからなかったし、何より、『いかに早く乗り出せるかが重要』と考える者も多かった。
その勢いを支える地盤に、不安という亀裂が入った反動で、一斉に使うのをやめ始めた。
才能を抜き取られる。ということを知っている面々からすればそれは正しい判断ではあるが、『市場』の方が大混乱だ。
「あ、サイラスの兄貴とユキメちゃん。ここに居たのか」
「ん? ジャスパーか」
酒場に、新聞を持ったジャスパーが入ってきた。
「新聞を手に持って……何か気になる情報がありましたか?」
「あー。まあ、端的に言うと、借金でつぶれるんじゃないかって思うところがチラホラある」
「え?」
「41層から50層のアイテムが大量に市場に流れ込む。これが続いた結果、手が出るのが早い経営者たちはデカい企画を立ち上げてるし、借金を作ってるところもある。その状態でこれだからな」
「あー、なるほど」
カードに対して不審な噂が全くなかったのだ。
アグリ勢力圏がカードを使っていなかったが、単なるこだわりか、古い体制を維持したいという老害思考のどちらかだと思われていた。
市場にどんなアイテムが持ち込まれているのかは、冒険者支部が発行する新聞によって広められる。
41層から50層で入手できるアイテムを使った企画は経験も少ない。予算を投じて研究し、まだ開拓されていない商品や販路を見つけて営業をかける必要がある。
それに乗ろうとした矢先、カードを使わない冒険者が激増した結果、深い階層のアイテムが市場から姿を消した。
借金をしてまで研究し、企画を作ったのにいきなりポシャるのだから、阿鼻叫喚だろう。
「……まっ、商人は冒険者じゃなくて王国民だが、今まで冒険者しか相手してない所ばっかだもんなぁ。貴族とかかわりのある商会と繋がるのも無理な話か」
「ああ、で、さっき支部に行ってみたら、べレグさんが死にそうな顔になってたよ」
「でしょうね……」
アグリ勢力圏の支援部担当課が『べレグ課』である。
べレグは、支部が持つ機能やルールを把握し、その視点からアグリ勢力圏が他から利益を不当に奪われないようにしたり、使えそうなシステムを提案したりする。
その一つとして、アグリ勢力圏が手に入れた中で、『市場に出す』と決めたアイテムの運用が含まれる。
フォックス・ホールディングス。
アンサンブル・ストリート。
ブルー・マスターズ。
ムーンライトⅨ。
実力派揃いであり、カードの有無に関係なく深い階層から持ち帰ってきたアイテムが集まるのが『べレグ課』だ。
商人たちは借金を返すために、何とかして立ち上げた企画を成立させようと、べレグ課に面会を求めている。
「支部の力がもうちょっと弱かったら、俺達に直接話を持ち掛けることもあるだろうけど、『俺達に何かを買って欲しい』ならともかく、『何かを売って欲しい』は基本通らないからなぁ」
アイテムは支部を通すが、それで稼いだ金を何に使おうと冒険者の自由。
冒険者に接触し、『商品を買って欲しい』は通るが、『アイテムを売ってくれ』は通らない。
「……で、ジャスパー。なんか苦い顔してるけど、どうした?」
「いやぁ、なんか、アノニマスを解体した時と、ちょっと似てるなって」
「ん?」
「いや、アノニマス解体で兄貴が出ていった結果、仕事が回らなくなって、ウロボロスで凄い損害が出ただろ? で、今回、『兄貴の提案』が噂で流れて、いろいろなところが回らなくなってるし……」
「姉様をヘタに動かすとロクなことにならない。ということですか?」
「まあ、そう言うことになるのか?」
「「何を今さら」」
「そこハモるんかい」
アノニマス解体による、アグリの集中力強化の停止。
カードが機能するかどうかが『シェルディ次第』という噂を流すだけで、結果的にフュリアムが顔面蒼白になるだろう。という予測。
そう並べられると、確かに、アグリの扱いを間違えるとロクなことにならない。
「ただ、シェルディも、噂の発案者が姉貴だってことはわかるかもな」
「今のところ冒険者には影響が大きいですが、フュリアムにとって影響は大きくなりますか?」
「そりゃ出るだろ」
「え、兄貴。どういうことだ? フュリアムが停止させる理由も、シェルディが停止する理由もないのに……」
「冒険者にとってアーティアは意識しやすい相手だ。自分の支持基盤は一部の冒険者だと明言してるからな。だが、王都から離れれば離れるほど、その話も薄れていく」
こと『不安』が絡む情報伝達において、伝言ゲームほど信用できない……いや、『危険』なものはない。
「俺等からすれば、カードによって、冒険者や兵士が混乱するかは『別の話』として分かってるが、遠くになれば、『カードを使っていた冒険者たちの大混乱が、自分たちにも起こるんじゃないか』という推測が立つ」
「そこまで勘のいい人がいますか?」
「というかそう言う噂をアーティアは流すだろ」
最近このあたりの兵士に配られたカード。なんか強いみたいだけど、王都でそれを使ってた冒険者たちの間で大混乱になってるみたい。
そんな噂が流れるだけで、疑心暗鬼になるものだ。
「それに……今の冒険者たちの大混乱だって、詳しいところまで全部わかってるやつが、簡潔に話をまとめて、伝わりやすいフレーズに変えたものが広まった結果だ」
「確かに、ロクセイ商会とカードの構造、アーティアとフュリアムの関係が全て網羅された記事は、王都にもありませんね」
「この王都に居ても、何が危険で何が安全なのか、よくわかってない奴は多いはず」
「……『不安』を超える劇薬はない。そう言う話ですか」
「まあ結論はそうなるな」
アグリだけなら、どこまでやるつもりだったのかはわからない。
ただ、アーティアの方も十分にヤバい。
そして、アーティアの『ウザい兄貴の顔面を汗水でダラッダラにしてやる!』という……『癇癪』によって振り回される市場が、あまりにも不憫で仕方がない。
サイラスには止められないけど。
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