第45話 煽り耐性のない第二王女

「さて、あなたたちを急に呼び出したのは他でもないわ。あのクソ兄貴を叩き潰す策を練るためよ」


 王城から近い喫茶店の地下。


 豪華な調度品が並べられた空間。


 そこでは、上座にアーティアが座り、その後ろにはルシベスが付いている。


 彼女の反対側のソファに座るのは、アグリ、サイラス、セラフィナ、マサミツの四人だ。


 なお、キュウビはテーブルの上に置かれている油揚げを美味しそうに食べている。


「く、クソ兄貴とは……」

「当然、第一王子、フュリアムよ。城にいたときに絡んできてね。ものすごくうざかったのよ」

「ロクセイ商会を味方につけたことに加えて、ダンジョンの深層に潜れることを自慢しておりましたな」

「ダンジョンの深層って……どれくらいだ?」

「え、ちょっとサイラスさん。タメ口は……」

「んなどうでもいいことは構わないわ。確か70層と言ってたわね」

「そりゃぁ……深いな」


 途中、サイラスがあまりにもため口なのでセラフィナが注意したが、アーティアが『どうでもいい』と言い切ったのでスルーすることになった。


「……そういえば、あなたたちは、一人だと何処まで潜れるのかしら? アグリは最下層よね」

「キュウビと一緒ならそうだね」

「俺は……コンディションが良けりゃ68だな」

「私は62です」

「僕は75だね」

「……アンタたちも十分化け物ね」

「フォックス・ホールディングスの設立記念に、皆、良い装備を貰いましたから」

「それによって、上位層なら5層は深く潜れるようになっているよ」

「なるほど……」


 Sランクである。と言うだけならば、最大は60だ。


 それを超えるという時点で人間を辞めていると言って過言ではない。


 マサミツの体感で『上位層なら5層は深く潜れるようになった』とのことなので、元々、サイラスは63層。セラフィナは57層。マサミツは70層となる。


 セラフィナは『元々、Sランク冒険者として上位くらいの実力はあった』という事だが、今までの彼女は手に入れた報酬を自分に投資できなかったので、Aランクで止まっていたという話だろう。


 サイラスに関しては元からSランクを超える人材だったが、そもそも精神が不安定だったので実力が伸びていなかっただけ。


 心が落ち着かない時に、身体強化や付与魔法の効果が落ちるのは、冒険者界隈では良く聞く話である。


 マサミツの場合は、70層のボスを攻略出来ていなかった。と言ったところか。


「ん? レッドナイフって、ナイフ一本か二本だけよね。何か装備を貰ったの?」

「いや、姉貴が良い入浴剤をくれたからその影響だな」

「そんなに効くの?」

「身体強化とか、付与魔法に対して効くものだから、アーティアだとどうなるかは俺様も分からねえけどな!」


 アグリの肌質の維持に全力を注ぐのがキュウビであり、そんな彼にとって、『入浴剤』はとても重要だ。


 サイラスが使ったという入浴剤は、渡したのはアグリでも、作ったのはキュウビだろう。


「まあ、後で貰うとして……話を戻すと、フュリアムのうざい顔を顔面蒼白にするために、皆を呼んだのよ」

「そんなにうざかったのか?」

「相手も相手ですが、姫様も沸点が低いので……」

「何か言った? ルシベス」

「いえ、何も」


 ルシベスを視線で黙らせるアーティア。


 ……そういうところだぞ。とは誰も言わなかった。


「ただ、早めに決着をつけたいわ。報告書では『才能を抜き取る』となっていたし、対処しておかないと、大問題につながる」

「だろうなぁ。どっぷり浸かる前に引っ張り出さないと、目も当てられねえ」

「え、サイラスさん。どういうことですか?」


 セラフィナは首をかしげている。


 ただ、彼女以外は全員がわかっているようだ。


「カードは一度も回収されていない。これは、離れた場所にあるカードに何らかの影響を与えるシステムがないと成り立たないんだ。要するに、『スイッチ一つで、カードの機能のオンオフを切り替えられる』ってことだよ」

「……えっ」


 セラフィナはここで理解したようだ。


「カードを使えなくなっても、体を動かすのが上手くいかないだけで、鍛えてきた身体能力はそのままだ。鍛え直せばある程度やりようはあるが……」

「41層から50層。Aランクの適正階層に多くの冒険者が流れ込んできたけど、その動きは日を追うごとに悪くなってるね」

「マサミツから見てそんなにわかりやすいか。どれくらい落ちてるんだ?」

「……現段階だと、三か月くらい休んだ冒険者って感じかな。頭の中のイメージと実際の動きに違いが多すぎる」

「エゲツネェな」


 サイラスとマサミツで話が進んでいる。


「そう、この『スイッチ一つでオンオフを切り替えられる可能性』がある以上、早々に決着をつけないと、王国の軍事力に影響が出るわ」

「シェルディは金を求めてるようには見えないね。ただただ、あのカードを多くの人間に使って欲しいって考えで動いてる。とはいえ、強力なカードがフュリアムの私兵にばかり配られるとなれば……冒険者たちの価値も相対的に下がるね」


 王国騎士団は、実戦訓練と資金調達を兼ねた転移街の周回を行っている。


 そこで得られた金貨の一部やドロップアイテムに関しては、城の御用商人たちの手に渡って市場で運用されている。


 言い換えると、『ダンジョンで手に入れたものを直接市場に流し込む構造』が、既に王国騎士団の中でも構築されている。


 そんな騎士団に強力なカードが持ち込まれたら、冒険者の価値は相対的に下がるのだ。


「ここまでは、大体、『現状の把握』ってところかしら。そこで、兄上の顔を汗でダラッダラにする計画を立てたいのよ」

「……まあ、あるじがめっちゃ深い階層からアイテムを持ってくるのが一番手っ取り早いぜ。だって所詮70層だろ?」

「所詮、といわれると少しモヤっとするが、まあその通りだな。姉貴はハイエスト・オーガを倒したことが記事になってるし、ダンジョンで言えば75層に相当するモンスターだってことは支部が情報を持ってるはずだ」

「要するに、今から75層のアイテムを持ち帰ってきても、現状では何も不思議はないという事ですね」

「そうなるね。ムーンライトⅨの『討伐キャンプ企画』も、70層より下でやれば、カードでは超えられない」

「……正攻法なら、そうなるよねぇ」


 アグリは溜息をついた。


「え、会長は、何か案が?」

「『スイッチ一つでオンオフを切り替えられる可能性』……もっと言えば、『ダンジョンの深いところに潜ってるときに、フュリアムがシェルディの機嫌を損ねたら、自分が死ぬ可能性がある』……それを広めるだけで十分だよ」


 シェルディがフュリアムと敵対する意思は、今のところはないはずだ。


 多くの『才能』を抜き取る。


 それを何に使うのかはともかく、とにかく大量に必要としているのは、彼の動きからまず間違いない。


 これは『機能』や『性能』ではなく、『構造』の問題だ。


 そうなるはずはない。といくら説得しても意味はない。


 そして、その『可能性』を現実にしないために、シェルディは、ウロボロスをはじめとした冒険者に配ってきたカードの機能をそのままにしている。


 アグリたちは『才能を抜き取っている』上で『カードを回収していない』ので、『遠隔でも何かしら影響を与えられるはず』というところまでたどり着いているからこんなことを話せる。


 しかし、一般的には、あまりにも擬態魔法が強すぎて、そのデメリットに気が付いていないのだ。


 あまりにも、劇薬である。


「それもそれでヤバいな」

「いや、それを言えば、構造がよくわかっていないアイテムを軍事利用している時点で王子失格だと思うけど」

「いいわねそれ!」

「ごめん何処が?」


 マサミツの『視点』にアーティアが感激した様子。


「『フュリアムは、シェルディの機嫌一つで、ダンジョンに潜る兵士たちが死ぬ可能性があるアイテムを、軍事利用する失格王子である』……これを広めるわ!」

「……ついでとばかりに、ガイモンも非難されそうだね。ロクセイ商会と密接に関わってたし」

「かわいそうな話ですなぁ」


 アーティアが満面の笑みを浮かべて言い放った計画に、アグリは疲れた表情で補足して、ルシベスは溜息をついた。

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