第39話 アティカスの面接
「……なあ、あるじ」
「どうしたの?」
「俺様は間違っていた」
「何が?」
「ミニスカワンピース。もうちょっと重要な場面にとっておくべきだったぜ」
「あっそう……」
本社の執務室。
キュウビが窓の外を見てたそがれていたので、アグリは『どうせ変なことを考えてんだろうな』と思いながら書類を作っていた。
で、口を開いたキュウビが変なことを言い出したので、適当に返事をすることにした。
「アレほどの効果を生むとは思ってなかった。というか、あるじの演技力を舐めてたぜ」
「俺の『集中力強化』のことは知ってるはずでしょ」
「まあ、それはそうなんだが……」
アグリの集中力強化の付与魔法は、抜群の性能を誇る。
その性能はキュウビも知っているはずだが……。
「俺様も想定外だったし、気が付いたことがあった」
「ん?」
「実力ってさ。『掛け算』だなって」
「掛け算?」
「そう、ただそこに並んでる物を、何も考えずに使えば、強さっていうのは『足し算』になるが、それぞれが持つ要素をしっかり考えて使えば、『掛け算』になる……いや、気が付いたっていうか、知っていたはずなんだが、はぁ……」
ため息をつくキュウビ。
本人としては、『不覚を取った』と言ったところか。
ただ、アグリは自分の外見の価値は理解しているが、それを活用する意思がない。
企画と言うか、プロデュースはキュウビなので、彼がしっかり考えないといけないのだ。
それが、アグリの見た目が『こんな感じ』になるまで全力で取り組んできた彼の使命である。
一体何を言っているのだろうか。
「……ん? どうしたのミミちゃん」
扉をノックして、ミミちゃんが入ってきた。
「会長。面接希望の方が来ています」
「面接希望……誰?」
「アティカス。と言っています」
「ああ、アイツか。ウロボロスを追い出されたって話だったな。記憶に新しいぜ」
「……面接希望か。随分面白いことを言うね。通して」
「分かりました」
ミミちゃんが部屋を出ていった。
「……アノニマスを解体して、あるじを解雇した奴が、今度は面接か。数奇なもんだぜ」
ため息をつくキュウビ。
アノニマスの解体によってアグリはウロボロスから解雇されることとなったが、そこに対して、アグリもキュウビも間違った判断だとは思っていない。
そもそもアノニマスには、数多くの『指名手配犯』が所属していたのだ。
抜き打ちで監査が来たら一発でヤバいことになるのは間違いない。
そういう状態だったのだから、少なくとも解体によって『綺麗』になったのは間違いない。
……一応、解体に関しては『事前通達事務』があり、そこを守らなかったのはルール的にもマナー的にもアウトだが、被害者側が『義務』であると知り、訴えなければならない。
ウロボロスを突いた結果、自分の正体がバレることになればいろいろマズいことになる。
そう言う意味で、絶妙なバランスだったのだ。
偶然ではあるが、その細い道を歩いたアティカスに対しては、イロイロな意味で脱帽である。
そこまでアグリとキュウビが考えた時、ドアがノックされた。
「……どうぞ」
「失礼します」
その声を聴いた瞬間、アグリとキュウビの表情が変わる。
ドアを開けて入ってきたのは、少し、くすんだスーツを着たアティカスだ。
ただ、その眼は……。
「面接希望。とのことだけど、冒険者になりたい。そう言うことでよさそうだね」
「はい。アグリ会長には、俺の、冒険者ライセンスの発行をお願いしたいんです」
「……」
じっとアティカスを見つめるアグリ。
彼はその視線に少したじろいたが……。
「事情は把握してるよ。支部に行けば、ウロボロスの会長が、君をどう言っているのかはよく知れるからね。だから、一つだけ聞こう」
「はい」
「なんで、君は冒険者になりたいの? このギルドに対する貢献とかじゃなくて、なんで冒険者になりたいか。それを聞きたい」
「……憧れた人がいて、その人が冒険者だからです」
「憧れた人?」
「転移街の奥底から、いろんなアイテムを持ち帰ってきて、ダンジョンには、こんな凄いものがあるんだって、教えてくれる人がいたと、小さい頃に知りました」
「……その冒険者の名前は?」
「Aランク冒険者。エリオットさんです。昔、亡くなった人ですが……あの人に憧れて冒険者になった」
「エリオットに憧れて……ね」
「俺は新人の頃に大失敗して、一度諦めて……でも、もう一度、あの人を目指して、戦いたい」
まっすぐな目で、アグリに言うアティカス。
「……どうする? キュウビ」
「あるじが良いっていうなら、いいんじゃね?」
「……それはそうか」
アグリはフフッと微笑むと、テーブルの下から、水晶を取り出した。
それは紛れもなく、ライセンスを発行する際に使う『魔力読み取り魔道具』である。
「合格だ」
「えっ……」
「ただ、このギルドは、所属する冒険者は俺だけとしていてね。傘下のコミュニティを選んで、そこに所属することになる。個人主義ならアンサンブル・ストリート。組織主義ならムーンライトⅨだ」
「で、では……アンサンブル・ストリートの方で」
「わかった。じゃあ、ライセンスを発行するから、これに触れて」
「は、はい!」
アティカスは水晶に触れる。
すぐに読み取りは終わって、ライセンスを発行。
発行して出てきたライセンスをアグリは手に取って……ふっと息をかける。
「えっ?」
「はい。これ」
「あ、はい……」
ライセンスを受け取ったアティカス。
「うあっ、あ、えっ……」
ライセンスが手に触れた瞬間、アティカスは表情を変える。
「……こ、これ、あ、ああ、間違いない……ハハッ、そういうことか」
「内緒ね」
「分かってます……長い間、お世話になってたんですね。その……」
「あの部署を解体したことが間違いだとは思ってないさ。雇い続けているとロクなことにならない人がたくさんしたからね」
「そのロクなことにならない人って、あるじも含めてか?」
「当然」
アグリは頷く。
「あー、あと、これ」
「えっ?」
折りたたまれた紙と一本の鍵を差し出す。
「どうせまともな装備は持ってないでしょ。良い鍛冶師がアンストにいるから、それを見せたら優先して作ってくれるよ」
「鍵は……」
「アンストは文字通り『町』でね。まあ行ってみればわかるけど、その中で君が使う住まいの鍵だ」
「わ、わかりました」
「良い武器を手に入れて、ダンジョンに潜って、父親を見返してやれ」
「あー、そっちは良いです。エリオットさんも実家を飛び出して冒険者になったみたいですけど、そういう感じじゃなかったはずだから」
「……そうかい。なら、君のやりたいように頑張りな」
「はいっ!」
綺麗な礼をして、アティカスは部屋を出ていった。
「……キュウビ、どう思う?」
「どうって……」
キュウビは少し考えたが……。
「あんな憑き物が落ちた目をした子供が、自分の父親に憧れて冒険者になりたいって言いに来たんだぜ。『それくらい』のものを渡すのは、当然じゃねえか?」
「そっか……そうだよねぇ」
アグリはフフッと微笑んだ。
「まあ、ああ言うことを言われなくても、多分、ライセンスを渡すくらいはしたと思うけどね」
「ん?」
「ウロボロスの中で何が起こったのか。大体は予想できるけど……その上で言うと、『自己責任』って、俺嫌いなんだよ」
「自己責任……ねぇ」
「失敗して人に迷惑かけたのなら、その分はしっかり謝って、償うべきだと思うよ。ただ……」
「『自業自得』を捻じ曲げる気はないけど、人が人を『見捨てる理由』に、『自己責任』って言葉を使うのが嫌い。そういうことか?」
「そうかもね」
アティカスがアノニマスを解体したことは、間違いなく、ウロボロスにとって不利益だ。
あのタイミングで解体しなければ、監査が抜き打ちでやってきたら業務が停止していた可能性はある。
しかし、アノニマスの解体において、もっと考えて、選ぶべき順序があったはず。
それを選べなかったのは、紛れもなくアティカスの失態だ。
その『失態』の末に追い出されることになったのは、まだ『自業自得』と言える。
しかし……アティカスの『そこから先』を、『自己責任』を理由にして見捨てるのは、アグリとしてはモヤモヤするのだ。
「もともと、冒険者ってのは助け合いのはずなんだ。『自己責任』っていうのは、その繋がりを絶つ悪しき習慣だとすら思ってるからね」
「なんか、知ってるのか?」
「俺が前世で生きていた国では、『自己責任』って政治家が言い始めた途端、『自殺率』が増えたんだよ」
「なるほど、何かあった時、誰も頼りに出来ないっていうのは、確かに辛いからな」
「しかも、まだアティカスって十七歳でしょ? さすがに……転生者として、放っておけないさ」
アグリはそう言って、読み取り用の魔道具を引き出しにしまった。
「ま、これからどうなるのかは、アティカス次第だ」
「楽しみだな!」
「そうだね」
笑みを浮かべるアグリとキュウビ。
ただ、こうも考えていた。
アンストに行ったら、ユキメとばったり会うんじゃね? と。
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