第73話 アンストの夜。ランは安らぎの地を見つける。

 ヘキサゴルド王国は千年続く巨大な国家であり、魔道具も十分にそろっている。


 夜は明かりに照らされて光を放ち、歓楽街も賑わっている。


 王都において、全員が寝ている時間というものは存在しないとさえ言われており、誰かが起きて何かをしているとされる。


 もっとも、それは表には出せない、行政の監視が届いていない場所で何かが行われている可能性もあるわけだが……。


「そう、あるじの生シャツが取引される闇市も存在するんだ。決して表には出せないぜ」

「ぴい?」

「お、ランちゃん。あるじと一緒に寝るんじゃなかったのか?」

「ぴいっ」

「……まあ、着いてくるのは良いけど、あんまり大声出さないようにな。近所迷惑だから」

「ぴいい……」

「あんまりうるさかったらミニスカスーツの美少女が飛んでくるからな」

「ぴいいっ」


 ランは頷いた。


 話が通じているのかいまいちわからないが、いずれにせよ、ミニスカスーツという言葉は理解したらしい。そして二度と忘れることはないだろう。


「じゃあいくか。アンストの闇市に」

「ぴい」

「いやぁ。あるじは自分の価値を理解してて、こういう取引を黙認してくれるのは良いよなぁ」


 アグリの生シャツを闇市に流すと言っているキュウビだが、言い換えれば、特に何の理由もなく、何度も何度もシャツが新品になるという事だ。


 アグリとしては不審に思うわけだが、洗濯物の管理をしているのはキュウビである。


 まあ、何かに『活用している』のだろうという予測はできるので、アグリからはとやかく言わないようにしているのだ。


「まあ、調子に乗り過ぎたら鍋にされるけどな……」

「ぴい?」

「ああ、ランちゃんは知らんよな。鍋にするっていうのはこの世界特有の慣用句みたいなもんでな。42度の風呂に首まで浸かって一時間とかいう、地味だけどヤバい奴なんだよ。俺様はしょっちゅうされたからわかるんだ」

「ぴっぴっぴWWW」

「笑ってんじゃねえ」


 キュウビはアグリの生シャツが入ったカバンを手に、アンストの夜に入っていく。


「というわけで、ランちゃん。俺様は取引があるからちょっとここで分かれよう。これを持っていったときのアイツらのヤバさは尋常じゃねえからな」

「ぴぃ?」

「うーん……あのあたりで待っててくれ」

「ぴいっ」


 ランはパタパタと飛んで、キュウビが指示した場所に向かう。


「ぴいい」

「ん? ランちゃん……おや? 会長は一緒じゃないのか」


 そこはアンストにある酒場である。


「へぇ、珍しいな。まっ、本社を出ていくキュウビさんを見かけてここまできて、流石に見せられないからここで待ってろってことだろ」

「可能性はあるな」


 酒場を利用していたのは……シャールとサイラスだ。


 ラトベルト理論の研究だったり、レッドナイフの活動だったりと、それぞれがそれ相応に忙しいわけで、夜になればこうして酒場を使うのだろう。


「ぴいい……ぴっ♪」


 どうしたものかと思っていた様子のランだが、酒場の店主がシャーベットを皿に盛ってテーブルに乗せたのを見て、うれしそうな様子で皿に向かって飛んでいく。


 皿の近くまでくると、クンクンと匂って、シャクっと食べてむしゃむしゃ口を動かして……。


「ぴいい♪」


 ご満悦の様子である。


「ふーむ……不思議だな」

「何が?」

「いや、生まれてすぐのモンスターで、翼があると言えど、あそこまで自由にパタパタ飛べるものじゃない」

「まあそりゃ、自然界にいる鳥だって、ずっと飛んでるわけじゃねえし、確かにあんなパタパタ飛んでんのも珍しいわな」

「……それと同時に、あれだけ変態から逃げ回っていたら、そりゃ体力もつくか。という考えもあるが」

「違いねえ」


 シャーベットを食べるランを見て議論して納得しているアラサーの二人。


「ぴい……」


 ランはシャーベットを食べ終わった。


 すると、店主はリンゴを手に取って、ポイっと上に投げると、傍にあったナイフが消えるような速度で振るい、用意した皿に切り分けられた状態で並べられた。


「ぴいい!」


 突然の大道芸に興奮するラン。


「やっぱ店長の『高速料理』はすげえな」

「料理に関する腕の動きを速くできる魔法。だったな。付与魔法の一つだが……」

「ぴいっ!」


 リンゴをかじるラン。


「ぴいっ♪ ぴいいっ♪」


 美味しいようだ。


「ぴい……ぴああ……」


 眠くなってきたのか、欠伸をしている。


「あれ、ランちゃん眠いみたいだな」

「どうせキュウビさんは来るだろうし、別に寝ていてもいいだろ」

「そりゃそうだな」


 店主が布団が入ったカゴを取り出して、そこにランをゆっくりと寝かせた。


「ぴい……ぴ……ああ……ぴぃ……ZZZ」


 スヤスヤと寝始めた。


「あ、寝たな」

「普段は会長の胸元で寝ているそうだが……まあ、他でも寝られるのは良い事だな。預ける時に苦労しない」

「確かにな……しかし、どうしてここなんだろ」

「……うるさい変態が居ないからだろ。それに、お菓子の美味さに関して言えば、会長よりも店長の方が上だからな。結局、食べ物とうるさくない環境が揃っていれば、赤ん坊は寄り付いて寝るもんだ。特にモンスターはそうなる」

「ほー……なるほど」


 話しているサイラスとシャールだが、うるさくはない音量だ。


 食べ物は美味しい。寝床も気持ちいい。


 なんだか、安らぎを得られる。


「ぴい……ZZZ」


 頭がむにゃむにゃしてきた。


 ただ、そう、贅沢を言えば。


 布団カバーがアグリのシャツだったらよかったのになー。とは、思っている。

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