第72話 とりあえず、『宝』はどうした。
「そういえば、そもそもエレノアは、『宝』を持ってきたのでは?」
「忘れてたっス!」
「おいおい……」
ランで散々アグリの匂いを堪能したあと、アグリ、キュウビ、ラン、ユキメ、エレノアというメンバーで、アグリの執務室に戻ってきた。
そこで、ユキメがエレノアに『宝』について触れたところ、おもいっきり『忘れてた』という返事が返ってきた。
素直なのは大変よろしい。
だが、それでは本末転倒である。
「まあ、私は『宝』を扱う権限がないっスから、今回その権限を持ってるバートリーさんは査問会に呼ばれてるので、その後任を決めてる所だと思うっスよ」
「現物はどこに?」
「多分まだ、本部にあると思うっスよ。『扱える』といってもかなり限定的なんスよ」
「権限が与えられた本部役員でなければ扱うことはできないということですか。そもそも権力が凄まじいと聞いたことがありますが……」
「それだけ重要なアイテムってことなんだろ。そもそも高度な身体強化を付与するなんてアイテム、冒険者にとっては利権の塊だぜ」
冒険者は身体が資本だ。
自分の体にどれほどの技術を仕込めるのか、どれほどのことを可能にするのかを限界まで突き詰めていき、その上でダンジョンに潜ってモンスターを倒し、金貨とアイテムを持ち帰ってくる。
魔法と言うのはまだ戦術的な研究が進んでおらず、人間の戦いの歴史は長いが、『戦術的に価値があるレベルの魔法』を扱えるものは、実は多くない。
魔法を使った戦術が研究されにくく、どんな人間でも最低限の身体能力を獲得するために、『身体強化』という技術がある。
それまでの武術の延長線上といえる性能であり、こちらのほうがまだ、それまで戦術を研究してきた者にとって分かりやすい。
ただ、そこに、『高度な身体強化を付与する』というアイテムが現れたら、それはそれで喉から手が出るほど欲しいアイテムとなる。
「私も多少は聞いてるっスけど、思ってたより低コストで、永続的な付与を可能にするらしいっス」
「高度な身体強化を、低コストで永続的に……確かに『宝』ですね」
「ただ、低コストってことは広まってないだろうし、その低コストっていうのも本部基準でしょ」
「そうっスね。金貨がそれ相応に必要っスよ」
「となれば、誰にそれを付与するのかっていうのが、『宝』を運用する上で重要になるわけだ。それが利権につながるわけで……」
「ただ、扱うためのルールがきっちりしてなかったら大揉め確定だぜ。しっかりそのあたりは決めてるってことか」
やはりどこまでいこうと、話に出てくるのは『利権』の文字である。
「……ちょっと気になったのですが」
「どうしたユキメちゃん」
「身体強化というのは基本的に、反復練習で鍛えるものですが、かなり『神経』に……その、『才能』による部分が大きいと聞いたことがあります」
「ふむふむ」
「『ロクセイ商会』が配布していたあのカードで、『宝』によって付与された身体強化の才能を抜き取ることは可能なのでしょうか」
「……うーん。難しいな。あるじはどう思う?」
キュウビは唸ったが、わからなかったのでアグリに聞いた。
「可能不可能で言えば可能だよ」
「マジかよ……」
「『宝』はダンジョンから出てきた魔道具だから、人間の魔力を入れる機構がなくて、金貨を入れるしかない。それ相応に金貨が必要になるけど、実際、そんじょそこらの冒険者に接触するよりも、その宝を奪った方が引っこ抜ける部分は多いだろうね」
「……姉さん。なんで、『宝』についてそんなに知ってるんスか?」
まだ、『宝』はこの王都に来ていない。
そして、先ほどエレノアは、『私も多少は聞いてるっスけど』といったことを口にしているため、本部職員であったとしても、『宝』の詳細は明かされないのだ。
しかし、一人の冒険者でしかないアグリが、何故そこまで知っているのだろうか。
「ダンジョンは深いところに行くと、人間社会のバランスを無視するレベルの報酬が待っている。金貨や素材もそうだけど、『情報』もそうなんだよ」
「情報?」
「端的に言えば、『図鑑』のようなものだ」
「ダンジョンについて細かく書かれた図鑑があるってことっスか?」
「そういうこと」
「むしろそっちの方が『宝』っスよ……」
「ダンジョンの深いところに行けば、こんなの序の口だよ。この本社の一階にある『深層博物館』においてあるものは、かなり厳選してる。本当にひどいアイテムなんてたくさんあるんだから」
「……なんていうか、姉さんの方が、いろいろ反則っスね」
「何を今さら」
アグリは微笑んだ。
「……あるじ」
「ん?」
「図鑑ってことは『あのダンジョン』だよな」
「そうだよ」
「何層のアイテムだ?」
「80」
「となると……ラトベルトはそこまで行けそうだな」
「手に入れられるかどうかはランダムだけど……学者で、情報の重要性は理解してる上に、200年も時間があるんだから、手に入れていないと考えるのは苦しいね」
「……うーん。これは、どこまで想定するかでかなり違うぜ?」
「いずれにせよ、宝が本部の外に持ち出されるこのタイミングで、動かない理由はないさ」
アグリは仕上げた書類を茶封筒に入れている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス。なんか、凄く話が進んでる気がするんスけど」
「それで間違いないよ」
「宝を奪いに来る勢力がいるってことっスか?」
「誰もが狙うほどのアイテムであることは前提だけど、まあ、かなり強い奴が奪いに来るのは間違いないね」
ここで、ユキメが首を傾げた。
「……そもそも、その『宝』とは、何層で手に入るアイテムですか?」
「90」
「マジっスか……」
「ただ、手に入るダンジョンの構造を考えると……深層で何か『事故』があって、表層に転送されてきた『偶然』によるものだろうね」
「それで宝を手に入れて、冒険者協会は発展したと……偶然って、怖いっスね」
「ああ、怖いよ。ダンジョンでの偶然は、特にね」
アグリはニヤニヤしている。
彼のレベルのルックスだと、ニヤニヤしているだけで『女神が何か企んでいるような雰囲気』すら発生する。
その顔になり始めた段階で、ランがアグリのことが気になっているようだが……まあそれはそれ。
確実なのは、ダンジョンについていろいろ『知っている』ゆえに、まだ知られていない『偶然』も、いろいろあるということだ。
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