第14話 幼馴染と二人きりで

 部活が終わり教室で鳳蝶あげはと合流する。鳳蝶あげはを駅まで送るために一緒に並んで歩く。俺はすぐに茶室での事を謝罪した。門限まではもう少し大丈夫だということで、歩みはゆっくりとしたものだ。わざと怒った雰囲気を出す鳳蝶あげはは、あれから大変でしたとため息をついて愚痴っぽく話す。


「茶道部には入部させてもらいましたが、先輩たちまで結局混じってしまって。私、ずっとお友達ですと応えましたの。お友達がゲシュタルト崩壊してしまいそうですわ。今日はお昼も含めて大変な一日でしたの」

「いや、本当にごめんね。鳳蝶あげはがこんなに人気者だと思って無くて」

「それに驚きです。住道すみのどうグループは知っておられるものと」

「待った。知っていても、鳳蝶あげはとはそんな家を下地にした関係でまず話してないよ。俺と鳳蝶あげはは友達だろ」


 びっくりしたように鳳蝶あげはがその青色に近い瞳で俺を見上げた。当たり前のことだ。莉念りねんだって、四條畷しじょうなわて家の少女である前に、幼い頃からずっと共に遊び過ごしていた幼馴染の家族、だったのだ。それと一緒だ。

 家のことを加味する前に、


「俺と鳳蝶あげはは学校で会ったんだ。家の前に、高校に入った一年生、学生だろ」

「やはり、尚順さんは変わっておられます」

「そうかな?」

「私は住道すみのどう鳳蝶あげはですもの」

「そうだよ、君は俺の友達の住道すみのどう鳳蝶あげはだ。ちょっと美人で有名人かもしれないけどね」

「……もう」


 そうしてお互いに口を閉ざし徐々に暗くなっていく空を視界に収めながら、そのままゆっくりと鳳蝶あげはと歩くのは特段嫌な空気ではなかった。俺はそれが彼女も嫌でなければ良いなと思っていた。気づけば並んで歩く鳳蝶あげはの立ち位置がちょっとだけ近くなって、友達として仲良くなれたかなと俺はほっとした。

 高校デビューと言った俺は、少しでも自分を変えて行けるように頑張りたい。莉念りねんとの歪な関係が少しでもマシになるように、俺が変わらなければならないから。あの冬に壊した人間関係から立ち直るために。


 駅が近づいて、俺は立ち止まり鳳蝶あげははゆっくりと前に進んでいく。こちらを少しだけ振り返りながら、可愛らしく彼女は手を振った。


「それではまた、尚順さん」

「ああ、またね鳳蝶あげは



 家に帰り扉を開ければ、昨日と同じく料理途中の良い匂いがしていた。キッチンに立っていたのかパタパタと玄関まで小走りで莉念りねんが姿を表す。制服にエプロンを付けた彼女は、どきりとするような笑みを浮かべた。


「尚順、おかえり、なさい。」

「ああ、ただいま。今日も母さんと一緒にご飯作ってくれてたのか?」

「うん、料理、好き。自分の家だと、もうできない」

「お嬢様だからな」

「むっ。……住道すみのどうさんと、尚順、仲がいい?」

「席が近いから友達になったんだ、昨日もそんなこと言った気がする」

「それだけ?」

「そうだよ」


 彼女は先程の笑みが消えて、感情の読み取れない真面目な表情で淡々と尋ねたので、俺自身も彼女に素直に答えた。彼女はそうなんだ、ともう一度頷いから、


「明日、住道すみのどうグループもいるパーティ有る。話題になるって、言ってた」

「誰が?」

「おじいちゃん」

「御老公さんか」

「そう」

「……俺には関係ないよ」

「関係、ある。おじいちゃんから、聞かれた」

「何を?」

「……違った」

「そっか」

「うん、そう。それで」

莉念りねんちゃん、次作るって言ってたけど、どうする?」

「おばさま、私、作る。尚順、すぐご飯できる。着替えてきて?」

「ああ、そうするよ。毎日作ってくれてありがとうな」


 莉念りねんは玄関に来る時と同じようにパタパタとキッチンへ向けて小走りで立ち去った。ゆっくりと自室へ向かいながら鳳蝶あげはが話題になるということがどういうことか考えて、すぐにくだらないと一笑する。

 関係ないのだ。部屋に戻れば、いつもと同じように彼女の鞄が邪魔にならない場所へ置かれていた。先程彼女が言った通り、もう彼女の家には女性の家事手伝いが雇われており、小学校や中学の時とは違って自分の家へ帰っても彼女の両親は心配しないだろう。それでも彼女は今日も俺の家にまっすぐ帰り、料理を作りに来ていた。


 着替えてダイニングに行けば今日は魚の煮付けが並んでいた。金曜日は父親が会社の集まりがあるせいで夕食にはいない。四人で食卓を囲む。女三人に男一人だと、俺から提供できる会話もない。金曜日はいつも女性三人が盛り上がる形が多い。

 今日も三人はかしましく盛り上がっていた。明日のパーティに来ていくドレスなどをスマホで表示した莉念りねんが母や妹に見せて新しいデザインの物で盛り上がったり。

 夕食が終わって部屋に戻りしばらくすると鞄を取りに来た莉念りねんが床に置かれたクッションにペタンと座った。ベッドに座って本を広げていた俺を莉念りねんが見上げる。


「尚順、高校、楽しい?」

「まだ分かんないけど、楽しいんじゃないか」

「今日、住道すみのどうさんのこと、クラス、盛り上がってた。それ、お爺ちゃんどこからか聞いたから、私に、聞いてきた。同じ高校、裏取り。要らないのに」

「宗家さんは耳が早いな」

「……そう、早い。お爺ちゃん、住道すみのどうのご令嬢、明日、だから呼んだ。今まで、呼んだこと無い。だから、住道すみのどう家、いきなりでも、断れない」

「下世話な爺さんだ」

「お爺ちゃん、話題の人、好き」

「それが下世話だって」

「なんで、そんなに、怒る?」

「怒ってないよ」

「そう?」

「そう」


 俺が動いたのに合わせて、その後重みでギシリとベッドが揺れた。莉念りねんはふよふよと視線を動かしてから、話題をそらす。


「土日、写真部、ある?」

「……バイト探してくるよ」

「どうして、バイト? お金、困ってる?」

「春休みに撮影旅行行ったのが、少しは楽しかったから、行ける資金を自分で稼ぎたくて」

「そう」

「そうだ」

「楽しかった?」

「……ああ、楽しかったよ」

「ふふっ。どんな、バイトする?」

「ははは、とりあえずお嬢様がやらなさそうなバイトかな」

「むぅ、ひどい」

「とは言っても、土日にしかできないだろうからな。そう考えると選択肢は全然なさそうだな」

「平日、できない?」

「写真部が有るからな」

「写真部、調べた。そんなに活動日、ない」

「活動日がなくても、部室に入り浸るのは問題ないからな」

「でも、」

「それに夕ご飯に帰ってこないと母さんが怒るからな」

「……ふーん」


 彼女はカーテンが空いた窓の向こうを見る。そこは中学時代とは見た目が変わった、自身の家が建っている。それを無感情な瞳で見る彼女が何を思っているか、俺には分からなかった。暗く沈み込んだ広々とした庭は、思い出にはなかった物だ。


「お爺ちゃん、怒ってた」

「何に?」

「年末年始も、春も、私、四條畷しじょうなわて家の集まり、顔出さなかった」

「それ以外の土日のパーティーには顔を出してだろう」

「あれ、外向けパーティー。叔父さんたちの家族も、いない。でも、私、おじいちゃんが出なさいって言った、家のは出なかった。ゴールデンウィークにも、また有る。出なさいって、言われてる」

「そっか」

「うん、そう」

「俺はゴールデンウィークに撮影旅行したいと思ってるから」

「そう」

「そうだ」


 それから話もせずただただ彼女と一緒の部屋にいるという時間を過ごして、俺が時計を見ればいつもよりも少々時間が過ぎていた。彼女もそれに気づいたのか、長居しすぎたと理解して慌てて鞄を持って立ち上がる。


「家、帰る」

莉念りねん、送っていくよ」

「尚順、ありがとう」


 莉念りねんを家に送れば今日も昨日と同じ家政婦さんが顔を出して莉念りねんを出迎える。しかし、遅いので心配しましたとチクリと刺されてしまったので、それには素直に送るのが遅くなったことを俺は謝罪した。家は目と鼻の先だが、三月から雇われた彼女たちが俺たち家族の家に顔を見せることはない。

 莉念りねんがいなかったりしても、俺の家に顔を出すのは必ず莉念りねんの両親たちだからだ。

 家に帰ってから、明日の予定を確認して、俺は唯彩ゆいささんに連絡を送る。しかし、既読がつかずに彼女と連絡することは叶わなかった。


 今日は濃い一日だった。そう思いながら、夕方に別れた鳳蝶あげはとふと話したくなって、夜も遅いにも関わらず俺は通話アプリを起動する。コール音がしばらく鳴るだけで今日は出れないだろうかと思ったところで、通話に切り替わった。


「もしもし、鳳蝶あげは、大丈夫だった?」

「もしもし、夕方に別れたばかりですの。どうかされまして」

「何気なく友達と話したくなっただけだよ」

「そう、そうですのね! やはりっ」

「どうかした?」

「ちゅ、中学生の頃はそんな気楽な事言ってくれる人が、女子にもいなかったのですわ、ですから少々喜ばしくて」

「ははは、鳳蝶あげはならきっと気楽に連絡してくださいって言ったんだろう? なんて言われたの?」

「……うぅ、仲良くなったと思った子さえ、恐れ多いと言われてしまいましたの」

鳳蝶あげはからは電話しなかったの?」

「そ、そういう経験がなくて、は、恥ずかしかったので出来なかったのですわ。出てもらえなかったらと考えると、耐えられないですの」

「はははは」

「笑わないでくださいまし」

「いや、わかるよ。俺も学校が終わってから改めて連絡するなんて最初は何度も躓いたから」

「そう、そうですよね! 良かったですわ」


 それから鳳蝶あげはと家に帰ってからやっていることや、今日の宿題は少しでも進めたかお互いに確認したり、取り留めの無い雑談をしてから、遅くなりすぎないように電話を終えようとしたところで思いつく。


「明日の夜は鳳蝶あげはが電話してきてよ」

「ひょわ!?」

「中学時代に気楽に電話しようとして緊張して出来なかったんでしょ? なら、練習も兼ねてしてみようよ」

「そそそ、それとこれとは。それに何を話せばいいのか」

「友達と気楽に連絡する第一歩の気楽な練習だよ。話す内容は今みたいな取り留めの無い話でいいじゃないか」

「いざ、自分から連絡してという形になると、何を話せばいいのか」

「そうだなー。じゃあ、土曜日に何をしたか話そう」

「え!?」

「なにか嫌だった?」

「いえ。……いえ! 大丈夫ですわ!」

「なら、それで決まりだね。それじゃあ、鳳蝶あげは、おやすみ。また明日」

「尚順さん、おやすみなさい。また明日ですの」


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